14. 休部の理由
当初から予定していた通り、今年度に入ってから、クラブ棟には全く近付いていなかった。
今年は授業のクラス組みも変わったので、選択授業で見かけることもなかったし。
正直、クラブ以外でも関わりがなさ過ぎて、杞憂だったのではと思っていたくらいだったのだけれど。
「ベアリング卿、どうしてこんなところに…」
まさか、彼の方から声をかけられることになるとは、思ってもみなかった。
秋口とはいえ、まだ日も高い。
その色素のせいか日光に弱いベアリング卿は、普段外を移動する時は、基本的に夏でも長袖に帽子に眼鏡らしいのに。
この残暑でか袖も捲っているし、服飾品もない、軽装なので、中庭に来ただけでも、すぐ肌が赤くなってしまっているように見える。
「ああ、今日は外に出るつもりはなかったんだけど、君を見かけて慌てて来てしまったから」
明らかに肌ダメージを負っているので心配して聞くと、苦笑しながらそんな風に言われてしまって。
その上、少し話したいと言われれば、とてもではないけれど、拒否することもその場に留まることも、私にはできなかった。
位置的にクラブ棟に近かったこともあり、半ば強制的に部室まで連行され、今に至る。
「急に悪いね…今日は誰もいないだろうから、部室も開けてなかったんだけど」
言われて、そういえば鍵を開けていたなと今更気が付いた。
今日はクラブ活動の予定日なので、普段なら誰かはいるはずなのに珍しい。
他人のことを言える立場ではないけれど、これまでなら基本的に、少なくともベアリング卿はいたし、他にも上の学年の方々が、何人かはいたのだけれど。
「そんな日もあるんですね」
私の疑問ともつかない言葉は、曖昧な笑みで流された。
そういえば、今まで誰かしらは部室にいたことを考えると、彼と二人きりで話をするのは、実は初めてなのでは。
何の話か大体予想はついているので、余計に居た堪れない気分になって、俯いて小さく息を吐く。
「さて、今年度はしばらくクラブを休むって双子から聞いたんだけど、僕は直接話を聞いていなかったし…それにしても全く見かけなかったから、ハーヴェイ嬢の口から、きちんと聞いておきたくて」
ベアリング卿に苦笑して言われるのを、視線も合わせられないまま、苦い顔をして聞くしかない。
実際、直接ベアリング卿に言うと色々心配されそうな気がして、申し訳ないのもあったし。
当然ゲームだけでなく普通に頭も切れるので、この件で細かく聞かれると、私の浅知恵では誤魔化せなくなりそうで、面倒なこともあって。
彼には直接は言っておらず、いつも良くしてくださっていた双子の先輩方にだけ、しれっと話して避けていた。
――二人ともベアリング卿を呼び捨てられるほど仲が良いのだし、上手く伝えてもらえただろうと、思っていたのだけれど。
「えっと、お二人には伝えていたので、何度も言うのも失礼かなと…他の皆さんも割と、自由に活動されているみたいですし」
寄宿学校でのクラブ活動はあくまで任意ということもあり、実は普段から、毎回見かける人もいれば、たまにしか見ない方もいる。
それもあって、理由さえ伝えておけば、ある程度の融通は効くと思っていたのだ。
とはいえ。
それがメインの理由ではないせいか、引き続き目も合わせられないし、自分でも非常に言い訳がましく感じる。
追求されるかなと、恐る恐る彼の方を見ると、意外にも困ったような表情をしていた。
「まあ、そういう生徒も多いけどね。ハーヴェイ嬢はよく参加してくれていて、僕も君とよく対局していたし、仲良くできていると思ってたから…人伝てに聞くのは、寂しく思うというか」
あまりに素直に言われた言葉に、こういう言い方をする人なのかと少し驚く――今のは困っているのではなく、寂しそうな表情、なのか。
流石は攻略対象、ということだろうか。
