21. 今言える本心
今更だけれど。
そんなこと、初めて人から聞かれたような気がした。
それまでの選択授業が普通ではなかったせいで、最早疑問を持たれなかったと思うべきか。
予想外の問いに目を瞬かせている間にも「他の授業のことは聞いてたけど、この話はしてなかったよな?」と畳み掛けられる。
――そういえば、そうだったかもしれない。
「自分の身くらい、自分で守れるようになりたいと思って…」
いつもの過保護のやつだろうと思うし、別に叱られているわけでもないのに、その口調から責められているように感じて、言いながら徐々に視線が下がる。
「学校内で、何かあるつもりなのか?」
いや、責められているな。
「ないとは思うけど、災厄もずっと広がってるし…学外に行くこともあるじゃない、どこで何があるかわからないでしょう?」
どう言おうか少しだけ言い淀んでから、大人しく答える。
嘘っぽいし、何か隠しているように聞こえるだろうとは思うけれど――実際、大事なことは省いているが――紛れもなく私の本心ではある。
これ以上詳しく聞かれると、もう答えられることがないので、嘘になってしまうけれど。
「…俺、そんなに頼りにならない?」
どう言い訳したものかと、半分俯きながら考えていると。
それまでの責めるような口調とは違う、ぽつりとした小さい声が聞こえて、思わず顔を上げる。
「えっ?」
真意がわからず目を見て聞き返すけれど、視線は合わせないまま、セオは話を続ける。
「そりゃクラスも違うし、なかなか会えてはないけど…イライザに何かあれば、俺がどうにかするつもりだったんだけど」
今度は半分、拗ねたようにも聞こえる口調だったけれど。
その目や表情から、これは傷付いている顔なんじゃないかと直感して、息が止まる。
「…っ、」
何か言わなければと思っても、闇雲に口を開いたところで言い訳しか出てこないことはわかっていて。
言いかけた言葉を飲み込んで、視線を伏せた。
頭脳ゲーム部の時も、それこそ今年の選択授業もそうだったけれど。
セオは基本的に、私の選択にあれこれ言うことはない。
心配されることはあっても、それで何かを強要されることもなかったし、いつも私の考えを尊重してくれていた。
だから正直なところ、彼のその性格に甘えていた部分というのは、あったと思う。
――他の人ならともかくセオなら、言わなくてもわかってくれるだろうし。仕方なさそうな顔をして、私の選択を認めてくれると。
それがまさか、私に対する彼の思いやりを無碍にして、自尊心を傷付けることになるとは、思ってもみなかった。
そもそも。
私が記憶喪失のイライザ・ハーヴェイとしてここにいること自体、彼を含め全ての人に対して、嘘を吐いているということだから。
これ以上の嘘を塗り重ねていくくらいなら、要らないことは黙っておいてた方がマシじゃないかと、安易に思っていたのだ。
それはつまるところ自己保身で。
彼らの気持ちを、きちんと考えていなかったということだ。
これがゲームの世界だと気付いてから今まで、ゲームのキャラクターだと思って、一人の人間として向き合おうとしてこなかったツケなのだろう。
今でこそ、彼らには彼らの性格や考えがあると理解したといっても、これまでの言動が修正されるわけではない。
もちろんセオであっても、今更私の状況を伝えようとは思っていない。
正直、伝えた時の反応が怖いと思う以上に、もう全て言ってしまいたいという衝動に駆られることはあるけれど。
私という存在自体が不確定因子なのに、それをセオが知るなんて、これ以上の公式設定からの狂いを、出すわけにはいかない。
彼らには彼らの感情があるといったところで、これがゲームである以上、展開は決まっているはずで。
既にストーリーは進みだしていて、何かが起こることはわかっているのだから。
この嘘だけは貫き通さなければいけないと思っている。
だから、セオを傷付けているとわかっていても、本当のことを全部言うことはできない。
ただ。
彼が私に誠実に向き合ってくれている以上、私も私自身の気持ちを、言い訳のように曖昧してに誤魔化すのではなく、正確に伝えるべきなんじゃないだろうか。
「ごめんね。セオがそうやって私のこと気にかけてくれるのは、嬉しいし、有難いよ。だけど、私も色んなことに随分慣れたし、できることも増えたから…これ以上、迷惑をかけるのも申し訳ないとは思ってて」
俯いたまま、なるべく自分の考えに対して適切な言葉を選びながら話して、そろりと視線だけ持ち上げる。
セオは私の方を見ているようだったけれど、まだ視線は合わなくて。
けれど、その表情は先程のような悲しそうな顔でもなければ、不安そうにも見えない――無表情で聞き流しているようにすら見えた。
一瞬、もしかして何かやらかしたかと言葉が詰まるけれど、それも含めて向き合うべきだと思い直して、話を続ける。
「だから、自分のことくらい自分でできるようになろうと思って…」
そこまで言ったところで、やっと彼の、宵の口のような深い青紫の瞳と視線が合った。
「そうすれば、セオのことも、私が守れるようになるかもしれないでしょう?」
もちろん、そこまでできると思って授業をとったわけではない。
何かあった時に最低限、自分だけでもどうにかできればと思っただけ。それは変わらない。
だけど。
他のキャラと親しくなったって、私と会う頻度が低くなったって、関係ない。
自分のことをどうにかして。
その上で、できればなんとかしたいと思うのは、最初からずっと傍にいてくれた、セオだけだ。
彼らにとって私の行動がどんなに不自然であろうと、私の根本となるところは、何も変わらないんだもの。
たとえ全ては伝えられないとしても、これだけは伝えておくべきだろう。
「なんだそれ」
私がこんなに真面目に伝えたのに、セオは何度か瞬きをして私を凝視した後、バカにしたような口調で言った。
ただすぐに顔を背けられて、その表情の深くは読み取れない。
「…信じてないの?」
顔を覗き込みながら聞いてみるけれど、もう先程までの空気はなく呆れたように笑うばかりで。
一体どういう心情なのか、よくわからない。
まあ、何から守るかなんて言っていないし言えないので、急に何の話をし出すのかと思われるのも、当然だろう。
厄災はあれど戦争状態でもなければ、セオが誰かに狙われているというわけでもない。
なんだそれ、と思われても仕方ないのはわかる。
それでもこれが私の言える唯一の本心で、今はそれを伝えるべきだと思ったのだから仕方ない。
盛大にため息を吐かれたけれど、少しは表情が明るくなっただけ、言った甲斐もあったかもしれない、と思うしかないだろうか。
「信じるも何も…イライザに守られるなんて、俺が困るんだけど」
なんて考えていると、いつもの調子に戻ったように笑いながら言われる。
その口調だけでも安心して、私もやっと小さく安堵の息を吐いた。
「困らなくてもいいわよ、そんなこと言ってみても、私だってきっと自分のことで精一杯だもの」
なんとなく照れてしまって茶化してみるけれど、事実でもある。
格好つけて言っておいてなんだけれども、何か起こるだろうとはわかっても、何が起こるかはわからないし。
「いや、それでいいというか、俺は最初からそうでいいんだけど…今更、どうにもできないんだろうな」
冗談めかせて言った私にセオは苦笑してから、遠くを見るような目をして長く息を吐いた。




