16. 良くない
どうしたものかと口を噤んだままでいると、先程まで静かだった廊下から足音が近付いてきて。
時間稼ぎとはぐらかし半分に、音がした方にわざとらしく顔を向けてみると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「お前がもうちょっと、しっかりしてれば――」
「うるさいな、仕方ないだろ」
どう考えても知った声のやりとりが、この部屋の前までやってきたかと思うと、ドアの前で声がして。
「あれ、鍵開いてる…」
「なんだ、ベアリングいるのかー?」
間が良いのか、悪いのか。
件の双子が、ドアを開いて入ってきた。
「久し振りの割に、二人ともなかなか良いタイミングで来るね」
ベアリング卿は二人の姿を見て、ため息のような息を吐いてから、可笑しそうに笑った。
「あれ、ハーヴェイ嬢いるじゃないか!」
「しばらくクラブは来ないって言ってたのに…というか、どういう状態なんだ?…対局中ではないよな?」
二人とも、そのベアリング卿の発言に何かを言うよりも先に、私に目を向けて声を上げる。
私とベアリング卿は話をしに来ただけ、というか私自身はすぐ立ち去るつもりだったので、近くのソファに座っているだけで。当然、ゲーム類はテーブルの上にはない。
「ハーヴェイ嬢が来ないと、双子もクラブに来ないし、人がいなくて困っているって相談していてね」
全く聞いたことのない話をされて、驚いてベアリング卿の顔を見るけれど。
彼は責めるような口調をはらみながらも、綺麗に口角を上げたまま二人のことを見ていて、私と目は合わない。
「あー、まあ…ここ最近は賑やかで来てたけど、基本がベアリングとディックだけじゃ飽きるだろ」
「俺たちも三年目だしなー」
二人とも特に話題に違和感はないらしく、なおかつベアリング卿の表情も特に気にしない様子で、仕方なさそうに言い訳する――流石に彼の扱いにも馴れている。
ベアリング卿も、今日は部室を開けるつもりがなかったと言っていたし、二人がいなかったのも今日だけではないのだろう。
それが私のせいのように言われると、居心地が悪いのだが。
「えーと…お二人がクラブに来ないのは、私が来ないって話したからなんですか?」
否定してもらいたくて尋ねると、二人は顔を見合わせる。
「もちろん、今ちょっと忙しいってのはあるけど」
「ハーヴェイ嬢が来ないと、俺たちもつまらないからな」
私を気遣って、そんなことないとか言うタイプの人たちではなかった。
「…そうなんですか。それは、申し訳ないです…?」
けろりと言われてしまうと、私もわざと休んでいるとはいえ、なんとなく謝ってしまうしかない。
「選択授業の都合で家政科の補習を受けていて、クラブに来られないそうだよ」
どう話を変えたものかと考えあぐねていると、ベアリング卿が、まだまだ余計なことばかり言い出す。
二人には、しばらく休むという話しかしていなかったのだ。先程の会話が有耶無耶になったこと自体は有難いけれど、この流れはこの流れで、良くないような。
「ああ、ハーヴェイ嬢が貴族令嬢らしからぬ授業をとってるって話か」
「でもクラブを休むのは、しばらくの間って言ってなかったか?その補習はいつまでやるんだ?」
ああほら、良くない。
こんな風に細かく聞かれる予定ではなかったので、当初は色々と考えていたはずなのに、ベアリング卿と話したこととの整合性がとれるかを考えると、上手い切り抜け方が、すぐには思いつかない。
内心焦りながらも、顔に出さないようにと笑顔のままでいるけれど、ベアリング卿はそんな私を見て楽しそうな顔をしている。
ここで黙っていても、好転しそうにない状況だろう。もう話しながら考えるしかないかと、口を開く。
「ひとまず冬頃までは課題を見ていただく予定なので、年明けくらいからは、戻って来られるかなと思うんですが…」
