5. 相談と答え合わせ
果たして。
ここまでずっと不運が続いていたのだ、女神様も少しくらいは気遣ってくれたのだろう。
「イライザ嬢じゃないか、やーっと来たな」
「時間が空いたら来るって言いながら、結局一ヶ月振りくらいじゃないか?」
部屋に入るなりウィルソン兄弟から声をかけられ、その言葉への申し訳なさより、安堵が勝る。
前回会った時、双子がクラブをサボりがちだと聞いていたから、今日はどうだろうかと思っていたけれど。
「申し訳ないです、色々あってなかなか来られず…」
謝りながら、二人がいるということは他の部員もいるのだろうかと、部室内を見回す。
「いやー、今日に限ってベアリングは用事あるらしくってさ」
「最近は大体みんないるんだけど、こういうこともあるもんだな」
私の様子に気付いた二人が、笑いながら教えてくれた。
ベアリング卿には申し訳ないけれど、私にとってこれは最善の状況だ。
2年生以外で、私が話をしやすい知り合いといっても、クラブの先輩方くらいしか思い浮かばなかったのだ。
セオのルート以外では部外者でしかないだろう私が、本来のゲームの状況では知り合わなかったはずの、ベアリング卿と会ったとして。
物語にそう大きな変化が起きるとは、思えないけれど。
それでも、攻略対象キャラである彼とは、会わないで済むなら会わない方が安全だろう。
少しほっとしながら、一礼して定位置の椅子に座る。
「それより、イライザ嬢。ちゃんと俺たちの名前、呼べるようになったか?」
途端に言われた言葉に、何もないのに噎せそうになった。
久々なので、その話は無かったことにできないものかと思ったけれど。そうはいくはずもなかったか。
実際、第一声から自分が名前で呼ばれていた時点で、忘れられていなかったのかと、気付いてはいたのだがけれども。
心の中だけで、明後日を向いて小さくため息を吐く。
「もちろんです…ケネス様、ヘンリ様」
二人は双子でも割と性格が違っていて、大抵の場合は先にボケるのがヘンリ様で、ツッコミがケネス様である。
とはいえ、どちらかだけと喋ることはあまりないので、今まであまり区別して呼ぶ必要もなかったのだが。
私が名前で呼ぶと、二人とも楽しそうに笑う。
そういえば。
元々この話は、セオではなくリアムの名前が挙がった時に、出てきたような――
「俺たちもいいけど、今日はいないとはいえ、ベアリングもちゃんと名前で呼べるようになった?」
思考に沈みそうになったところで、二人より更に忘れておいて欲しかった名前が挙げられる。
特に指摘されるまではなかったことにして、今まで通りベアリング卿にさせてもらおうと思っていたのだけれど。
「…ジェラルド卿から、言われたことでしたので」
これはもう、逃げ切れないのだろう。
しばらくは警戒していたけれど、私がセオの関係者である以上、彼らとの間で何か起きるというのは、ゲームの展開上ないだろうし。
そもそも、こうなる前とはいえ了承していたのは自分なのだから、今更どうしようもないか。
苦笑しながら告げた私に、二人は自分たちの時よりも、どこか満足げな顔をした。
「じゃあまあ、ヤツの反応はまた次回として」
「あいつには不運だけど、折角だから、今日は俺たちと喋っていきなよ」
双子の中の何かが一段落したのか、二人とも姿勢を崩して、いつも通りの調子になる。
クラブに来たからには、二人となにかで対戦した方が良いのかと思っていたけれど。
私にとっては有難い申し出に、すぐさま乗ってしまった。
「それなら、実は少しご相談したいことがあって――」
リアムのことがあるし、先輩方に、あまり直接的な話し方をするのも躊躇われる。
ひとまずは、同学年の男子生徒から若干退かれている気がすることについて、話してみると。
「2年生に、ウォルポール卿より高位の家柄の生徒がいないからじゃないか?」
「伯爵家の長男と張り合える人間なんて、そうそう多くはないからな」
思いの外すんなりと、それしかないだろうと、彼らの考える答えを教えられる。
あまりに当たり前らしく言われて拍子抜けしてしまい、アイリスと友人になったからではなかったのかと、聞く気にもならない。
