8. 知っているだけの色
ひとまずの方向性を決め直したところで、問題は二つある。
一つは、アイリスを含めた他人に双子との関係を認知してもらわないといけない、ということ。
そもそも何もしていない今の段階で、セオと私の関係が多くの人に邪推されていると考えていいだろう。本来はそうだったのだろうから、仕方ないが。
そんな中で、私がこっそり双子と会って話をしていたところで、意味はない。
友人に言って回るとか、人目につくところで話すとか、そういうアピールが必要になるのだろう。
――そもそも色恋沙汰と勘繰らせるのに、三人でいる時点でどうなのか、という視点は、一旦置いておくとして。
まずは、親しくしているということ自体に意味がある、と察してもらうのを期待するのが第一目標だ。
それでも信憑性がないように見えるなら、その時に、どちらかに寄せるような行動をとるべきか、考えればいいのだから。
「これまで色々聞いていたし、てっきりベアリング卿かと思ってたわ」
私の話に、ケイトが驚いたように少し大きな声になる。
流石のゴシップ好き。
双子と彼らの事業の話をした、というだけの前座のような話に対して、何がてっきりなのか聞きたい。
「そうかしら、なんだかんよく話しているのは、エヴァンス卿でしょう?」
ケイトの発言に、アミは小首を傾げながら反論するように聞いてくる。
全く何も正しくないとはいえ、ここで出てくるのがセオではないのは少し意外に感じる。
なんとも返しにくく困っていると、その言葉にケイトが続ける。
「えー?イライザは否定するだろうけど、そんなこと言い出したら、それこそ最終的にはウォルポール卿だと思っちゃうわ」
「まあ、そこは数に入れちゃダメよ」
意外も何も、私が常から否定しているせいで、言っても仕方ないと思われているだけのようだ。
ただの幼馴染みだと言ってきたせいか、逆に“なんだかんだ言っても結局は“と思われているような気がする。
「どの話でもないけど、お二人の将来の事業の話を聞いているのは楽しかった、ってだけよ」
変に否定しても、変に肯定しても、女子トークは相手の思っているよう、好きなように言われるだけと決まっている。
どちらでもなく含みを持たせるように言えば、逆にそれらしく聞こえるものだろう。
「でも、ただクラブが同じだけでそんな将来の話するもの?」
友人を騙すようで心苦しい思いはあるけれども、それくらいの腹は括っている。
前回の期間を考えれば、そろそろアイリスたちも帰ってくる頃だ。
双子となにか次の約束をしているわけでもないので、会うとしたら次のクラブ活動の日になる。
それまでに、少しでも種蒔きをしておくことに、躊躇している時間なんてない。
そして。
もう一つの問題が。
「双子と楽しそうな話をしているらしいね?」
部室に行く機会が増えれば、必然的に彼と会う可能性が増えるということだ。
「あー、えー…と、どういった件の話でしょうか?」
元々、クラブ活動の時間に双子が常に部室にいるということは、あまり多くはなかったのだ。
むしろ真面目な彼の方がいることの方が多いのは、わかりきったことだ。
――とはいえ、この間の今日で双子がクラブに来ていないというのは、あんまりじゃないだろうか。
少し前まで彼らを避けていたとはいえ、私がセオのルートに登場するキャラなのなら、他の攻略対象のことは気にしなくていいかとも思っている。
とはいえ、前回はいなかったこともあって、まさか今日もう会うことになるとは想定していなかったし。
事業に関して、彼にはまだ詳細は伝えていないと言っていたはずなので、初手から聞かれるとは思ってもみなかった。
どこから聞いて、どの辺りまで知っているか判断できない以上、私から不用意なことは言えない。
状況把握をしたくて、白々しくも思い当たらないフリで聞き返すと、二人から聞いたからわかると思ったけれどと言われる。
「詳しい話はまだ教えられないと言われたけど、楽しそうにしていたよ」
