22. 違和感
いつも通りの態度に戻ったとはいえ、どうも呆れられているような気がするのは、私の行動が彼にとって突飛だから、仕方ないのだろうか。
一応私の中で考えはあるけれど、この世界で貴族社会に馴染んできたセオにとっては、理解できないことも多いだろうし。
なんて思いながらも、答えづらく曖昧な顔をしていると、セオは私の顔を見つめて苦笑しながら言った。
「イライザは…昔の記憶なんてないクセに、たまに、本当は何か知ってるんじゃないかと思うことがあるよな」
その軽い口調とは対照的に、全く思いもよらない言葉が出てきて、一瞬私の時が止まる。
けれどそれは彼にとって、私に対して言ったというよりは、半分一人言のようで、特にこちらを探るような空気もない。
なにか勘付かれたのかと思って、どきりとしたけれど。そういうわけでもないようだ。
困惑したまま黙って見つめていても、特に話を続けようとする素振りもなく、なんでもないと首を振られた。
「まあ、イライザが自分のことを自分でしたいと思うのはいいけど。俺のことは気にしなくて――いや、もしかして星詠の神子から何か聞いたのか?」
セオはそのまま話を閉じようと、途中まで口にして。
今度こそ、気付かなくてもいいところに気付いたようだった。
「えっ?何が?」
尋ねられても、アイリスの立場もあるし私から慰問の話はしないと決めていたので、心当たりがないフリをするしかない。
「イライザが急に俺の心配をするのも変だし、唐突に星詠の神子の話をしてきたのも、初めから違和感があったし…」
合点がいったというように、断定口調で言われるが。
私がセオの心配をしていたことと、今回の慰問のことは、全く別の問題だと訂正しておきたい。
変だなんて、心外だ。
とはいえ、急に何の話だと思われているよりは、適当に話を合わせた方が良いのでは、とも思う。
「えー、うーん、まあ、それとは関係ないんだけど、そんなこと全くない、って言うのもおかしいよね…」
覚悟を決めて伝えた手前、どう言うべきか限界まで迷ったせいで、思ったそのまま口を衝いてしまうけれど。
セオは私の葛藤なんて、まるで気付かないように息を吐く。
「やっぱりか…口外無用のはずなんだけどな」
「ああー、その話はまた別なんだけど…もういいや、でもアイリスから聞いたってことは、内緒にして!」
一応否定はするけれど、否定したとて誤魔化せそうもないし、この流れの方が自然だろうから、もうそこは流されておくことにした。
「逆に、星詠の神子以外にそんなこと言うヤツもいないだろうけど…神子の口が軽いんじゃなきゃ、本当に仲が良いんだな」
ため息混じりに言われて、そこまで仲が良いとは言い難いと思いつつも、決して悪くはないので曖昧に頷く。
「イライザが知ってるなんて、俺だって他の誰かに言うわけにもいかないし、言わないよ」
そうしてそこまで言ってもらって、やっと安心して緊張していた肩を下ろした。
「アイリスも、私のことを信用して話してくれたと思うから…セオにバレちゃったのは私が悪いんだし、彼女のこと変な風に思わないでね」
自分のことばかり気にしていたけれど、アイリスの印象が悪くなっては良くないと気付いて、念押しする。
「『星詠の神子』なんて神聖視して呼ばれているけど、普通の女の子だし、本当に良い子だから…」
言うべきか一瞬迷って言葉を止めてしまってから、アイリスが不安そうにしていたこと思い出して、話を続ける。
「せっかく一緒に行動するんだもの、仲良くしてね」
私としては、それなりの信念を持って言ったつもりだったのだけれど。
「はい、はい。イライザの友人なら、俺だって仲良くするよ」
セオには驚くほど軽く、あしらわれてしまった。
「そういう感じじゃなくて――」
「イライザ?」
もう少し真面目に聞いて欲しくて口を開いた瞬間、聞き覚えのある高く澄んだ声がして。
まさか嘘でしょうと思いながら、声のした方を振り向く。
――隣にいるセオの空気がどこか変わった気がしたけれど、今はそれには気付かないことにする。
「アイリス!えっ、と…こんなところで会うなんて、どうしたの?」