たしかにセオは由緒ある伯爵家の長男なので、爵位だけで比べて伯爵家以上となると、侯爵家、公爵家しかいない。
その上、公爵家となると王族血縁の血筋しかいないので、王族と同じように政治的な判断で、婚約者が決められていることも多いだろう。
――そう考えると、セオよりもスペックの高い男子生徒を見つける方が、難しいような。
「でも、ウォルポール卿と親しくしているからといって、私を避けることにはならないんじゃないですか?」
納得しそうになったのは、私の個人的な最終目標が婚約だからだけれど。
私との婚姻の可能性がなかったとしても、友人くらいにはなってもいいのではないだろうか。
いや、友人とまではいかなくても、せめて普通に接してくれてもいいんじゃないか。
そんな思いで言う私にを、二人はあっさりと切り捨てた。
「少なくとも、自分より格上の男と親しい女子とわざわざ仲良くなる利点って、そんなにないんじゃないか?」
「その辺りの男が、そこでリスクを冒してまで君と友人になる必要もないって考えるのは、理解できなくはないよな」
私を含め、方々に対して散々な言いようである。
現代と時代背景が違うとはいえ、男女の友情はない世界線なのだろうか。
そうだとしても、避けるほどのリスクのある人間だとは、自分では思えないのだけれど。
明らかに納得がいっていない表情をしているだろう私を見て、ヘンリ様が笑った。
「それに、理由が分かったとして、自分で変えられないことを悩んでも仕方ないんじゃない?」
それはたしかに、その通りとしか言いようがなくて、ぐうの音も出ない。
セオと親しいことが問題なのであれば、私がセオと距離をおけば改善する可能性はある。
けれど、私を避ける彼らが何を考えているのかを想像したところで、どうしようもないのも確かだ。
「でもまあ、3年生ならそれなりにいるよな」
一気に脱力する私に、ケネス様がニヤリと笑いながら言った。
どの件に関しての発言かわからず首を傾げると、「ウォルポール卿より高位の家柄だろう」と聞き返されて、そういう話だったと思い出す。
そもそも、2年生の中から探すのは難しいとリアムが言っていたから、二人に聞きに来たのだった。
その話の流れが一致するということは、やはりセオと親しいせい、というのが正解なのだろう。
ただ、言われても自分のクラス以外のことはあまり詳しくないので、ピンとこないでいると、二人とも楽しそうに話を続ける。
「数に入れていいなら、もちろん第二王子殿下もおられるし…家格だけでいえば、当然ベアリングも入るだろ」
「資産と将来性で見れば、俺たちがダントツだと思うけどな」
知っている名前しか出てこないのは、これが乙女ゲームの世界だからなのか。
第二王子は言うまでもないが、ベアリング家は祖父君の代で侯爵叙勲されていて、ジェラルド卿の父も宰相職である。
兄君がいて侯爵位は継げないとはいえ、家柄は申し分ないし、彼自身は官僚を志しているそうだから、父親の職を継げる可能性はある。
――継嗣でないからそんなにモテないと、前に聞いた気がするのだけれど。その辺りの将来性は、女子生徒からは加味されないのだろうか。
いや、そんなことを今、私が考えても仕方ない。
「もう少し、実現可能性がありそうな方がいればいいんですけど…」
学内でちょっと喋るくらいなら、問題ないだろうとは思う。
けれど、狙うにはハードルが高過ぎる上に、それこそ私にはリスクが大き過ぎる。
「王子殿下は難しいかもしれないな」
先輩とはいえ流石に嗜めるように言った言葉に、一応は考えるような素振りをされるけれど。
「私にとっては、ジェラルド卿もお二人も、同じですよ」
最早、遊ばれているんじゃないかと思うと、呆れよりも力が抜けたような声が出る。
いくら乙女ゲームの世界といっても、失礼ながら、もう少しモブらしい方がいないものだろうか。
2年生以外ということで、とりあえず3年生をあたってみようかと思ったけれど、こうなると他の学年を探した方が良いのかもしれない。
どうしようかと考え込みそうになったところで、ヘンリ様がぽつりと呟くように言った。
「まあ、ベアリングは多分、イライザ嬢とは結婚したがらないだろうからなー」




