18. 初めての慰問の結果
突然の休講は、テイラー先生の騎士業の都合だと聞いた。
けれど、勿論そうではないのだろうと感じていたし、アイリスとフィン王子が校内にいないらしいという話は、休講の後すぐ耳に入ってきた。
やはり以前アイリスが言っていた、南部の慰問のためなのだろうと思う。
いつになるかという話は結局聞いていなかったけれど、もしかしたら神子の動向は機密に入るのかもしれない。
――彼女から話してきたこととはいえ、私も安易に内容を聞くべきじゃなかったかもしれない。
とはいえ、星詠の神子の責務として国の第二王子と行くのなら、学校側からは何か話があるものだと思っていたものの、特に何の説明もなかった。
ただ、二人がいないことで、どこかに慰問に行っているのでは、という噂にはなっているようだ。
「イライザも、何も聞いてないの?」
私も何人かに聞かれたけれど、王子と慰問に行く予定だという話自体は聞いていても、それがこれと聞いたわけではないので、曖昧に濁していた。
それに、他の人に言っていいと、アイリスから許可をもらったわけでもないし。
そうこうしているうちに、学外からの話が先に入ってきた。
『蝗害のあった南部の農村地帯で、星詠の神子が祈りを捧げると、枯れ果てた大地から緑が芽吹いた』
それはまさに、神話にある星の女神の力、星詠の神子の癒しの力そのものだった。
アイリス自身は、自分に癒しの力があるのか、わからないと不安がっていたけれど。やはり紛れもなく、彼女が星詠の神子だということなのだろう。
魔法的な異能があるわけでもない世界観で、彼女だけが異質とはいえ、そういうゲームなのだからもう仕方ない。
――そういえば。
今まで考えてもみなかったけれど、もしかして攻略対象キャラにもそういう能力があったり、他にも神子的な存在が出現したりする可能性も、あるのだろうか。
予知と癒しが彼女の主な能力だから、共闘や敵がいる可能性を想定していなかった。
それこそ護身術程度は身に付けようと思っているとはいえ、ゲームの展開として、本気で戦闘されると困る。
近衛騎士であるテイラー先生が護衛をしている時点で、物理的に危険がある可能性もあるのだし。
ひとまず主人公の彼女は、今の段階で生死に関わるようなことはないだろうと思いつつも、病み系の話は何が起こるかわからないので、無事に帰ってくるかと心配しながら日が過ぎた。
「あまり時間も経っていないのに、もう色々と噂になってるみたいね」
翌週の授業は、何事もなく再開された。
テイラー先生の方も建前を通すつもりらしく、自分しか処理できない書類が溜まってて、と生徒たちに釈明している。
少し日が開いたこともあって軽いストレッチから入ったので、私はいつも通りアイリスと組んで、久し振りに話をする。
「みんな、色々なところに繋がりがあるから…それで、行く前は心配していたけど、成功したのよね?」
第一声から神子の噂を肯定するような口調だったので、あまり細かく聞かずに事実だけ確認する。
一週間振りに会った彼女は、前回より幾分と疲れた顔をしていた。
往復の移動や、癒しの力を使うことへの疲労も、勿論あるのだろうけれど。
クラスの内外で色々と聞かれたせいもあるのだろうなと、その口調や表情から察する。
これまでは、星詠の神子と呼ばれる平民の彼女に対し、みんな遠巻きに見ていただけだったが、いよいよ神子の力への興味が勝ったのかもしれない。
予知なら仮に偶然と言えても、枯れた土地から緑を生やすなんて、奇跡以外に起こりえない。
「そうなの、かな…いくつかの荒地に、少しは緑の芽を宿らせられたとは、思うわ…田畑を全て回復することは、できなかったけど」
苦笑しながら言う姿は、疲労というより、自分のやったことに自信がないとか、満足していない心情からのように見えた。
外から押し付けられた役目とはいえ、自分にその力があるのなら人々の役に立たなくては、という責任感が垣間見えて。
