9. 普通の反応
一瞬の静寂の間に、驚いて固まっている暇はない。
会話が生まれてしまった以上、自然な流れで話すために、考え続けなければ。
「ご認識の通り、イライザ・ハーヴェイです、殿下」
指摘された以上、答えるしかない。
それに、もし彼が私を知らなかったとして。どのみち同じ部屋にいて、名乗らないわけにもいかないだろう。
軽く頭を下げるだけの礼を取ると、ジェラルド卿が小さく息を吐いて私の前から退く。
そんな彼の様子にも、殿下は先ほどまでと同じように、そう邪険にするなよと可笑しそうに笑いながら声をかける。
多分、本当に親しいのだろう。
「ハーヴェイ嬢、神子からも友人だと聞いていたし、いずれ会うこともあると思っていた」
それから私に向き直ると、軽く会釈する。
そういえば。
ツンデレとか女性には冷たいと聞いていた割に、私に対しても現状で普通なのは、事前になんらか聞いているからなのだろうか。
あるいはジェラルド卿の前だからか。
「それにしても。私を前にしても、平然としているものなのだな」
そのまま考察と思考に沈みそうになった時、王子に感心するような声で話しかけられる。
「…いえ、あの、平然としているわけではないです。突然のことですので、驚いてはいます…見えないかもしれませんが」
どういう理解でその言葉が出てきたのかは知らないが、なんとか自分を落ち着けて言葉を繋げているだけで、全く平常心ではない。
ただ、会話の内容に思考を一本化するために、一時的に感情のスイッチを切っているような状態なので、他人からはそうは見えていないのだろう。
「そうじゃなくて、普通はもう少し浮き立つものだろうってことだけど…イライザ嬢は、そういうタイプではないね」
私の言葉に、王子ではなくジェラルド卿が、苦笑するような口調でこちらを振り返りながら応える。
「浮き立つ…」
むしろどちらかというと浮き足立っているのだけれど、と思いながら口にして。
視線を再度王子に向けてから、普通の寄宿学校の貴族令嬢ならどういう反応をするかに思い至る。
――それこそ、お茶会なんかでも散々聞いた類の話じゃないか。
絶世の美男子と呼ばれる一国の王子を前にして、ざわめかない女子は稀だろう。
その色彩で彼と気付いた瞬間に思考を切り替えたので、王子の容姿すらロクに認識していなかったような気がする。
彫刻のように整った中性的な顔立ちだけれど、同じように中性的と思っていたジェラルド卿の方が、線も細く纏う雰囲気も柔和に感じる。
同じように美しいけれど、フィン王子の方が儚さや透明感というより、もう少し男性性や骨っぽさがあるというか。
そう考えると、まさしく美男子と呼ぶのが正しいのだろう。
性格の問題なのか、これがこの国の王族らしさなのか、どうにも口調が無骨なので、その美麗な顔と合っていないようにも思うし。むしろ逆に、合っているような気もする。
というか。
見た目以前に王子という時点で、家格が違い過ぎるといってもときめくものだ、というような話も聞いたことを思い出す。
これがコンボなので、普通のご令嬢であれば平静でいられないもの、だということなのだろう。
さて。気付いて認識を改めたところで、どう反応して良いものか。
今更ここで褒めそやしたところで、逆に取って付けたように見えて失礼になりそうな気もする。
王子自身も美辞麗句はお世辞ですらなく聞き慣れていることだろうし、ツンデレというか女性嫌いなら、キャッキャされるのも得意ではないだろう。
「ただ驚きが先にきたもので…失礼しました」
結果、軌道修正不要ということにして、通常の例から漏れている部分だけ謝っておく。
ジェラルド卿を含め他のキャラクターとは違い、これまでの関係もなければ、今後の繋がりがあるとも思えないし。
今ここで偶然出会っただけ、今この場を乗り切ることに注力すれば十分だろう。
「聞いていた通り、変わった令嬢だな」
「…恐れ入ります」
王子には苦笑されたけれど、変わっているのは確かなので、どこから聞いていた通りなのかは、考えるのをやめておく。
「私のことより、なにか二人でお話しでしたら席を外しましょうか?」
実際、彼が事前の連絡もなしに、こんな所に来たということの方が問題だろう。
急ぎで用事があったのかもしれないし、二人の立場の性質上、私がいてはできない話も多いだろうし。
確実に攻略対象キャラと想定できる人の近くにいたくない気持ちもあるけれど、半分は純粋な厚意から申し出たのだけれど。
「王宮ならともかく、殿下が後から来たのに、イライザ嬢が席を外す必要はないよ」
いつも通りの柔らかい声音のまま、ジェラルド卿がこともなげに言う。
「彼女が先約ですから」
仲が良い双子に対してだけだと思っていたけれど、王子にもこういう話し方をするんだなと新鮮に思う。
あるいは、私やその他大勢に対して温和に振る舞っているだけで、元々こうなのだろうか。
「確かにそうだが、貴様は本当に容赦がないな…ハーヴェイ嬢が自ら申し出てくれているのだから、構わないだろ」
呆れたように言う王子に、二人の顔を見ながら私も頷く。
そもそも私も特に約束をして来たわけではないので、先約と言ってもらうのも忍びない。
「すみません、ジェラルド卿。お二人が揃っておられるところにいるのは私が恐縮しますし、今日のところは一旦出直します」
王子に配慮する方向は無理なので、私の気持ちの問題ということにして引いてみると、ジェラルド卿はそうかと薄く笑う。
「それは仕方ないね…でも、久し振りに一局くらい相手をしてもらいたかったな」
この人なら私の考えなんてお見通しなのだろうけれど、それでも言った私の思いは汲んでくれるらしい。
ひとまずこれでこの場は収まるかと、なるべく気付かれないように小さく息を吐く。
許可ももらったし、部屋を出るのに一礼しようとして王子を見るが、何故か視線が合わない。
「それは私も正直、興味があるな」
何が“それ”なのかと考えるよりも先に、もしかして諮られたのではと直感的に思って、ジェラルド卿の方を向くと。
彼は流すような視線だけ向けて、私とは目を合わせないまま王子に向き直り、先ほどと同じように口元だけで笑みをつくった。
「殿下もチェスはお強いですからね」
「変わらんだろうが。ジェラルドが認めるハーヴェイ嬢の指し方というのは、私も見てみたいと思っていた」
ああ、良くない流れになってきた。
「そんな、大したものでは…」
両手で頭を抱えたくなりながら、勘弁してくれと視線だけ下げる。
ジェラルド卿も、一国の王子に私なんかのしょうもない話をしないで欲しい。
なにせフィン王子は現状、主要キャラの中で唯一面識がない相手なのだ。これ以上の認知は御免だ。
「今日は譲れず悪いが、来週のこの時間であれば来れるんだが…」
なんていう私の心情とは裏腹に、全く何の邪気も感じさせない様子で王子が提案してくる。
「あー、ええと、まあ、そうですね…」
来週は難しいとか、また機会があればとか、言えないことはないのだけれど。
中途半端に興味を引っ張ってしまうより、サクッと負けてしまう方が、後腐れなく縁が切れるんじゃないかという気もするし。
多分この状況で何を言っても、仮に王子が引き下がったとて、結局ジェラルド卿に良いように言いくるめられるだけでは、という気もする。
「では、殿下のお時間が合えば、また…」
そう言って、今日のところはと失礼する以外に。
私に一体、どんな選択肢があったというのだろう。