精神年齢でいえば私よりも歳下とはいえ、一つといえどイライザより歳上の男子が、クラブ活動の後輩に対して、寂しいなんて言うとは思わなかった――リアムのような人なら、想像できるのだけれども。
そういう点では、やはり二人は似ているのかもしれない。
いずれにせよ彼の性格であって、私に対して特別どうこうということもないだろうから、驚きこそすれ狼狽えたりはしないけれど。
「すみません、そんなつもりじゃなかったというか…」
ひとまず謝って、言い訳しようとしてから。
距離を置くつもりだったのだから、言い訳しなくても良いのではと思い直す。
このクラブ自体も、ベアリング卿含めみんなで対局をするのも、楽しいし好きではあるけれども。
リアムどころかテイラー先生まで出てきてしまって、正直これ以上は抱えきれない。
いや、でもそれとこれとは別で、彼自身は現状で私にとっては良い人だし――
「じゃあ、どういうつもりだったのかな?」
思考を整理する前に畳み掛けられて、言い訳しないで誤魔化す選択肢が、まだ用意できていない。
「わ、私もベアリング卿とは仲良くさせていただいてると思っているので…その、だから余計に言いづらくて…」
これはもう、言わされたんじゃないか。
一息で言った瞬間から、何を口にしているんだと後悔する。
思わず顔を上げると、予期した通り、彼は特に想定外という風でもなく、今日初めて合った赤い瞳を柔らかく細めた。
「ならもう知ってるから、ハーヴェイ嬢から聞きたいな」
この人。
この人、もう間違いなく。
乙女ゲームの攻略対象キャラじゃないか。
「…多分、お二人からお聞きいただいている通りかとは思いますが」
相手が私というのは、問題だけれども。
「――という感じで、しばらくは家政科の補習をお願いしているので、クラブに来るのが難しくて…」
先程ルイーズに言ったのと同じ理由を、再度告げる。
考えついた当初は、こんな回りくどいことはせず、クラブを変えようと思っていた。
私の友人たちは、好きなことをすればいいと言ってくれていたので、このクラブに入っていたのだけれど。
一般的な貴族令嬢なら、お茶会部ーー授業終わりに集まってアフタヌーンティーをするという、クラブとして驚くほど仕様もなさそうな部であるーーとか、歌や楽器、絵画といった芸術系のクラブに所属するのが、普通なのだ。
入部した当初から、同じクラスの上の学年の方々から「ベアリング卿なら、選択授業でもお話できるのでは?」とか、見当違いのことを言われたこともあったくらいだし。
「色々な分野に興味があるのは君の良いところだろうけど、わざわざ先生に補習をつけてもらうほど、家政科にも興味があったの?」
ああ、ほら。
他の友人からはない、こういうツッコミを入れられそうだから、彼に話したくなかったのだ。
「それに、前に家政科には向いてないって、言っていたような気がしたけど…」
更に付け加えられ、確かにそういう話をしたこともあっただろうと、視線を下げて心の中で頭を抱える。
こんな状況になると知らなかったとはいえ、私も彼のようなタイプの人に、ペラペラと色々話すべきではなかった。
「…そこまで積極的に興味があるわけではないですけど、いずれ必要になることなので、今からやっておかなくちゃいけないですし」
とはいえ、こういう言い訳ができるギリギリのラインだと思って、こんな回りくどいことをしているわけで。
表情は不自然かもしれないけれど、回答はこれまで考えてあったことと同じ。
一般的な貴族令嬢として、規律や教養と同じくらい、家政の授業も必要な教科なのだから。
これで、まあ確かにそうだろうと同意してもらい、この話は終わらせてもらえるかと思ったのだけれど。
「それって――」
ベアリング卿は、珍しく数秒ほど言い淀むように黙り込んでから。
ぽつりと、抑揚のない声で言った。
「花嫁修業をしないといけない相手ができたとか」