私のように、少し接した程度の人間でも、やはり女神に選ばれるだけあると感心してしまう。
ただの噂ではなく本当にそれができたのなら、もっと胸を張っても良いと思うけれど。
「初めての慰問なんでしょう、少しでも成果があるだけで十分よ!」
星詠の神子といえど、彼女一人がたった一週間程度の慰問で、南部地域の全員を救うことなんて、そもそもできないのだから。
「でも、もっと私にちゃんと力があったら…」
私のフォローと労いの言葉にも、悔しそうな表情で俯く。
もしかしたら私の想像以上に、神殿や国から過度の期待を受けていたのかもしれないし。住民から、何か言われたのかもしれない。
「それはそうかもしれないけど、あなた以外は私も神官も、王族だって、誰ひとり何もできないのよ?感謝こそすれ、誰にもアイリスを責めたり、これ以上を望んだりなんて、できないわ」
この世界が乙女ゲームの世界だと気付いてからも、どうしても割り切れないことがある。
セオを含め、攻略対象キャラのリアムも、ベアリング卿も、テイラー先生も。
そして、プレイヤーでありヒロインであるアイリスも。
彼らはみんな、一人の人間としての性格や考え方があって。それは私にとって、ただの“ゲームの登場人物”と割り切るには、あまりに解像度が高過ぎた。
――彼女のこの性格やこの苦悩が、果たしてただの舞台装置あるいは演技であって、本当に心のないものなのだろうか。
異世界転生モノの設定や、結末はあまりに多種多様で。
ゲームの展開すら知らない私には、何が正解かも、どうすれば正解だったのかも、これからいつまで経っても、きっと私自身が死ぬまでわからない。
だからこそ、見極めようと思っていたのだから。
けれども。
「だからいいのよ、少しくらい力を抜いたって。あなたがここにいて頑張ってくれているだけで、私たちには救いがあるんだから」
これまでだって、そうだった。
同じわからないなら、言いたいことを言ってしまっても、いいんじゃないか。
――いやまあ、これで来週セオが死んでしまうようなことになったら取り返しがつかないので、なんでもかんでも口にしようとは思っていないけど。
ヒロインとはいえ、今はまだフィン王子とテイラー先生くらいしか、校内に知り合いがいないのだ。
今後の展開からは身を引くとしても、世界のために心を砕く彼女のことを、今は私が慰めたって、罰は当たらないのではないだろうか。
「…イライザったら、普段は冷静に見えて、意外と熱いのね」
私の言葉にしばらく固まった後、アイリスは吹き出してそう言った。
ここでそんな風に笑われてしまうと、いい歳して青春らし過ぎる気がして、急に自分自身が恥ずかしくなってくる。
「だって、あなたが頑張っていても私は何もしてあげられないし…どう考えても自分を責める必要もないのに、落ち込む姿も見たくないし…」
言い訳のように早口で捲し立てる私をニコニコと見つめてくるので、余計に恥ずかしくて居た堪れない。
「私ばかり追いかけて頼っていると思ってたから、そんな風に思ってもらえて嬉しいわ」
けれど、素直に嬉しそうにそんなことを言われてしまうと、恥ずかしがっていたことすら、仕様もないことのように思えた――こういうところばかりは、乙女ゲームなんだろうなと思ってしまう。
思わず息を吐いて笑ってしまうと、アイリスは少しだけ考える素振りをして俯く。
これはまだ何かあるのかと見つめていると、彼女は浅く長い息を吐いてから、躊躇いながら口を開いた。
「本当は、イライザに言うべきじゃないって、わかってるんだけど…」
先の慰問のこともペロッと話していたし、今更ではと思わなくはないけれど、それこそ今回、神殿から何か言われたのかもしれない。
こういう言い方をされるような話は、聞くべきではないとわかっている。
それでも今更、止めることも私にはできない。
「慰問に行った頃から、星を見ると感じるの…大きな川と、雨の降るような胸騒ぎが…」




