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10. 伝わったり伝わらなかったり

「そうそう。セオがこれ、イライザに渡しといてって」


植物学の授業終わり、リアムが思い出したように言って、封もしていない手紙を渡される。

時代的なものか文化的な違いかわからないが、この国では郵便でも、便箋を折って封蝋をしただけのものが送られる。

相手がリアムとはいえ封すらせず預けるのだから、見られて困るものでもないのだろう。

「ありがとう、セオもう帰ってきてるのね」

とはいえ人前で手紙を読むのも失礼だろうと思い、一旦は教科書の間に挟み込む。

まだ短剣技の授業は休講のまま、特になんの噂も聞かないので、アイリスがどうしているのかはわからない。

けれど、リアムに手紙を渡すということは、少なくともセオは寄宿学校に戻っているということだろう。

「一昨日くらいちゃうかな、それなりに長旅やったし、昨日は休んだらしいよ」

「そうなの、お役目とはいえ大変ね」


確かに、二週間くらいは不在だったので、疲れも溜まっているか。

ゲームだと探索系のパートはイベントの部分以外は流れがちだけれど、現実として体感すると割と長い。

国の役目とはいえ、セオもアイリスもその間は授業も受けていないわけで、試験は来月末といっても進度は大丈夫なんだろうか。

心配してみたところで、学力不足で単位を落とすような学校でもないし、そんなことを考えても仕方ないか。

それよりも。


「セオは、アイリスとは仲良くしていたのかしら」


私は他人の心配をしている場合じゃない。

二人がいない間に色々と考えることややることが多く、当初の方針から外れ気味になっていたことは否めないけれど。

そもそもアイリスがセオのルートに入ることが、イライザ・ハーヴェイとして大前提で避けたい未来だ。

私とセオの間柄のことは、アイリスがセオのルートに入った場合の保険でしかない。

アイリスが自由意志でセオ以外の誰かのルートに入って、何事もなくその相手と結ばれてくれれば、舞台装置としてのイライザの役目は消えるはず。


「へえー、意外やな。イライザも一応、気にはしてたんや」


言葉を選んだつもりだったけれど、私の言い方が悪かったのか、リアムが面白そうな表情をして言った。

なんともない口調だけれど邪推されているように思われて、念のため弁明しておく。

「二人とも大事な友達だし、慰問に行く前に私が引き合わせた感じになったから、気にはしてたわよ」

実際、セオとアイリスがあまり仲良くなっても困るとはいっても、次の段階として、私がセオに対して他意があるように捉えられても困る。

ここを両立しようと思うと、やはりセオ以外の相手との関係性を作っておくのが一番簡単なのだろうか。


「そっか…よくわからへんけど、セオじゃあかんのやもんねー」


努めてなんでもないことのように言った私に、リアムは残念そうに苦笑する。

「でも、セオがダメってことじゃないのよ?私にとって、他の人がいいってことで」

言い方に語弊がありそうなので、改めて説明しておく。

セオの人柄が、能力が、身分がダメだということではなない。あくまで、私にとって都合が悪い――ダメだというだけ。

「その辺の動機の違いは、結果が同じなら一緒なんよなー」

折角弁明したのに、最終的な事実は変わらないと正論で一蹴される。

それにしても。

前もはぐらかされたけれど、何故ここでリアムが残念そうな顔をするのかがわからない。

いくら親戚だから友達だからといっても、所詮は他人事だと思うのだけれど。


と思ったところで、急に一つの可能性に気付いた。

「もしかして…」

どういうわけかはわからないが、現時点でリアムは私とセオがくっつけばいいと思っていて。

セオは一昨日には学校に帰ってきていて、当然同じクラスのリアムとは会っていて。

信頼していてもリアムに妬くようなこともある彼が、封もせずに私宛の手紙を預けている。


「この話、セオに言った…?」


「へー、イライザも、こういうところは勘が働くんや」


恐る恐る聞いた私に、少し目を見開いて驚いた顔をしてから、彼は可笑しそうに笑って言った。

「なんで、そんな…」

「別に、セオに言うなとは言われてなかったと思うんやけど」

それはそうだ。

「そんなこと、わざわざセオ本人に言うなんて思わないじゃない」

