17. 気にし気にされ
ウィルソン商会という、大きな商会がある。
この国では、各地の商会をまとめる商人ギルドなる連合体が発達していて、そこの元締めは大抵の場合、その地域で最も歴史があるか、最も大きい商会の店主が担っている。
北西のベアリング侯爵領の近郊一帯を束ねる商人ギルドを統括しているのが、北西地域最古の歴史を持ち、五大商会の一つに数えられるウィルソン商会である。
商人ギルド自体は国内各地に無数にあるけれど、侯爵領外の近郊都市まで巻き込み、元締めが全てを束ねられる団体はそう多くない。
彼らがここまで大きくなったのはベアリング侯爵の力なのか、ウィルソン商会の力がベアリング家を推し上げたのか。今となっては、卵と鶏どちらが先かは最早わからないが。
ベアリング侯爵位もウィルソン商会も、ここにいる彼らの兄が継ぐことに決まっているらしいこともあって、三人は古くから親しくしているのだろうと想像している。
いわく「友人と呼ぶには利害関係があり過ぎる」らしく、彼らが家名で呼び合うのも、色々と思いはあるようだけれど。
「…お二人とも故意に似せているのに、見分けなんてつかないですよ」
双子はほとんど同じ見た目をしているので、どちらか区別しやすいように特徴を出さないのかと、前に聞いたことがあるけれど。同じ見た目の方が入れ替わりやすく、なにかと都合が良いからと、はっきり言われた。
当然、私にも流石にもうなんとなくは見分けられるし、いくらか話せば、どちらなのかはわかる。
とはいえ、そんなことを言って流れで名前を呼ばされるのも困るので、ここは知らないフリをしておく。
ベアリング卿は、攻略対象キャラだろうと想像できていたけれど。
よく考えれば、貴族ではなく商家の出身で継嗣でもないとはいえ、ベアリング卿と親しい双子なんて、この二人も盛りすぎて怪しい気がしてきた――逆に。逆に、ベアリング卿が友人ということさえ、あるような気も。
「あれ、そういう返しが来るとは思わなかったな…」
「ハーヴェイ嬢は、頭は良い割に、意外と嘘は吐けないよね」
一瞬、思考に沈みそうになったけれど、婉曲的な表現で嘘がバレていると指摘されて、意識を戻さざるを得ない。
――これは本当に、ある気もしてきた。
時間があればクラブに来る流れになった上、そのクラブでも警戒対象が増えてしまっては、当初の方針に対して既に、詰みでしかない気がする。
けれども、彼らに対してこれ以上、下手な言い訳をして取り繕ろおうとしたとして、この状況からもう結局、どうにもならないのではという諦めも出てくる。
何か言ったところで、上手く丸め込まれそうというか。
今日のタイミングが悪かったということもあるし、そもそも私のツメが甘かったというのもあるだろう。
「もうこの際、失礼を承知で聞きますけど。そんなに名前で呼ばれたいものですか?」
こうなっては反抗する気も失せて、潔く尋ねる。
「それは、もちろん」
「ベアリングだけ抜け駆けするのは、エヴァンス卿より気に食わないだろ?」
そういう性格の人たちとわかっているけれど、あまりに素直に返されては、息を吐いて苦笑するしかない。
「流石の言われようだな」
ベアリング卿には、圧だけでまだ何も言われていないのだけれど。
まあ、彼一人に対して特別に扱うよりは、三人とも同じ対応の方が、色々な面で気は楽かもしれない。
ゲームの話もあるけれど、普通に大人しく学生生活を送る上でも。
それにしても。
「リアムなんて、私だけじゃなく、女子生徒みんな同じ感じだと思うんですけど」
誰に対しても社交的なタイプであるらしいし、彼のことをそんなに気にされるとは、意外だった。
王都から見れば、ベアリング領もエヴァンス領も西側とはいえ、領地が接しているわけでもなければ、家同士の仲が良くないという話も聞かない。
ベアリング卿もだけれど、あまり他人と張り合うようなタイプでもないと思っていたので、先程の空気感は勿論のこと、そもそも違和感があるというか。
半分一人言のように口にして首を捻る私に、二人とも可笑しそうに笑った。
「それはそうかもしれないけど」
「俺たちは別に、エヴァンス卿のことはどうでもいいし」
ここまで話題にしておいて、どうでもいいとは。
意味深な様子で言葉を区切ると、意図することをベアリング卿に引き継がせるように、彼の方を楽しそうに見る。
「僕たちが気にしているのは、イライザ嬢の方だってことだよ」
ベアリング卿は小さく息を吐いてから、私を真っ直ぐに見据えてそう言った。
それは、先程一瞬見せた昏い瞳とは違う、けれどもいつもの優しい目とも少し違うような気がする、真っ直ぐな視線で。
「な、なるほど…?」
その視線に捕まるのがなんとなく怖くて、何度も目を瞬かせてから、口だけで適当な相槌を打って、視線を剥がす。
今日はやけに直球で来るから、居た堪れなくなってしまう。
逃げるように双子を見ると、所在なげにする私を、先程より更に楽しそうに見ていた。
――これはもしかして、三人揃ってからかわれているのか。
ニコニコしている二人の様子に、今日はずっと振り回され続けていると気付いて一気に脱力した。
「まあ、俺たちもイライザ嬢のことは、もっとよく知りたいと思ってるってこと」
「折角もう、それなりの付き合いなんだしさ」
そんな私の様子に少し調子を乱したようで、二人はベアリング卿の言葉のフォローのように、取って付けたようなことを言う。
「私がもし他の女子生徒からなにか言われたら、弁解してくださいね」
その言葉に、再度脱力して息を吐くけれど。
ここまで言われては仕方ないと、腹を括って応えた。
――というか、まだ許可した覚えはないのに、既に名前で呼ばれているのだが。
三人とも長男ではないので、人気としてはまだマシだろうけれど、年頃の男女の話は、玉の輿の問題だけではない。
もちろん話の流れでこうなったとはいえ、実際に顔を出す頻度の話もしていないし、なるべくクラブに来なければいいだけと思ってはいるけれど――だからこそ、悪あがきを止めたのもある。
ベアリング卿のことは、同じクラブになった時に、既になんだかんだ言われていたのだし。
「ないと思うけど、もし聞いたら言っておくよ」
「イライザ嬢は俺たちより、もっと他に気にされる相手がいると思うけどね」
流れは別として、この話自体は割と真剣にお願いしたにもかかわらず、二人は思わずといった様子で吹き出してから、そう言った。
言われてみれば、ここまでリアムの話が伝わっているとは思っていなかったし。
乙女ゲームのキャラだから派手なのは仕方ないとはいえ、意図せず関わってしまっている相手が厄介過ぎる。
そもそも星詠の神子であるアイリスまで親しくせざるを得なくなっているのだから、確かに同じクラブの三人よりも気にはされそうだ。
どうしてこう、巡り合わせが悪いのか。
ひとまず先のことがわからない以上、自分の周囲だけでも、どうにかできればと思っていただけだったのに。
関わる人が増えれば、気にしなければいけないことが増えるだけ。
アイリスがどう動くのか、そもそも彼女も私と同じように、このゲームの記憶があるのかさえ、わからないのに。
まだ大丈夫だろうと自分に言い聞かせてみても、いつ何が起こるか検討もつかない中で、登場人物に満たない私には、これ以上何も起きないでと願うしかできない。
それでも、やはり時間は止められないようで。
事前に何も聞いていなかったけれど、短剣技の授業が急に休講して自習になった。




