4. 折れるフラグ
リアムやテイラー先生と話したことで、改めて、圧倒的に覚悟が足りていないなと痛感する。
今の私には間違いなく、セオを切り捨てる覚悟が必要だということは、わかっている。
けれど振り返ると、私がこの世界で目覚めてから、もう二年近くも一番近くに寄り添ってくれていた相手なわけで。
そう簡単には割り切れない。
だって私がセオの婚約者ポジションである以上、アイリスがセオのルートに入りさえしなければ、多分私個人としてはきっと、今後の展開には全く関係なく過ごせるのだろう。
そんなことは、わかっているのだ。
それでも気を揉んでいるのは、セオのルートに入らなかった場合、彼に何も不幸が降りかからずに済むのか、という不安があるせいで。
どちらに進んだとしても、このまま中途半端にいては良くないということは理解している。
結局、私は所詮ただの端役であって、この物語の当事者ではないわけで。
いくら迷ったところで、決めるのは彼女なのだから。
「ちょっと頭痛が続いただけで、安静のために外出禁止って言われたのよ!酷くない?」
第一声から、思っていたよりも随分と元気そうで、ひとまずは安堵する。
星詠の神子といえば、替えのきかない国の宝なのだから、少々は過保護になっても仕方ないだろう。
「それは大変だったわね…もう頭痛は平気なの?」
「今は大丈夫。数日自室でじっとして、回復できたみたい。今日の授業は、見学しろって言われちゃったけど」
素人目には健康そうではあるが、確かに病み上がりで運動も良くないだろう。
最初の柔軟だけは一緒に組んでやることになり、そのまま少しだけ私語の時間が続く。
「この前は、ウォルポール卿と二人でお話していたところに、急にお邪魔してごめんなさい」
前回の授業では緊張していたくせに、アイリスの体調不良の心配もあって、その話題が今日出てくることを軽く忘れていた。
しかも、最初の話題でいきなりぶっ込んでくるなんて思いもよらない。
「じゃ、邪魔だなんて全然!むしろ、幼馴染みとして、彼をあなたに紹介できて良かったわ」
思わず声が上擦ってしまうけれど、想定通りに返事をする。
セオが次の慰問に同行することは決まっていたので、彼女の友人であれば、初対面の二人を引き合わせたいと思うのは当然だ。
「思っていたお名前と違う気がしたんだけど、イライザが呼んでいたのは、彼のあだ名だったのね」
笑いながら言われて、忘れて欲しいことほど忘れられていないものなのだなと、現実逃避のように思う。
とにかく、まずはセオと私に何も関係がないことを、理解してもらっておくしかない。
「家同士が親しくしていて、古くからの付き合いというだけなんだけど」
「それで今も仲が良いというのは素敵よね」
家の問題だと伝えてみても、意外にも前向きな言葉が返ってくるので。
「あくまで、ただの、幼馴染みだから…私も良いご縁を見つけないといけないし、あまり馴れ合うのも良くないとは思ってるの」
仕方なく、現状何のアテもない話題を持ち出す。
「えー、そうなの?親しげだったし、彼がそういう方なのかと思った」
先ほどから、わざとなのかと思うほど、アイリスの全ての言葉が、私の避けたいフラグをぶち抜いてくる。
――わざとなのだろうか。ゲームの展開として、そうなる流れになっているとか。
けれど流石に、そこに流されてあげるほどのお人好しではない。
「まさか、絶対にないわ。お互いに、幼馴染みとして近くにい過ぎて家族に近いし、私もセオの好みでもないし、セオだって私の好みでもないし」
勝手なことを、力強く言い放つ。
こういうのは闇雲に反論するほど、周囲には怪しく聞こえるものだとは理解しているが。
アイリス以外にも同じように思われているのなら、柔らかく否定したところで、効果があるとは思えない。
「イライザがそんなに言うなんて、今までよっぽど言われてきたのね」
私のあまりの強弁に、照れ隠しではなく本気で嫌がっていたのだろうと解釈したのか、アイリスが同情のような言葉をくれる。
実際、ルイーズも含め、そういうことを言われたことがあるのも確かなので、あながち間違いでもない。
こういった幼馴染み論争的な話題は普通、小中学生くらいで一度盛り上がるものだろうし。
この世界でのことはわからないが、平民出身のアイリスであれば、通ってきた道ではあるのかもしれない。
「そうよ、家同士で交流があるからって、みんな期待しすぎだと思うわ」
いずれにせよ、私にとってその言葉は都合が良いので、大袈裟にため息を吐きながら同意すると。
「それはわかったけど…逆に、イライザの好みの男性の話が聞きたいわ!そんなに否定するなんて、もしかして誰か気になる方がいるとか?」
適当に喋ったせいで、全く想定もしていなかったところに興味を持たれてしまい、心の中で空を仰ぐ。
一難去って、また一難。
せめて誰か思いつく相手がいれば良いのだけれど、今のところ――主に、アイリスの友人であるというせいで――男子生徒から遠巻きにされている私には、全く何のアテもない。
適当に好みを捏造することはできるが、今後誰か見つかった場合、あまりにかけ離れているのは良くない気がする。
「私に聞くなら、アイリスが先じゃない?」
とにかく考える時間を稼ぐためにと話を振り返すと、アイリスはきょとんと首を傾げた。
「えー、私はまだよくわからないもの…今までそれどころじゃなかったし、今もそれどころじゃないし」
誰のことも選ばず、曖昧にはぐらかす。
乙女ゲームのヒロインとして、満点の回答ではないだろうか。
話の展開上、これからそれどころになるのだが、今のアイリスには関係ない。
私もそういう誤魔化し方ができれば良かったのだけれど、自分で好みじゃないなんて言ってしまった手前、そうもいかない。
どうしようかと視線を逸らしたところで、リアムがなにか言っていたのを思い出した。
「誰とかはいないけど、まあ…2年生じゃなく他の学年の方、かな…」
よく考えなくても、何の好みでもない。
けれど、細かく詮索されそうになる前に、テイラー先生に私語が煩いと注意されて、ひとまずその場は流れた。
授業後も急いでるからと逃げて、次回また会う前になんとか考えておこうと思っていると。
今回は、事前に次の授業の休講の連絡が入った。
ということは、既にアイリスはテイラー先生とセオと共に、慰問に向かっているのだろう。
一応、セオと私は家同士が親しいだけの、ただの幼馴染みだと、最後に念押しできたことにはなるけれど。
アイリスがセオのルートに入ることになるかどうかは、私とセオの話と別問題ではあるし、この慰問で決まるということも有り得る。
もしそうなったら。
物語の強制力を少しでも感じる以上、私が口で否定していただけで、その設定が変えられるのかなんてわからない。
そうでなくても、どうせいずれは考えることなのだ。
リアムから、友人といっても2年生の中から相手を探すのは難しいと言われた以上。
私の残りのアテなんて、限られている。
一か八か。
運良く会えることを願いながら――運が悪くとも、今の私にとってセオよりはマシだろう――久々にやってきた部屋の前で、一つ長い息を吐いて。
小さく三度ノックして声をかけた。




