19. 想定内
星詠の神子は、星を詠んで女神の予知の神託を受ける存在。
神子自身には予知の力はなく、あくまでも女神の言葉を伝えるだけに過ぎない。
夜空の星がなければ能力は使えないし、女神の神託が抽象的であれば、内容を理解することはできない。
何かあれば神殿に報告するよう言われていて、既に伝えてはいるそうだけれど。
大きな川なんていくつもあるし、それこそ雨がいつどこで降るかなんて、気象予報のない世界でわかるはずもない。
詳しい予知が顕れるまでは動きようもないようで、しばらくは変わらない日々が続いた。
「また、授業を休むことになりそうだわ…」
とはいえ、事態に変化がなく終わるはずもない。
珍しく授業中にほとんど話すことができなかったからか、授業終わりに声をかけられて促すと、嫌な予感がする話だった。
「もう次の慰問の話?それとも…もしかして、この前言っていた予知のこと?」
前回の慰問から少し時間が経っているし、またどこかに慰問に出かけるという話だろうかと思ったけれど。
そんな口調でもない気がして、もしかしてと尋ねると。
「慰問といえばそうなんだけど、イライザったら勘が良くて困るわ」
笑いながらも、どこか歯切れの悪い口調で言われ、内容までは聞かない方がいいことなのかと、恐る恐る問いかける。
「本当はそうなのかもしれないけど…今までだってもう言ってしまってるもの、今更構わないでしょ」
意外にも、あっけらかんと振り切った答えが返ってきて、少しだけ面食らう。
前に話した時は、もう少し多方面に気を遣っていた気がしたのだけれど。
彼女も神殿とは色々とあるようだし、以前から考えが変わることもあったのだろう。
「あなたが大丈夫なら、いいんだけど」
今後の展開に関わりそうなことなら知りたいけれど、アイリスが神殿やらから怒られたりするのは嫌だ。
私の言葉にも、アイリスはやはり気にしないように話を続けた。
「今度は私の予知にあった川辺の探索も含めて、北東部の町に慰問に行くことになったの」
東部の地域には、王都の北部から東の隣国まで横断するほどの、この国で三番目に大きな川が流れている。
「ああ、なるほど…」
全土を通して大きな川が多い国だけれど、北東の本流は王都を横断する川の次に大きく流域も広く、過去に何度も氾濫を起こしていた。
アイリスの予知が川と雨についてなら、氾濫は最も想定できる災害ではある。
慰問ついでという体なら、突然の神子の来訪にも余計な憶測を呼ばずに受け入れられるだろう。
それに、東部地域はまだ疫病が落ち着いていないので、星詠の神子といえ行くことはできないだろうけれど、北東部ならまだ被害は少ない。
――そもそも慰問というならば、彼女に疫病を治す力があるなら、疫病地域にこそ行くべきだとは思うが。帯同する人も含め、万が一何かあっては困るのだろう。
「まだ何も話してないのに、そこまで考えてしまうのね。流石は才女だわ」
思ったままを口に出してしまっていたらしく、アイリスがそう言ってくすくすと笑う。
どこから才女という認識が出てきたのかは、わからないけれど。
私の選択授業やらから言われているのだとしたら、他の人からは多分、そんな良い表現はされていないのではないだろうか。
まあ、私以外に彼女と話をする生徒が出てきているのなら、それは良いことだとは思うけれど。
「それで、また第二王子殿下とテイラー先生と行くの?」
気を取り直して尋ねると、アイリスはこれまでで一番、なんともいえない渋い顔をした。
「前回は初めての慰問だったし、近くに直轄地があったこともあって、いらっしゃったらしいんだけど。王家の体面とか警備上の問題もあって、王子もあまり王都外に出られるのは、良くないらしくて…」
乙女ゲーム的な発想でいえば、攻略対象キャラと同伴するのは当然なのだけれど。
言われてみればあまりにその通り過ぎて、確かにと頷くしかない。
というよりも。
ゲームの発想でいけば、個別ルートに入る前の段階なのだから、逆に他のキャラが出てくるに決まっているのか。
「じゃあ、今回は別の方と一緒に行くのね」
どういう基準で帯同キャラが選ばれるのかよくわからないけれど、前回の第二王子が直轄地の近くだったからという理由なら、近辺に領地のあるキャラが選ばれるのだろうか。
大きな川で東部一帯が流域とはいえ、リアムは領地が西端だから反対側だし、ベアリング卿も北西地域だったはず。
東側に領地のあるキャラなんて――
「ウォルポール卿という方らしいのだけど…王子殿下より全く面識のない方だから、今回の方が不安だわ」
誰か、と気付いた瞬間にアイリスが告げた名前に。
頭をガツンと殴られたような、衝撃を受ける。
――いつか彼女の口からその名前が出てくることなんて、想定内だったはずなのに。
多分、目を見開いたまま固まっていただろう私に、アイリスが心配そうな表情を向けてくる。
「イライザ?大丈夫?」
何も知らない彼女からすれば、それまで普通に聞いていたのに、一体どうしたのかと心配するのは当たり前だ。
けれど、私はどう応えれば正しいのかもわからない。
事前にある程度の予測が立てていられれば、こんなにショックを受けることもなかっただろうけれど。
想定内だったはずとはいえ、できればセオがゲームの登場キャラでなければいいと、深層では期待していたんじゃないかと言われれば、否定はできない。
これがリアムなりベアリング卿なら、まだすぐに取り繕えただろうに。
もう、確定じゃないか。
「ウォルポール卿というのは、セオ・ウォルポール卿のことよね?」
あまりに何を言っていいのかわからず、けれどアイリスを不安がらせておくのも忍びないので、意味のない言葉で場を繋ぐ。
聞かなくても、そんなことはわかっている。
平民や新興貴族ならともかく、ウォルポール家に同姓の貴族などいるはずもなく、セオに兄弟がいるわけもない。
ウォルポールの主要領は王都の北東部で、ハーヴェイ領からさほど遠くない。
けれども、とにかく長い歴史と親族筋から、行き来できる飛び地が多く、夏季休暇で行った別荘地の他にも、屋敷だけでなく飛び地の領地がある。
特に東部地域には縁が深く、他家の領地でさえ影響があると聞く――伯爵家でそれはアリなのか、もう攻略対象キャラと確定した今となっては、考えても無駄だけれど。
「え?ええ、たしかそんな名前だったような…?」
困惑するアイリスはセオの名前もあやふやなようなので、本当になんの面識もなく、聞かされただけなのだろう。
もし彼女にも私と同じように記憶があるのならと思っていたけれど、ここまで全くそんな素振りすら見せないのは、本当にただのアイリス・グレイだから、だろうか。
「もしかしてイライザ、彼がどんな方か知ってるの?」
それなら、私はどうするのが正しいのだろう。
セオのことだけは、このゲームの展開から守りたいと思っていたのに。
「お、さななじみ、的な…知り合いというか、友人というか…」
どうすればいいのかわからないまま、とはいえ嘘も吐けず、曖昧に濁して視線を外す。
ひとまず様子見と、決めていたはずなのに。
いざ自分で未来を選んで決められる状況に立たされると、様子見というのがどういうことなのか、途端にわからなくなってしまった。
何と話を続けようかと、口をもごつかせたまま考えていると、遠くで予鈴の音が聞こえた。