彼に言っても良いものなのか、特に許可ももらっていない私は、そう言われてもどう反応していいのかわからないので、中途半端な匂わせはやめてもらいたい。
「多分、そのうち、ジェラルド卿にもお伝えされるんじゃないかなと、思いますよ」
どこまで言っていいかわからないので、ふんわりしたことだけを、取ってつけたような笑顔で返す。
三人とも友人同士ではあるし、地域の地盤的にもベアリング領の話なので、話の輪郭がある程度見えてきたら、伝えることは間違いないと思う。
というか、私なら動き出す前に、あるだけのコネクションは使って根回しもしておきたい。
「二人とも同じようなこと言ってたよ、僕だけ話に入れてもらえないのは寂しいものがあるけど」
「そこは私からはなんとも…申し訳ないです」
せめて言っていない理由を聞いておけばよかったのだけれど、現状はこれ以上どうしようもない。
申し訳ない気持ちだけ、受け取っておいて欲しい。
ぺこりと下げた頭を上げると、ジェラルド卿は流石に諦めたようで、仕方ないねと苦笑した。
「まあ、理由はともかく、イライザ嬢がクラブに来てくれるようになったのは、部長としては有難いのかな」
若干の含みを感じる表情で言われ、どう返事しようかと思ったところで。
「ジェラルド、いるか」
外から急に声がしたのとほぼ同時に、部室の扉が開く。
この部室に、ノックもせずに人が入ってくるなんてことは、双子以外では記憶にない。
けれど私には聞き覚えのない声で、ジェラルド卿のことを名前で呼んでいた。
誰だろうかと考えようとするよりも前に、その間違えようもない色が目に入って、一瞬心臓が止まる。
肩口で切り揃えられたプラチナブロンドの髪。明るい紫色の瞳。
きっと私でなくとも、この国の人間なら間違えようもない。
――私はいつもそうだ。
同じように国の中心に近く、まして同じ年齢で、同じ次男で。
設定だけ見たところで、親交がある可能性なんて、いくらでも考えついたはずだというのに。
「フィン殿下」
ジェラルド卿が呼びかけた瞬間、あまりのことに殿下を凝視し過ぎていたと気付いて、咄嗟に頭を下げる。
現状では同じ寄宿学校の生徒同士なので、不敬とはならないだろうけれど。
あのまま顔を上げていたら、どんな表情になっていたか自分でもわからない。それこそ、不敬でなくても失礼だろう。
俯いたまま、こんなことはいくらでも起こり得るはずだと言い聞かせて、心を落ち着かせる。
「ノックとはいかなくとも、返事をするまで入室を待てませんか」
そんな私の隣で、ジェラルド卿が思い切り呆れた声を出して、反語のように尋ねる。
殿下と呼びかける割には、砕けた口調で話すような間柄なのかと思う。
「貴様と双子以外の人がいるとは思わなかった、悪いな」
何よりも、とりあえず。
中世ヨーロッパ的な世界観で、王族であるとはいえ、二人称が貴様の人間がいるとは思わなかった。
第二王子のことは、他のキャラクターよりも友人から聞いていたつもりだったけれど、それでも当たり前に知らないことの方が多いものだ。
口調にしても態度にしても、ツンデレ王子と聞いて想像していた雰囲気とは違う。
男同士だから、女性に見せる姿とはまた別なのかもしれないが。
なんて考えている間に無意識に顔を上げていたようで、私を見る薄紫色の瞳とかち合う。
「ああ、」
「悪いと思うなら、出直していただいてもいいんですけど」
私を認識した王子が口を開いた瞬間に、ジェラルド卿が被せるように言った。
――どの程度の関係なのかはわからないが、これこそまさしく不敬では。
というよりも、ジェラルド卿が双子以外にそんな口調で話すのを聞いたことがないので、意外に思って顔を向ける。
けれど、彼は私と王子の間に入るように前に出たので、その表情はこちらからは見えない。
「なるほど、貴様がそういう態度を取るとは、逆にわかりやすい」
そんなジェラルド卿に、王子は特に気分を害したという風でもなく、むしろ楽しそうに笑うような声音を出して私の方を向いた。
「君が、イライザ・ハーヴェイ嬢なのだな」