今年一年間の選択授業の代わりを、数ヶ月間だけお願いするというのが、おかしいと思われるということはわかる。
実際、先生には特にいつまでという話はしておらず、授業でやるような課題をもらっているだけだ。
単位があるわけでもないし、期限が与えられているというわけでもない。
しばらくして神子の周囲が落ち着いたら、そこから考えようと思っていただけなのだし――とはいえ、こんなことになるなら、潔く退部しておけば良かった。
なんてことを今更思っても、どうにもならないのだけれど。
「家政の課題って、何があるんだ?」
「出来上がりの批評なら、クラブの活動時間が全部とられるってことも、ないんじゃないか?」
ああ、ほら。良くない。
口を滑らせたせいでルイーズにも突かれたところを、何も言っていないところから詰められる。
ベアリング卿だけでも手一杯というか、全く歯が立っていなかったのに。
二人も増えたら、こうなるに決まっている。
「それは確かに、今日も補習自体はなかったんですけど…先生のご都合で急に決まることもあって、なかなか予定が立たなくて」
黙っているわけにもいかず、苦し紛れの言い訳は、徐々に尻すぼみになっていく。
下手な嘘を吐いても後々バレそうで、それこそ厄介なので、本当のことに、ふわっと被せる程度のことしか言えないのだ。
自分でも苦しいのはわかっているけれど、ここまで畳み掛けられると、本当にどうしようもない。
「そもそも出欠の連絡も必須でもないんだから、たまに来てくれたら大歓迎だけど」
しばらく静かだった隣から聞こえてきた声に、思わず振り向く。
今度は目が合って、まるで他意なんてないかのような、いつものように優しい綺麗な笑顔を向けられた。
「ハーヴェイ嬢がいるかもしれないと思ったら、ウィルソンも今よりは顔を出すだろう」
かと思えば、揶揄するような表情で二人に話しかける。
「おお、良い読みだ、ベアリング」
「毎回確実に当たるより、当たりハズレの確率がある方が、常習性が上がるらしいからな」
ベアリング卿の口調はどこか皮肉めいていたけれど、二人とも素直に肯定して笑うので、おかしな空気にはならない。
この絶妙な掛け合いが彼らの空気感なのもわかっているとはいえ、久し振りに聞くとこちらが緊張するのだが。
「――えっ?いえ、そんなには来れないですけど…」
三人が揃ってこちらを見てきたので、やっと私に答えが求められているのだと気付く。
話がまとまりそうなところに慌てて逃げ道を作ろうとするけれど、大まかな流れは止められない気がする。
「ハーヴェイ嬢の気が向いた時でいいよ、俺たちもベアリングの面倒はもう少し見ておいてやるから」
「昔から、意外と寂しがりなんだからなー」
逆接からどう遠慮しようかと考える間もなく、今度は二人がベアリング卿を見ながら楽しそうに笑って言う。
「二人の状況はわかるし仕方ないが、ハーヴェイ嬢はウチとは関わらないよう言われたのかと思ってたから…」
ベアリング卿は、意外にも特にそれを肯定も否定もせず――お互いにこういう話し方をする仲なのだろう――私に再度目を向けた。
「なんだ、もう本人に聞いたのか」
「やっぱり気にしてたんだな、エヴァンス卿のこと」
なかなか口を挟む暇もなく、何の話になっているのかと思っていたら。
本日何度目かの、その名前が挙がって。
そういえば、そもそもこの話を彼にしたのは、この二人だったのだと思い出す。
「幼馴染み殿の親戚と急に親しくし始めて、これまで来てたクラブも休みだしたら、そりゃ休暇の間に何かあったと思うだろ?」
「俺たちなんて、未だに見分けもついてなさそうなのにさ」
話の流れがわかったところで、この流れは折角二人が来て有耶無耶になったと思っていた、先程までの話題のループではないかと気付いてしまう。
――これは、また良くない流れでは。




