20. 不安定な会話
あの後結局、予鈴に急かされて話が有耶無耶なまま、次の授業に向かったけれど。
次にアイリスと会った時、どうやってあの続きを話せば良いのだろう――なんてことまで、考えている余裕はなかった。
アイリスの話があまりに衝撃的過ぎて、約束なんてすっかり忘れていたのだ。
「それで、大丈夫そうなのか?」
相変わらず第一声から私の心配なのは、流石にもういいんだけれど。
じとりと見つめるけれど、セオは私の視線なんて意にも介さないように、なんともない顔で見つめ返してくる。
リアムとは毎週授業で会っているから余計に思うのか、セオとこうして話すのは、本当に久し振りな気がする。
授業の合間に偶然会った時も、リアムがなんだかんだと茶化したせいで、あまり話せなかったし。
なんて考えても、あの時とは状況が違うので――状況自体は何も変わっていない、ただ私の中でセオの立ち位置が変わっただけで――今までのように自然には振る舞えない。
「大丈夫って…今までと何も変わりないわ」
本当は「私なんかより大丈夫じゃないのはセオじゃないの」と詰め寄りたい気持ちを抑えて、なんでもないように笑った。
アイリスは今更構わないと言って話してくれたけれど、本来なら星詠の神子の予定は、機密に該当するはず。
私からセオに慰問の話を持ちかけるのは、いくら相手が彼であっても、彼女の立場を考えるとやってはいけないと思う。
ひとまず今は何も考えず、極力今まで通りの会話に努めるべきだろう。
そういえば。
前回リアムと一緒に会った時、次に会った時に何か話せとセオが言っていたような。
あの時は、今年の授業の件を心配していたのだろうと思っていたけれど、大丈夫そうかというのは。
「もしかして、アイリスと親しくなったって件?」
リアムも知っていたのだから、当然セオも知っているだろう。
彼女の情報も編入前から知っていたくらいだし、色々と気にしていたのかもしれない。
今となっては、編入前から彼女のことを知っていて気にしていたとしても、攻略対象キャラの設定として、何らおかしくないと思う。
この前アイリスと話した時は、二人はまだ会ってはいない様子だったけれど。実は子どもの頃に会っていたなんて設定は、こういうものではよくある。
クラスも隣なわけで、アイリスが覚えていなかったとしても、どこかで既に邂逅イベントがあってもおかしくはないのだ。
それならそうと言ってくれたら良いのに、とは思うけれど――そもそも記憶がない今の私が知らないだけで、実は普通に会っていて私も知っていたとかだと、居た堪れないが。
いずれにせよ。
この前会ったのはアイリスの予知よりも前だったから、あの時はセオも、二人で慰問に行くことになるとは、まだ思っていなかったはずだ。
今もまさか私が知っているとは思っていないだろうけれど、聞いてくるからには、なにか考えがあってのことなのかもしれない。
ついでに慰問の話になるなら、願ったりだ。
そんな私の言葉に、セオは訝しげに首を傾げて固まってから、何の話かわかったように口を開く。
「ああ、星詠の神子と同じ授業なんだろ。懐かれてるらしいって、リアムから聞いたけど」
全く何の感慨もなさそうに言うので、こちらが拍子抜けする。
この話ではなかったのか。
というか?仮にこの話が聞きたかったわけでないとしても、アイリスと慰問に行くという話自体はされているだろう。
普通もう少し、どうして神子の話をとかそういう空気にならないものだろうか。
この口調の軽さは一体何なんだ、逆に怖い。
「そうなの…あ、でも、話すとすごく良い子だったから、仲良くなれて良かったとは思ってるわ」
曖昧に返事をしてから、リアムから聞いたのなら、私が迷惑に思っているような話になっているかもしれないと気付き、慌ててフォローする。
セオが攻略対象キャラとわかった今、アイリスが彼のルートに入る可能性は、十分ある。
ゲームがアレなだけに、この際ちょっとしたヤンデレくらいなら、仕方ないとして。
死んだり殺されたり殺したりという展開になるくらいなら、正直セオのルートに入るのは阻止したいとは思っている。
ただ、逆に他のキャラのルートに入ることが、彼の死亡フラグになる可能性もあるわけで。
それなら、アイリスがセオのルートに進んでくれる方が安全なのかも、と思ったりもしている。
――結局その答えが出ないから様子見を決め込んで、その上で、この身動きが取れない状態なわけだけれど。
いずれにしても、それは彼らの感情も絡む話なわけで。
ゲームの展開とはいえ、一人の人間としての彼らを思うと、できれば他人の恋愛に口を挟みたくないし、ましてや邪魔なんてしたくない。
正直なところ、アイリスにとっての私がどうあるべきかまでは、まだ考えきれていない。
けれど、少なくともセオに対しては、できるだけアイリスに中立な立場でいることが、今の私にできることなんじゃないかと思う。
「まあ、神子の役目に巻き込まれることがないなら、仲良くするのは構わないんじゃないか」
どうにも、私の意気込みが空振っているような気がしなくもないが。
「その話も、イライザじゃなくリアムから聞かされるっていうのが複雑だけどな」
かと思ったら、ぽそりと愚痴っぽく言われて。
一旦、会話の内容から外れる余計な思考を止めて、視線を合わせた。
以前会った時は、私が問題ないなら構わないというようなことを、言っていたと思うのだけれど。
やはり気にしていたのか。
「別に私から話してるわけじゃないんだけど、リアムって耳が早いのよね…なんでもすぐに聞いてくるし」
半分言い訳だけれど、事実には変わりない。
聞かれれば答えざるを得ないから話しているだけだが、彼はそれをセオに伝えているのだろう。
――当然、私も聞かれた全てに誠実に答えているわけではないので、セオよりリアムの方が私に詳しいのかというと、微妙だけれど。
「あいつは人好きするからな、俺より情報が早いことも多くて、たまにびっくりする」
相変わらず言い方はアレだけれど、リアムに対して負の感情があるわけではないというのは、話し方からわかる。
ということは、今の愚痴は私に対してなのだろうか。
「少しの間に色々あり過ぎて言えてないってだけで、セオも聞いてくれたら答えるよ?」
そこまではわかっても、結局どの話を気にしているのかわからないので、潔く答える姿勢だけ示しておく。
アイリスのこと以外で変わったことといえば、クラブのことくらいだけれど。
しばらくクラブに行かないと言う話も、元々していなかったと思うので、セオにとっては何も変わらないはずだ。
少し居住まいを正して待っていると、セオは一際大きなため息を吐いた。
「神子と仲良くなる前に。なんでその授業をとったのか、聞いてないんだけど?」
真っ直ぐ見つめて問われるけれど。
あれ?と思う。
どの授業を選択するかという話自体は、休暇の時にしていたと思うのだけれど。
「折角なら、今の間に色んなことを学びたいって思っただけよ」
「それはわかってる、そうじゃなくて」
不思議に思いながらも、一応いつもの当たり障りのない答えを返すと、首を振られる。
まあ、私にも言った覚えがあるのだから、セオも覚えているだろう。
だけど、それなら何の件だろう。
本当にわからず首を捻っていると、セオは私がピンときていないのも想定内のように、浅く息を吐いてから言った。
「教養の範囲内の授業なら理解できるけど、護身術は要らないだろ?」




