7. 少しくらいの
「――て感じで、実家に頼る商売ではあるんだけど、下手をすれば商会よりも利益率は高いと思うんだよね」
「結構イケると思うんだけど、君の意見も是非聞きたいな」
聞きながら、自分自身に鳥肌が立つような感覚を覚えていた。
これまで、私が遠野依梨として生きてきた時の知識なんてものは、全く役に立たなかったけれど。
初めて、その記憶が使われたような気さえする。
「…上手くいけば、間違いなくこの国を変えるような会社になると思います」
慎重に選んで口にした言葉は少し震えていたけれど、それも仕方ない。
二人の構想は、実家であるウィルソン商会の顧客に対して、第三者の立場から、売掛金として商品代金を貸し出すというものだった。
つまり、貸金業――金融機関である。
近代国家においては、全く目新しさもない事業だ。
商人が売買時に、後払いや前払いの対応をすることは、いわゆるツケ払いや前借りとして、この国でもままある。
けれども。企業としての金融機関なんてものは、これまでなかったと記憶している。
依梨の中の浅い記憶として、そもそもツケ払いの前後処理をするための業種が派生して、貸金業が始まったように思うのだ。
ということは。
二人が始めようとしているのは、この国で最初の金融業ということになる。
最初というのは、最大になる可能性があるということで。
下手をすればあるいは上手くいけば、国家の中央銀行になれる可能性さえある。
元手となる資本と顧客の与信管理が必要になるので、個人が一から起こすには難しい業態だけれど。
ウィルソン商会という強力な後ろ盾があり、援助が見込める上に、当面の顧客は商会で信用度の高い商人や貴族を選べばいい。
おあつらえ向き――あるいは、出来過ぎなくらいだ。
「すごいね、イライザ嬢は…俺たちが見えない先まで見えるのかな?」
「流石はチェスだけじゃないな、頼もしい限りだ」
笑いながら言われた声が聞こえて、慌てて顔を上げる。
最初に一言話した後、その後の展開の可能性を、俯いて黙ったまま考え込んでしまっていた。
――だって、あまりに未来が開けるような話だったから。
「いえ、すごいのはお二人ですよ…お話を聞いただけで、私も楽しみになってきました」
元いた世界で、ただの事務系職だった遠野依梨には、残念ながら、身の回りで使いこなせるような専門的な知識はない。
けれど。
事業企画として、三年先、五年先、十年先の事業計画に関わっていた思考や分析知識ならある。
まだ世襲制の個人事業を中心とした商業発展段階のこの国で、貴族令嬢の私にできることなんて、ないと思っていたけれど。
二人の可能性の行く末を、私も見たいと思ってしまった。
「――あれ?」
それで結局どうなったんだっけと考える。
あの後、あまりに二人の事業像の話が楽しくて、その話をしているうちに時間が過ぎた。
折角、仕事をしなくて済む世界線にいながら、何故しなくていい仕事の話で盛り上がってしまったのだろう。
そもそも最初から最後まで、二人の勢いに呑まれて、話の方向性を見失っていたように思う。
周囲から持たれている、私とセオが婚約しているのではという憶測を否定するために、他の誰かとイイ感じになればいいんじゃないかと思って。
ひとまず親しくなろうにも、何故か男子生徒からはなんとな遠巻きにされていて、相談したリアムからは2年生以外がいいんじゃないかと言われて。
2年生以外の知り合いに相談してみようと、クラブの先輩方に会いに行って。
大抵の男子生徒より高スペックなセオと親しい私と仲良くしようと思う男子生徒は、2年生に少ないんじゃないかと言われて。
3年生になら、第二王子と、ジェラルド卿と、ウィルソン兄弟がいると言われたところで、第二王子とジェラルド卿は難しいという話で。
それならウィルソンに来れば、という話までは、まあギリギリ、流れとしてわかる。
どうしてそこから、二人の新たな事業の立ち上げの話を、熱く語り合ってしまったのだろうか。
「でも、楽しそうなんだよねー…」
金融業界出身でもないので、業界の細かいところまではわからない。
けれど、自分の中に知識としてある業態の、本当に最初の、立ち上げだなんて。
まるで歴史の一部を追体験できるような気がして、わくわくするなという方が無理だ。
――もうこのまま、これから先の色々なことを考えるのを放棄して、二人の事業計画に乗りたいくらいだ。
無理か。
無理だろうな。
いや。
「これでは…?」
無意識に左手で抱えるようにおさえていた、頭を上げる。
セオのことをどうにかするために、私が将来を考えている相手に見える誰かがいてくれればと、思っていた。
婚約者という憶測に対して、それに値するような、恋人なりに見えるような関係性を作らなければと、無意識に思っていたけれど。
私の将来が、誰か爵位のある男性の妻である必要なんて、ない――世間一般的には、あるいは両親からすれば、そう望まれているのだろうけれども。
そもそも、既に貴族令嬢としては、半分くらい異端児なのだ。
幸運なことに、双子も私を女性だからと侮ったりしない人たちで、働きに来ればと言ってくれてさえいる。
それならば。
私が私の将来を、彼らの事業拡大に懸けるのならば。
セオと婚約しようとしなくても、他の誰かと恋仲にならなくても、受け入れてもらえるのでは――いやいや、間違いなく信じてもらえないし、受け入れてなんてもらえないに決まってる。
いくら変わった令嬢といっても、そこまで変とは思われていないはず。
身内でもない他家の仕事に生きていきます、なんて。
家業でもない、家計の足しの必要でもない労働を、わざわざやりたがる貴族令嬢なんていない。
口にしたところで、まさか本気で言っているなんて思われるわけがない。
あるいは、と思いつく。
逆に、私が二人の事業を“私の家業“として手伝うなら、おかしくないのではないか。
二人とも、つまらないと言って、その選択肢を即座に切り捨てたけれど。
他者からどう見えるかなんて、当事者の預かり知らないところだ。
諦めて他に誰か相手を探すとしても、2年生にも3年生にも、彼らの他に該当する男子生徒なんていない。
残りの学年と言っても、4年生は今年卒業と同時に結婚させられそうだし、入学したばかりの1年生には心理的に気が引ける。
現時点では、むしろこれが最善であるようにさえ思えた。
「双子の事業化を手伝いながら、周りには嘘にならない程度で匂わせる…」
我ながら、なるべく罪悪感を薄めながら、やりたいことを両取りしようという、絶妙に狡くて悪い案である。
自分の身を守るためなら、もっと心を殺して、ここから逃げることだけ考えれば済む話だ。
けれど、学び直しながら知識欲が増していることも自覚しているし、なにより二人の事業が成功するところを見たい気持ちが強い。
もちろんいつだって、何かが悪い方に進めば、私も、セオを含めた他の誰かも、危なくなる可能性はある。
できればこれで上手くいけばいいけれど、そうはならない場合もあるだろう。
物事を進める時に最も大切なのは、選んだ道が失敗ないために、挽回できるように、常に回避予防策を考え続けることだ。
進むと決めるなら、同時に、ある程度のリスクを取る腹も決めなければ。




