11. 実感
セオが帰ってきたなら、アイリスも帰ってきているだろう。
次の授業の時に会えたら話を聞こうと思っていたけれど。
突然、無期限で授業を含めた全ての学内活動が休止、生徒は寮からの外出禁止が言い渡された。
『特別講師のニール・テイラーが殉職したらしい』
何が起こっているかわからないまま、クラス寮に待機になっている間に、そんな噂話が聞こえてきた。
まさか、と思う。
王国の近衛騎士とはいえ、現在は寄宿学校で講師を務めている彼が、殉死するタイミングがない。
もしかして、アイリスの慰問の護衛中に何かあったのだろうか。
あの後で読んだセオからの手紙には、リアムから聞いた件について話したいと書かれていただけで、他には何も書かれていなかった。
知っていて口止めされているだけかもしれないし、こちらに帰ってきてから状態が悪化したのかもしれないので、それも根拠にはならないが。
ゲームの展開どころかテイラー先生の名前すら知らなかった私には、この状況がなにかのイベントかなんて知る由もない。
編入時点からアイリスと親しい存在だから、彼は攻略対象キャラなのではないかと思っていたけれど。
誰かのルートに入ったり、ストーリーが進んでいれば理解できるが、まだアイリスが編入してから三ヶ月しか経っていない。
攻略対象であってもなくても、彼女に近い存在がこんなに早く退場するなんて。
これがいかに鬱ゲーと呼ばれるゲームだとしても、こんなことがあり得るのだろうか。
今年の国王祭だって、まだなのに。
ただの噂か、あるいは死亡したことにして生きている可能性だってある。
もしそうなら、もしそうじゃないなら――なにを考えようとしても、上手くまとまられない。
流石に寮に缶詰の状態ではケイトもアミも何も知らないようで、みんなが不安になる中、学校から発表があったのは二日後だった。
「生徒諸君には伝えるが、学外へは口外禁止だ。特に貴族以下へは厳しく情報規制されており、家族親族であっても口外無用。発覚した場合、学校ではなく国からの処罰となるので留意しなさい」
普段はほとんど見ることのない寮監が、談話スペースに全員を集めて厳しい口調で言った。
貴族階級以上の情報規制となれば、間違いなく王国中枢の問題か。
そもそも噂が本当で、近衛騎士であるテイラー先生が殉職したとなれば、その時点で王族に直接関係するだろう。
後で全員に口外禁止についての誓約書を書かせるという言葉に、それなら全校生徒に発表しなければいいのに、とは思わなくもないが。
貴族子女が通う学校なのだ、黙っていても知られることになると判断したのだろうか。
寮監は非情にも感じるような冷静な口調で、誰かがまとめたと思しき公表文書を淡々と読み上げた。
――――――
先般、深夜に何者かが第一王子の居室棟に忍び込んだ。
たまたま王城横の近衛兵舎で所用を済ませたニール・テイラーが、それに気付いて対応した。
彼は賊を捕縛したが、反撃に遭い、手を尽くすも翌日死亡。
賊は応援の騎士の到着前に自害。着用品からも、どの手の人間かは判別できなかった。
しばらくは王城への出入を厳格化し、第一王子は居室を移動して護衛を強化。
この功績により、ニール・テイラーは第3大隊第2小隊副隊長から二階級特進し、大隊副長として王国騎士内で葬送する。
詳細は目下調査中であり、徒に民心を乱すことを防ぐため、本件は貴族階級以上のみに共有とする。
王国寄宿学校は貴族階級相当の生徒を多く含むため、緘口令を敷いた上でこれを公表する。
状況証拠より第一王子を狙った犯行と推定するが、犯人死亡により現時点での詳細意図は不明。
いずれの勢力であっても、王国は暴力による政争を許さない。
もし思い当たるものがあれば、寮監あるいはクラス担任に申し出るように。
授業は明日より再開し、誓約書への署名を以て受講を許可する。
剣技の授業のみ代理講師の選定まで休講とする。以上。
――――――
こういう大事の場合、普通はもう少しざわつくものだと思うのだけれど。
私自身も含め、みんな知らされた情報に絶句していて、独り言のような小さな声しか聞こえない。
当たり前だ。
王族に血生臭い噂が聞こえていたとして、周囲はただた平和そのものだった。
それがいきなり、この国の中心である王城で、身元も知れない不審者が、第一王子を狙って侵入して、近衛騎士が殺されるだなんて。
治安悪化や情勢不安なんて、もっと小さな事件が積み重なって言われるものだと思っていた。
「各自この表の自分の名前の横に署名をしてから解散し、自室に戻るように」
まだ現実を受け止めきれていないまま、促されるままに署名をする。
この状況で、敢えて寮監に詳しく質問をしたり、逆らうような発言をしたりするような生徒はいなかった。
最早、テイラー先生個人の問題ではなく王国としての大事であり、国からの威力に歯向かうような人間が、寄宿学校に在籍しているはずがないのだ。
誰一人口を開かず静まり返る空間に、署名をするペンの音だけが響いて。
少しでも言葉を発しようものなら全て筒抜けになりそうな静寂に、談話スペースから離れても、しばらく俯きがちに無言で廊下を歩いていく。
「…」
自分たちの部屋の前まできて、やっとケイトとアミと視線で合図を送り合って。
ひとまず、私たちの部屋に入った。
寄宿学校は基本的に、同じ学年の生徒同士が二人部屋になっている。
学年によって居室階が違うので、面倒だけれど毎年部屋の移動があり、同室の子も入れ替わる。
去年は別の子と同室だったけれど、今年は私とアミが同室になっていたので、部屋に集まって話しやすくなったのは有難い。
自室に戻るようにとは言われたものの、ケイトも隣の部屋なので、点呼の時間まで話すくらいなら咎められることはないだろう。
「ねえ…急に寮に缶詰になったと思ったら、こんなのって…」
部屋に入ってからも、先ほどまでの余韻で誰も口火を切れないまま、しばらく無言が続いて。
どうしようかと顔を見合わせていると、ケイトが気力を失った時に出るような乾いた笑い声で、ため息混じりに口を開いた。
「一気に色々なことが起こりすぎて、どこから驚けばいいのか…イライザは、大丈夫?」
アミもその言葉にのるように頷いてから、私に話を振ってきた。
「大丈夫というか、突然のこと過ぎて、まだ実感がなくて…」
私がテイラー先生と直接の面識があったから、心配してくれているのだろう。
もちろん、少しでも自分が知っている人の急な死に対して、ショックを受けていないわけがない。
噂が聞こえてきた時だって、まさかそんなはずないと自分自身に言い聞かせて、考えないようにして心を保っていたのだ。
けれど、こうして公表されて、これが事実となってしまったら。
今はまだ実感がない、なんて言って現実を受け入れず悠長に構えている暇なんて、ないのではないかと思う。
実感が湧く前に、彼の死を悼むより先に。
心を殺してでも考え続けなければ、生き残れないのではないか、と。
次が私でないとは、言い切れないのだから。
個別ルートに入っているとも思えない現時点で、攻略対象キャラと想定していたテイラー先生が殺されることがあるのなら。
ルートなんて関係なく、イベントなんて起こらなくても、人が死ぬことがあるのかもしれない。
それも、私だけじゃない。
他の攻略対象キャラだって、同じようになる可能性がないとは言えないのだ。
いよいよ、感情論で甘いことを言っている場合ではなくなったと、腹を括るしかないのか。