今日は私が移動教室後だったタイミングで、珍しくセオのいるBクラス棟の近くで話してはいたけれど。
放課後は基本的に自分のクラスの寄宿舎で過ごすものだし、近いといっても、Aクラスのアイリスがわざわざ来るような近さでもない。
乙女ゲームの主人公といえば、イベントなりの都合上、神出鬼没なものだけれど。
とはいえ、何もないのにフラフラしているものだろうか。
「中央棟から帰ってきたはずなんだけど、道を間違えちゃったみたいで…もしかして、Eクラスの方向だった?」
驚いて問うた私に、アイリスは困ったように笑って言う。
ヒロインが方向音痴というのはキャラ付けとしてよくあるし、最初に会った時も迷っていたような気がするけれど。
まさか、編入して一ヶ月以上経っても見られるとは思わなかった――というか、この状況がどういうことなのか判断できない。
けれど、会話が続く限り、悠長に考えている余裕はない。
「いえ、ここはBクラス側だから、もう一つ右の通路から行けばすぐ着くとは思うけど…」
「そうなのね、ありがとう。私も今更、校内で迷うなんて思わなくて――あ、えっ、ごめんなさい、どなたかとお話ししてたのね!」
嫌な予感がしていたとしても、止められないのだから。
「ああ…そうね、きっとあなたも知っておくべきだと思うし、紹介するわ」
この流れで二人が出会うことが、正式な邂逅イベントなのだろうか。
私の存在が、何かを変えてしまったのだろうか。
それもわからない。
「この前、話していたでしょう?こちら、私の幼馴染みのウォルポール卿よ。セオ、こちらが星詠の神子のアイリス」
セオの顔を見れないまま、形式ばかりの紹介をする。
急に話を振られたにもかかわらず、セオは立ち上がってアイリスの前に進み出て礼をとった。
「え?え、本当にイライザのお知り合いだったの?あ、というか、この話は…」
「俺もさっきあなたの話を伺ったのですが、今日は彼女の友人として、挨拶だけさせてください」
二人の会話から、そういえばアイリスとセオが一緒に慰問に行く話自体は機密になるはずだった、と今更思い出した。
セオが上手く言ってくれたので、後で会ってもどうにかなりそうなのは良かったけれど。
というか。
その好青年然とした話し方は、どうした。
学校内の会話で、一応同じ学年なのに、アイリスが星詠の神子だから、こんなに他人行儀なんだろうか。
普段の彼を知っていると、慇懃無礼にすら思うけれど。
「セオドア・ウォルポールです。今後よろしくお願いします、星詠の神子殿」
ん?
「お話し中に失礼しました、ウォルポール卿。アイリス・グレイです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
アイリスがそう言って丁寧にお辞儀をしたところで、強烈な違和感に口を挟もうとするけれど、そのまま話が続けられる。
「ただ、学内で星詠の神子と呼ばれるのは抵抗があるので…イライザにもお願いしたことなんですが、よければ名前で呼んでいただけると嬉しいです」
大事すぎる話なので、私の違和感はしばらく心に仕舞っておく。
「確かに、役割で呼ぶのもおかしいですね。ではグレイ嬢、改めてよろしくお願いします」
セオは得心したように頷いて、改めてアイリスを呼び直した。
私の場合、周囲の期待に負けた部分も大きいけれど、名前で呼ぶということにおいて、セオと私に大きな解釈違いがあるのではないだろうか。
よくよく考えると、セオが家族以外で、私やリアム以外の人と話すのを、ほとんど見たことがない気がするけれど。
もしかして、人見知りかなにかなんだろうか。
「あ、はい。それじゃあ…二人とも、お話中に急に話しかけてごめんなさい。イライザ、また次の授業で」
距離を詰めようとしないセオの空気感が居た堪れなくなったのか、アイリスは本当に挨拶だけで立ち去ろうとする。
「え、もう行くの?道は大丈夫そう?」
「このまま右に進めば着くわよね、大丈夫よ。ありがとう」
そう言うと、ぺこりと一つ頭を下げて、そのまま脇の通路から行ってしまった。




