6. えらい話
「どういう意味ですか、それ」
思わず溢れた言葉は、自分でも思ってもみない程、無機質な声になった。
良くも悪くも、色々な可能性が頭の中を駆け巡っていて。
答えを聞きたいのに聞きたくない気もして、心が落ち着かない。
――ただ単に、私が彼にとってそういった対象外なだけ、という可能性だってあるのに。
そんな私の反応をどう捉えたのかわからないが、二人とも急に焦って、宥めるように言葉を重ねる。
「いや、君のことは気に入ってるとは思う!」
「それは間違いない、あいつが女子に名前で呼ばせるなんて、聞いたこともないし!」
その言葉は、私を気遣ってフォローしてくれたのだろうかとも思うし。
私についてのフォローではないような気もする。
けれど、いずれにせよ、そんなことを考える余裕はない。
「じゃあ…もう心に決めた方がおられる、とか?最近、何かあったりとか?」
既にアイリスと何かあるということだって、あるいはアイリス以外の別の事情が発生することだって、きっとあり得る。
静かに思考を落ち着けたいのに、心臓の音がうるさくて、上手く考えがまとまらない。
内心の焦燥感をこれ以上、表に出さないように。静かに息を吸って、長く吐く。
そんな私に、二人とも困ったような顔をして苦笑した。
「ないない。っていうか、そうじゃないんだよな」
「俺たちから勝手に言えないけど、あいつも家のこととか、あいつ自身のこととか、色々あって…普通の御曹司のように簡単には、身の振りを決められないんだよ」
だんだんと歯切れが悪くなって、難しそうな表情で言われるけれど。
その、彼らが勝手に言えないことが、きっとジェラルド卿の持つ薄昏い部分なんだろうなと思うと同時に。
「なるほど…」
なんだか、目から鱗のような気分になった。
最悪の事態――それが何を指すのか、定義はできていないけれど――ではなかったらしいこともあってなのか。
緊張からか、いつの間にか握り締めていた手から力が抜けるとともに、考える余裕も出てくる。
これは、鬱ゲーと呼ばれるゲームだから。
アイリスと出会うことで、彼らが病んだりおかしな行動をしたりするようになるのだと、勝手に思っていた。
けれど、そもそも乙女ゲームなのだ。
純粋で優しい彼女の心に触れることで、攻略対象キャラ自身が抱える痛みや苦しみを取り払うことも、また、できるはず。
どうしてか、バッドエンドの可能性ばかり考えていたけれど。
上手くにいけば、ジェラルド卿がアイリスと関わることで、彼が抱える何かから救われる未来もあるのだ。
「それなら、そういう辛いところを掬い取ってくれるような方と、出会えれば良いですね…」
そういう可能性があるのならば、アイリスがジェラルド卿のルートに入れば良いのにと。
初めて純粋に、そう思った。
「…そうなるのかー」
「まあ、今は言っても無駄だろ」
しんみりとする私に、二人はしばらく何らかを言い合っていたけれど。
気を取り直すように、明るい声を出した。
「それならそれで、イライザ嬢は、うちに来るしかないわけだ?」
「え?」
何がそれならで、何がそれでなのか。
話の流れが、全く見えない。
急な話題転換と情緒の振り幅についていけず、目を瞬かせている間に、二人の話はどんどんと進んでいく。
「さっきも言ったけど、資産と将来性で見ればウィルソンがダントツだと思うけど?」
「由緒ある家柄が欲しいなら難しいけど、まあ金銭的に苦労させることはないんじゃないかな」
発端は、私が男子生徒から避けられるという話で。
それは、伯爵家の長男であり家格では敵わないセオと近しいせいで、私と親しくなっても今後の関係の発展性が見出せないからで。
そもそも、将来的な関係は別として、まず友人からでもいいから仲良くしてもらえたら、という私の考えが甘いわけで。
ということは、将来的に私を受け入れてもらえるような相手が望ましいという話で。
3年生にはセオより高位の家柄の生徒がいるとはいえ、第二王子は難しくて、ジェラルド卿は色々とあって。
「え?えっと…えーっと、つまり、その」
なんだか、話がえらいことになってきた気がする。
全く想定できなかった発言に、間投詞で場を持たせながら、何をどう聞いたものかと考えてみて。
「どちらかと、ということですか?」
皆まで言うのは憚られて、大事な部分はなんとなく、ぼかして伝えてしまうけれど。
聞きたいこと自体は伝わったらしく、二人とも一瞬時が止まったように固まってから、考えるように頷く。
「ああ、婚姻関係という話なら、そうなるのか」
「それはつまらないよな、かといって共有できるものでもないし」
本当に今気付いたと言わんばかりの反応に、そもそもどういうつもりで言っていたのか、あるいは深く考えずに話していたのかと心配になる。
とりあえず、話の流れとしては至極真っ当な問題点に行き着いて、少しの間考え込まれた。
「あ、うちの養子にするとか?」
「それだと結局、どこかに嫁がせないといけなくならないか?」
最早、一体何の話をしているのかわからない。
私がウィルソン家の養子になったとして、いくら規模も由緒もある商家とはいえ、男爵家とでは家格を比べられるものでもない。
そもそも私の両親が許すと思えないし、ウィルソン当主だって許可する必要性すらない。
なにより、それでこのゲームにおける私の状況が解決するわけでもないので、私にとってもなんの得にもならない。
個人的な感情だけでいえば、ウィルソン家の義妹も楽しそうではあるけれども。
「じゃあ、ひとまず俺たちのところに働きに来るのは、どうかな?」
唸っていた二人が捻り出すように言ったトンチンカンな問いに、何が起こったのかと目を瞬かせる。
男性の友人ができて、人から見た私とセオとの関係性が薄まれば、巻き込まれリスクが減るのではと思って、悩んでいたことなのだ。
別に私が将来的に、セオあるいはそれ以外の誰かと結婚したくないとかいう、進路の話をしていたわけではなかったと思うのだけれど。
――でも彼らの視点で見れば、セオ以外の人と仲良くなりたいと言う時点で、私がセオと結婚したくないと思っているということになるのだろうか。
その上で、現状では他に貰ってくれそうな相手がいないという悩みと理解されたとか。
だから、それならひとまずウィルソン家でどうにかしてあげよう、とかいう親心なのだろうか。
もしかして。
彼らの意図をそこまで想像してみたところで、根本的なことを思い出す。
ウィルソン商会が、この国で五大商会の一つに入ることは、私でも知っていることだ。
けれど、たしか二人には長兄がいて、家を継ぐことはできないはず。
資産と将来性と言っていたけれど、継ぐ家がない現状の二人には、そういった将来性も私の働き先も、ないように思う。
どういう話なのかと首を傾げてみると、私の反応に二人は顔を見合わせた。
「これはまだ構想段階だから、誰にも言ってないんだけど…」
「ベアリングにも細かいこと言ってないから、まだ内緒にしておける?」
いよいよ、私が首を突っ込んでいいところなのか不安になる。
けれど、ここで今更、じゃあやめておきますと言える空気でもないし。
ここまで聞いてしまったら、私だって興味はある。
敢えてジェラルド卿に会って何かを話す予定もないし、他の人にも二人の話をする必要性すらない。
わかりましたと頷くと、二人が話しだしたのは、想像よりも遥かに大きな事業構造だった。




