3. 物騒なやり取り
リアムに言われたことを考えている間に、短剣技の授業の日が来てしまった。
この前、セオといる時に遭遇してから、アイリスに会うのはこれが初めてだと、少しだけ緊張して身構えていたのだけれど。
今日は珍しく休みとのことで、どこか肩透かしに思うと同時に、何かあったのかと心配していると。
テイラー先生曰く、また能力を使ったことで疲労が溜まって大事をとっただけで、健康上の大きな問題はないとのことだった。
というか。
私がアイリスの友人だと既に認識しているとはいえ、そんなことを一生徒に言っても、大丈夫なのだろうか。
そちらの方が心配である。
「ハーヴェイは普通のご貴族令嬢なんだから、これ以上やることないんじゃないか?」
いつも組んでいるアイリスの代わりにと、テイラー先生が私と組んで実技を見ていてくれながら言う。
「これ以上…?」
体力作りは継続しながらも、最近では受け流しの実技も始まっている。
といっても、まだ初歩の初歩で、攻撃に対する防御ではなく、静止している相手への対処だ。
どの辺りで心配されているのかよくわからず首を捻ると、先生は言いにくそうに続ける。
「授業用とはいえ、そろそろ短剣自体も渡すことになるからな…短剣だろうと刃物だし、自己防衛の権利があるとはいっても、実際に攻撃まではできないだろ?」
言われた言葉に、確かに攻撃なんて考えていなかったなと思い返す。
当初、講義計画を見て、もしもの為にと護身術として授業を選んだのは確かだ。
けれどその頃は、そもそも本気で自分の命が懸かっていると思っていたわけでもないし、本当に護身程度の気持ちだったのだ。
防御回避のためとはいえ、実際に短剣を持つわけで。
先生の言う通り、正当防衛だとしても、誰かを傷付ける可能性が出てくることを、きちんと認識していたわけではなかった。
「授業としては、回避程度の内容って設定ではあるけど、腐っても刃物だ。女の力だろうと、当たりどころが悪ければ、最悪死ぬ」
「…授業が始まってから、今更脅すのはやめてください」
真面目な顔でそう言われると、何と返事をしていいかわからず、茶化すように返す。
多分、騎士としてあるいは講師として、真面目に心配してくれているのだろうとは思う。
けれど、最早今の私は、その可能性を茶化している場合でないのも事実だ。
「でも、もし本気で命を狙われたら、そうも言ってられないじゃないですか」
私の状況とは関係のない彼に言うつもりはなかった暗い考えが、俯いた口からぽろりと出てきてしまう。
テイラー先生は何度か瞬きをして「なんだ、物騒だな」と笑ったけれど、表情を緩められない私に、小さく息を吐いた。
「そりゃあ、そうだ。人が守れる命は、一つしかないからな…」
本気で私の言葉を想定しているわけではないだろうけれど、なにか事情があるのだろうということは、汲んでくれたようだ。
本業が近衛騎士であり、星詠の神子の護衛になっているテイラー先生に、守れる命は一つなんて言われてしまうと、心にざわつくものはあるけれど。
――彼もきっと攻略対象キャラなのだ、他の全員と同じように、そういう可能性はある。
「もちろん私も、回避で済むならそれでいいんですけど…せめてこう、ある程度相手をいなしつつ、ある程度のダメージだけ与えらるような方法が、あったら良いんですが」
そんな彼と同じように、私にも守れる命が結局一つしかないのだとして。
私の命を脅かすのが不特定の誰かであれば、まだ、相手が悪いと思って腹を括れるかもしれない。
けれど。
イライザ・ハーヴェイが、自分の身の危険を考えるとして。
目下、鬱ゲーとして考えられる中で、最も可能性が高い相手といえば、セオではないかと思うのだ。
その時、私はそんな状態のセオときちんと対峙して、私の命のために彼を殺す気で、抵抗できるのだろうか――あるいは本当に正当防衛できたとして、その後も普通にいられるのか。
「ある程度って言っても、本当に殺す気で来られたら、それこそ反撃して腕や脚の一本ニ本は奪わないと、やられないか?」
当然、テイラー先生は私の心の内の葛藤なんて知るわけもない。
私の問いに対して、真剣に答えてくれているのだろうが。
奪うという言い方が、また絶妙にエグい。
「そうなのかもしれないですけど、できれば、その後の日常生活に支障が出ないくらい、且つ二度と手を出そうと思えないくらいの……半殺しくらいに、しておきたいというか」
これは、ただの希望的観測に過ぎないけれど。
ゲームのエンディングの時点まで、なんとか持ち堪えることができれば。
これまでそうだったように、その後はストーリーに左右されずに、生きていけるのではないかと思ってしまうのだ。
頭は当然のこと、腕や脚がなくなってしまったら、たとえ命があっても、その後が辛過ぎる。
たとえゲームの都合で私を殺そうとされたとしても、私がセオを憎むことなんて、きっとできないのだから。
せめてボコボコくらい、いやそれよりもう少し――
「半殺しって…貴族のご令嬢の発言と思えないな」
考えられる語彙で、割と真面目に言ったつもりだったのだけれど。言葉選びが悪かったらしく、苦笑される。
確かに、普通の貴族令嬢が、半殺しなんて言葉を使うことがあるとは思えない――そもそも、そんな発言をする機会もないと思うが。
「他に良い言い方が思いつかなかったもので…失礼しました」
彼も寄宿学校の講師ではあるので、指摘に対しては、素直に謝罪する。
けれど、これまで話していたテイラー先生の言葉の端々から、彼自身の貴族令嬢に対する偏見のようなものがあるのでは、と思わずにはいられない。
これまでも、平民出身の彼と上流社会との軋轢のようなものを感じることは、あったのだ。
もしかしたらこの辺りが、テイラー先生の病み鬱展開に関わる、なんらかの闇のようなものに、関係があるのかもしれない――当然、これまで同様何も知らないので、ただの勘だけれど。
「いや、謝る必要はないが…まあいい、変わったご令嬢だと思ってたけど、貴族でも色々とあるんだな」
「全員ではないですけど、ご貴族だって色々あるんです」
変わったご令嬢だとは散々思われていることなので、そこは否定はできないけれど。
苦笑するように言われて、思わず拗ねたように言ってしまってから、トゲを含んだ言い方をしてしまった自分の迂闊さに、心の中で頭を抱える。
テイラー先生と上流社会の件は、アイリスがどうにか引き出して、触れればいいだけの話で。
私としては、これ以上のものは背負いたくないし、下手に関わらないように黙っておけば良かったのに。
そうでなくても、わざわざ遠回しに揶揄するような言い方も、素直じゃないし、皮肉ぽくて性格が悪い。
どうにかフォローしようか、あるいは本気で何も考えていない風を装えばいいのかと、一瞬迷ったところで。
「それは失礼した。まあ、本気で悩んでるようなら、半殺しの方法も考えておくかな」
逆に彼が謝るのかと、意外に思うが。
その後に爽やかに言われた物騒な言葉に、なんとも言えず、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。




