23. 目を開く
「逆に、知らなかったことの方が驚きなんだけど…」
私の境遇を知っている相手が他にいないので、慌ててルイーズを呼び出して相談した第一声が、これである。
「ウォルポール卿って、結構有名な方だと思うんだけど。というか、記憶がないといっても幼馴染みなんでしょう?」
正論で畳み掛けられては、ぐうの音も出ない。
「だって、伯爵家の方々もうちの家族も、リアムだって、セオって呼んでるから…」
最早どういう流れだったか覚えていないけれど、私には最初からセオと紹介されていたし。
こちらの世界の名前自体、なんとなく聞き覚えはあっても馴染みもないから、そう聞かされればそうなんだろうとしか思っていなかった。
彼の本名がセオドアで、セオが愛称に当たるなんて。
誰がわかるというのだろう。
「セオに聞いても、知らなかったのかって普通に言われただけだし…やっぱりみんな知ってるのね」
逆に、本名の方に馴染みがないのでは、と思ってルイーズに聞いてみたのだけれど。
「それはそうでしょう。まあ、ウォルポール卿のことを名前で呼ぶ方なんて、親族以外で聞いたことないけど」
私の淡い期待を打ち砕くどころか、より悪い予感のする新たな情報まで出てくる。
「リアムがいるじゃない?」
「エヴァンス卿だって、遠縁とはいえ親族筋でしょう?」
言われてみれば、そうだった。
リアムのことは聞いていたけれど、そもそもセオはあまり自分の話をしないので、他の友人のことはわからない。
もちろん、ベアリング卿とウィルソン兄弟のように、仲が良くても家名で呼び合う人もいるが。
「でも私が知る限りでは、ハーヴェイ男爵夫人とイライザだけよ」
セオったら人見知りが過ぎるのでは、なんて考えていたところに、ルイーズが仕切り直すように言ってきた。
「それって結構――いえ、かなり、彼との仲を勘繰ってしまう要素としては、十分なんじゃない?」
いつものように面白がっているような表情で言われるけれど、今回ばかりは何も言えない。
私とセオが幼馴染みだから、そういう期待をしているのだと思っていたけれど。
その上、彼が愛称で呼ばせている相手がうちの家だけと聞かされると、ルイーズでなくても、何かを期待するのは仕方ないと思えた。
「でも、お母様たちの仲が良いから、昔から付き合いがあるってだけで、私とセオは特に何の関係でもないし」
――本当に、それだけなのだろうか。
これがただの日常であれば、それだけと思っても構わないだろう。
けれど、この世界は乙女ゲームの世界で。
今やセオは、攻略対象キャラと確定してしまっている。
――この前セオと話している時に、アイリスが迷い込んで来たのは、本当に偶然だったのだろうか。
いや、でも私がアイリスと知り合ったのは、私が敢えて短剣技の授業を選択したからで。
――去年と同じような選択授業をとっていたら、むしろ彼女と同じ授業になるものの方が多かったんじゃなかったか。
セオが攻略対象キャラであるならば。
彼の幼馴染みであるイライザ・ハーヴェイが、ゲームに無関係なキャラクターだと言えるのだろうか。
「イライザ?どうしたの、大丈夫?」
急に黙り込んだ私に、ルイーズが心配そうな声をかけてくるけれど。
当然、今の考えを彼女に言うことはできない。
「ごめん、なんでもないんだけど…ねえ、ルイーズから見て私とセオって、客観的にどう見えると思う?」
あと少し、何かの可能性が浮かぶ気がするのに、それを自分からは直視できない。
イライザとして生きることになった時から、今まで。
この世界にとっての私は、何者でもないと思っていたのだ。
ここが乙女ゲームの世界だとしても、私自身はそこから回避できるだろうと思っていた。
「えー?私は何もないって聞いたから、何かないのかなって、ちょっと期待していただけだけど」
彼女からは散々言われていて、私も散々否定していたことなので、困ったように言いづらそうな表情をされるけれど。
それでも聞きたくて、内心の緊張や焦りのようなものは見せないように、口元だけで笑って続きを促した。
「まあ…順当にいけば、このまま在学中に婚約して結婚するんじゃないかって、思ってる人も多いんじゃないかしら」
その可能性を考えたことがなかった、と言うと嘘になる。
ルイーズからずっと期待されていたのも、それが彼女が勝手に盛り上がっているだけの妄言ではないと気付いていた。
だけど私にとってのセオは、優し過ぎるだけの、ただの幼馴染みで。
両親やウォルポール伯爵と会った時だって、そんな話は全く出ていなかったし、聞いたこともなかった。
だから、そんなわけがないと思い込もうとしていた――のだと、今ならばわかる。
導き出される答えに衝撃は受けているけれど、驚いてはいないのだから。
「私が、セオに対しての、ライバル令嬢ってことね」
いざ口に出してみると、イライザ・ハーヴェイにとってそれは、驚くほどしっくりくる役割だった。
「え?イライザ、誰かのライバルなの?ウォルポール卿が、誰か他の人と恋仲になるってこと?」
急な発言に、ルイーズは一体何のことかと不思議そうな顔をしているけれど。
その見当違いに聞こえる発言こそが、私に起こりうる未来だ。
――しかもその相手が、あの星詠の神子なのだから。冗談というよりは、悪い夢のような話だわ。
「えぇ…今までの感じからして、ピンと来ないというか。もし彼が他のご令嬢と仲良くなったとして、逆にあなた気にするの?」
真面目に考えている私の横で、ルイーズがうろんげな顔をする。
確かに、私個人的にはセオは大切な幼馴染みであって、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ、これがゲームの世界である以上は、私の感情がどこまで話の流れに影響されるかわからないし。
私自身が構わないとしても、話が進んでいけば、おかしくなることがあるんじゃないかと思う。
もし家同士の問題で、私がセオと婚約するようなことになれば。
それこそ、私の感情なんて関係なしに、私の存在自体が話の邪魔になるんだから。
「私が気にしなくたって、気にする人もいるかもしれないでしょう」
――それは軽く思いついただけの案だったけれど、核心を突いているような気がして。
これ以上この考えを深掘りすると、自然に会話ができなくなるように思えて、一旦思考を保留することにする。
「それでもよ。イライザったら、既に有望株のお知り合いがたくさんいるんだから、あなたが気にしないんなら、ウォルポール卿に固執する必要もないいんだし。ライバルって言い方は、変じゃない?」
現状、ルイーズの中では、セオと恋愛関係になる人の想定ができていない状況だからなのか、簡単に代案の話をしてくる。
私自身がセオに固執しないのなら、婚約しているわけでもない今、セオに恋人ができたとしても、敢えてライバルにはなることはない、ということなのだろう。
――それ以前に、彼女の中で私の“有望株のお知り合い”というのがリアムとベアリング卿のことなのだとしたら、残念ながらこの二人も、数には入れられないのだけれど。
確かに今の段階では、アイリスとセオが恋仲になったとして、私に対して気兼ねする必要は全くない。
だけどそれは、あくまで今の段階の話で。
「確かに…そうね」
もし、今の段階がこれからも続くのであれば。
私の感情が一定である以上、私かセオの立場が変わらなければ。
イライザ・ハーヴェイが何者であったとしても、問題なく過ごせるのかもしれない。




