第12話「ショッピングモールと、初めてのプリクラ」
「……よし、行くか」
「はい、カイト!しゅっぱつです!」
初めてのバイト代。
それは、ルナが割った皿の弁償代でほとんど消えたが、それでも数千円が手元に残った。
俺はそのなけなしの金で、ルナの服を買いに行くことにした。いつまでも俺のお古のTシャツを着せているわけにもいかないからな。
俺たちが向かったのは、電車で数駅の場所にある、巨大なショッピングモールだ。休日ということもあって、家族連れやカップルでごった返している。
「うわあ……!すごい!お店がたくさんあります!」
ルナは、初めて見る光景に目をキラキラさせて、子供のようにはしゃいでいる。その姿は、どこからどう見ても普通の女の子で、世界の運命を背負っているなんて、誰が思うだろうか。
「あんまりはしゃぐなよ。迷子になるな」
「はい!」
俺はそう言いながらも、自然とルナの歩くペースに合わせていた。
レディースファッションのフロアに着くと、俺は途方に暮れた。どこもかしこも、キラキラした服ばかりで、男の俺には何が何だかさっぱりわからない。
「なあルナ、なんか欲しい服とかあんのか?」
「えっと……わかりません。でも、どれも綺麗です」
「だよな……」
困り果てていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「あ!先輩!それにルナさんも!」
「白石さん?なんでここに?」
そこにいたのは、バイト後輩の白石未来だった。私服姿の彼女は、いつもより大人っぽく見える。
「私も、お洋服を見に来たんです。奇遇ですね!」
そう言う未来の目は、明らかに「偶然を装って尾行してきました」と語っていた。健気なヤツめ。
「そうだ!せっかくだから、私がルナさんのお洋服、選んであげますよ!」
「ほんとか!助かる!」
俺がファッションに疎いことを見抜いた未来は、完璧なアシストを申し出てくれた。
未来はルナの手を取り、店の中へと消えていく。残された俺は、近くのベンチで待つことにした。
数分後。
「先輩、お待たせしました!」
未来に呼ばれて顔を上げると、俺は息をのんだ。
試着室から出てきたルナは、白いブラウスに、ふわりとした花柄のスカートを身につけていた。いつも見ている、ダボダボのTシャツ姿とは全く違う。
明るい照明の下で、少し恥ずかしそうに微笑む彼女は、信じられないくらい、綺麗だった。
「……どう、ですか?カイト」
「……ああ。いいんじゃねえの。似合ってる」
俺は、心臓がドクンと大きく鳴ったのを悟られないように、そっぽを向いてぶっきらぼうに答えるのが精一杯だった。
ただの同居人。面倒なヤツ。そう思っていたはずなのに。
俺は、ルナのことを、初めて一人の「女の子」として、はっきりと意識してしまっていた。
その頃、ショッピングモールのフードコート。
教団『終末の福音』のエージェント、クロウとサイガは、変装のために買ったサングラスをかけ、クリームソーダをすすっていた。
「――報告。滅びの鍵と天城海斗、及びJESUSのエージェント『スマイル・クイーン』が、ショッピングモール内で接触。現在、デート中の模様」
「くっ……!我々がネット通販で失敗している間に、JESUSの奴らは着々と距離を詰めているというのか!」
サイガが悔しそうにストローを噛む。
「落ち着け、サイガ。これも想定内だ。我々も次の手を打つ。作戦名『聖なる囁き(ホーリー・ウィスパー)』」
「また変な名前だな……」
「黙って聞け。プリクラという、若者が己の姿を記録する小部屋がある。そこに奴らが入った瞬間、我々も乱入。そして、滅びの鍵の耳元で『我らこそが真の救済者である』と囁き、サブリミナル効果によって我々の存在を刷り込むのだ!」
「なるほど!天才か、クロウ!」
「ふっ。当然だ。さあ、行くぞ。ターゲットはゲームコーナーへ向かった」
二人は飲みかけのクリームソーダを残し、真剣な顔でフードコートを後にした。
彼らの作戦が、またしても盛大に空回りすることになるとも知らずに。
「プリクラ?なんだそれ」
「えっと、写真を撮って、シールにする機械です!思い出になりますよ!ね、先輩!」
未来の提案で、俺たちは三人でプリクラを撮ることになった。
狭いボックスの中に三人で入ると、自然と距離が近くなる。未来とルナの甘いシャンプーの香りがして、俺は緊張でどうにかなりそうだった。
『ポーズを選んでね!』
機械の音声ガイドに従い、俺たちはぎこちなくポーズをとる。
「はい、チーズ!」
フラッシュが焚かれ、俺たちの姿が撮影されていく。
その、最後の撮影の瞬間だった。
「「今だ!!」」
突然、カーテンが勢いよく開けられ、黒いサングラスをかけた男たちが二人、ボックスになだれ込んできた!
「な、なんだお前ら!?」
「滅びの鍵よ!聞くがいい!我らこそが……」
クロウがルナの耳元で囁こうとした、その時。
『はーい、撮影終了!次は落書きタイムだよ!』
無情な機械音声と共に、俺たちはボックスの外へと強制的に排出された。
なだれ込んできたクロウとサイガは、狭いボックスの中に二人きりで取り残される形となった。
『さあ、二人で仲良くポーズを選んでね!ラブラブポーズがおすすめだよ!』
「なっ……!?」
「おいクロウ!どうするんだ!?」
「くっ、こうなれば仕方ない!撮影して、証拠を消すぞ!」
カシャッ!カシャッ!
ボックスの中では、黒服の男二人が、ぎこちないピースサインや、なぜか二人で一つのハートマークを作るポーズで撮影されていた。
一方、俺たちは印刷されたプリクラを見て、首を傾げていた。
「なあ、最後の写真、なんか変なヤツら写り込んでないか?」
「ほんとですね……心霊写真でしょうか?」
「でも、ちょっと面白い顔してます!」
プリクラの隅には、慌てふためくクロウとサイガの顔が、バッチリと写り込んでいた。
俺は、その奇妙なプリクラと、新しい服を着て嬉しそうに笑うルナの顔を見比べ、そして、今日何度目かわからないため息をついた。
世界の危機とか、謎の組織とか、もうどうでもいい。
ただ、この時間が、ずっと続けばいいのに。
俺は、柄にもなく、そんなことを考えていた。