全く想定していなかった事態に、両手で両頬を包んで心を落ち着かせようとする。


ゲームの展開上、イライザがセオの婚約者候補になるのではと想定はしていた。

けれど、現状では正式に婚約しているわけでも、そういった話が出ているわけでもない。

ゲームのストーリーの中で婚約することになるのかも、候補と目されているというだけで実際に婚約しないのかも不明だ。

そもそも貴族なんて、打算と血縁だけで普通に婚姻関係を結ぶもので、そこに当事者の感情なんてない。

現時点で私はセオにとって、ただの幼馴染みなわけで。

そんな相手に、セオはダメだから他の相手を探そうとしているなんて言われたら――なんとも思っていない相手に勝手にフラれるようなもので、ただただ失礼だし、不愉快でしかないだろう。

リアムはチャラ関西弁だけれど、そういう礼儀や気遣いはできるタイプだと思っていたのだが。


「えー?それでイライザは、なんで困ってるん?」

「だって失礼じゃない、セオが悪いわけじゃなくて、私が勝手に言ってるだけなのに…嫌でしょう?勝手に色々言われるの」


一人で焦っている私にも全く動じず不思議そうにされるので、逆にリアムの考えが気になって聞き返す。

セオは優しいから、記憶がないと言う私のことも、すごく心配して気にかけてくれていて。

それなのに、私の方はセオじゃダメだから他の人を探そうとしている、なんて。

しかもこれも、この前彼が嫌がっていた、リアムからの又聞きになるのだ。

申し訳ない以外にない。

「イライザの思いはイライザのものやから失礼ではないと思うけど、まあ気にはしてたかな」

ああ、やっぱり。

「気にしてるんじゃない、なんで言っちゃうのよ…」

非難しても効かないようなので、半ば諦めて独り言のように言う。

もらった手紙の内容も、この話題関連だろう。


「だってイライザ困ってたから、それならセオに相談した方がいいんちゃうかと思って」


今度こそ出てきた“セオに伝えた理由”に、ただリアムの思考の流れが全くわからず、数度瞬きをして見つめ返す。

「困ってはいた、かもしれないけど」

「セオがダメじゃなきゃ解決するやん?だから、一緒に考えてもらったらいいかなーって」

言われてみると、まあ、その視点で問題だけ見れば、そうなのかもしれないけれども。

考えたところで解決する問題ではないし、そもそもどうしてセオがダメなのかと聞かれても答えられない。

とはいえ彼から見れば一理ある、と思ってしまうと、上手く反論もできなくなる。

それに、今更何を言ったところでセオに伝わっていることは確かで。これ以上リアムを責めても、仕方ないだろう。

「そうね、セオにはまた会った時に話すとして」

大切なのは、ここからどうするか――自分に言い聞かせて、静かに薄く息を吐く。


「ちょっと相談しただけのつもりだったんだけど、リアムは気にしてくれてたんだね…ごめんね、でも大丈夫だから」

まずもって。

とにかく、これ以上リアムに余計なことをされてはどうしようもない。

なるべく失礼にならないよう、もう放っておいてもらえないだろうかと、言葉を選んで口にする。

いくら気軽に接してくれといっても、彼も攻略対象キャラで。アイリス以外の、ましてサブキャラの私に対して、心を開くような人ではないと思っていて。

だから私が少し相談したくらいで、それを気にして行動するなんて、考えてもいなかった。

もちろんこの件については、余計なことをしてくれて、という気持ちはある。


「心配してくれて、ありがとう」


とはいえこれは、私にとって都合が悪かった、というだけで。

既にぐちぐち言ってしまってはいるけれど、普通に厚意からであれば、有難いに決まっているのだ。


リアムは私の言葉に、なんとも言えない表情をした。

驚いているような、困っているような、笑っているような、怒っているような。全部を足したような、どれでもないような。

「いや、イライザの心配っていうか――」

難しい表情をしたまま言って、けれどその後の言葉が続かないようだ。

黙って待っている間に、教室に入ってくる生徒が目に入ってきて、今何分だと我に返る。

まだ予鈴は鳴っていないけれど、結構話し込んでしまった気がするので、急いで次の教室に行った方がいいだろう。


「とりあえず、なんにしても問題ないし、大丈夫だから。じゃあ、また次の授業の時に!」

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