13. 新年度と女子トーク
「何もう、ますます楽しそうなんだけどー!」
私の話にルイーズが、言葉通り楽しそうな声で言った。
彼女はDクラスで隣の棟ということもあって、今は二つの校舎棟の間の中庭にあるベンチで話している。
本来であれば、クラブに入っている生徒はもう活動の時間なのだけれど、1年生は冬学期以降からなのでルイーズはまだ入っていないし。
私は今年度に入ってからは、しばらくお休みをしている状態だった。
――クラブの先輩方には年度の終わり頃に、しばらくの間はあまり来られないかもしれないとは言ってある。
去年、寄宿学校に入学当初は、最初の数ヶ月は勢いのまま日が過ぎたけれど、この一年で随分慣れたこともあり、放課後の時間もクラブ活動がなければ、割と空いていると気が付いた。
セオとも年末まで会えなかったけれど、もう少し早めに話ができていれば簡単だっただろうなと今更思う。
「…ますますって何のこと?」
ルイーズが楽しそうなのは良いことだと見ていたけれど、言われた言葉を反芻すると疑問が生まれて尋ねる。
「だって、ウォルポール卿だけじゃなく、あのエヴァンス卿まで…流石はイライザだと思って」
要領を得ない回答ながら、相変わらず非常に誤解があるし、語弊があって言い返す。
「なんの流石でもないから。他人事だと思って、好きなこと言わないでよ」
ルイーズは貴族令嬢らしくないというか、ある意味では貴族令嬢らしいというか。他人の恋愛話を、期待し過ぎるきらいがあると思う。
「というか“あの”エヴァンス卿だなんて、リアムのこと知ってたの?」
確かに、Dクラスはセオやリアムと同じ組み分けだったはずだ。
1年生は必修がほとんどだと思うし、リアムも割と変わった授業を選択しているように思うけれど、被っているのだろうか。
「直接お話したことはないけど有名な方だもの、上級生でも彼と同じ授業になった方が騒いでたわ」
イライザはそういう話は疎そうだけれど、と余計なことを付け加えて言われた。
「ああ、まあ…確かに女子から人気はありそうよね」
なるほど、流石はチャラ関西弁である。
見た目もさる事ながら、女子と見れば褒める家訓らしいので、そうなるものなのだろう。
彼は間違いなく攻略対象キャラなのだから、乙女ゲームのチャラ男子といえば、万人女子モテは基本か。
「でも、誰に対しても社交的で嫌味がないから、男子生徒からも人気があるらしいとも聞いたわよ」
万人モテの方だった。
記憶の片隅から掘り起こした当初から思っていたけれど、企画者はリアムに色々と盛り過ぎでは。
リアムも次男だと言っていた気がするので、ベアリング卿と同様、憧れ的な対象ではあっても、女子生徒が競い合って行くような、同性からしていけ好かないタイプでもないのかもしれない。
そもそも私が警戒していただけで、基本的には多くの人にとって悪い人ではないのだろうし。
――それでいえば、ベアリング卿にせよリアムにせよ、次男でもそれだけ人気があるのなら、もし長男だったら、私も女子生徒から校舎裏に呼び出されたりしたのかもしれない。
今はもうアイリスがいるので、私にそういうお鉢が回ってくることはないだろうけれど。
ただ、ルイーズから聞いたリアムの印象でいうと、ベアリング卿も誰にでも優しくて社交的なので、キャラとしては若干被っているような気がした。
ぱっと見の印象的に、リアムが動でベアリング卿が静のイメージなので、そこで調整しているのだろうか。
個人的に、誰にでも親しくできる人というのは、誰に対しても心を開かないのと同義だと思っているので、あまり色々な言動を素直には受け止められないと、思ってしまうのだけれど。
一般的には人気があるだろうし、病む系の乙女ゲームのキャラなら仕方ないのかもしれない。
「そうなのね…本人のことは知っているけど、周りの方からは聞いたことなかったわ」
ベアリング卿のことは聞かれたことはあっても、リアムの話はクラスで特に聞いたことがなかったように思う。
いくら私がこういう話に疎いと思われているとしても、聞こえてはくるものだと思うのだけれど。
まあ、アイリスのインパクトが強過ぎて、私からリアムの話をした覚えがないせいも、あるのかもしれない。
「イライザって本当に、こういうこと興味ないわよね」
ルイーズから言われるのも何度目かになるセリフに、肩を竦めて返す。
「そんなことはないけど、セオもリアムも、本当にそういう感じじゃないんだもの」
王子の時といい、クラスでも散々言われてきたけれど、決して人気男子に興味がないとかいうことはない。
当初は、遠目にどういう人なのか探ろうと思っていたくらいなのだから――もう随分と近付き過ぎてしまって、自分でも忘れていたけれど。
なまじ本人を知っているので、今更誰かの噂や印象だけ聞いても、あまり納得できそうにないようにな気もするし。
「そういう感じじゃなくてもいいのよ、折角の学生生活なんだから!」
何故か私より熱くなって言うルイーズに、そういえばと思い出す。
「そうねー」
イライザ・ハーヴェイとして生きていくことを覚悟した、最初の頃は。
確かに、そう思っていたはずだったんだけれど。
――だって、人の命がかかってるかもしれないんだもの、今はそんなことを考えている場合じゃないじゃない。
「まあ私としては、ベアリング卿も良かったんだけど…イライザ、今日もどうしてクラブはお休みしてるの?」
そんな私の心のうちなんて知らないルイーズは、また勝手なことを言い出した。
ベアリング卿の話自体は、彼こそ本当に、尊敬すべき先輩でそういう感じじゃないのだけど、そこはまあいいとして。
クラブを休んでいることに関しては、一応みんなに対して言い訳はあった。
「ほら私、今年は興味のある授業ばかり選択し過ぎちゃったから、家政科の授業が全然できてなくて…先生にお願いして、補習の授業を入れてもらってるのよ」
言い訳というか、実際に家政科の先生にもそう言って補修をお願いしているので、事実ではある。
これが、いきなりクラブを休むとなると周囲に不審がられそうだと思って考え出した、貴族令嬢として当たり障りのなさそうな理由だった。
「ふーん、じゃあ今日は、補習はお休みなの?」
ルイーズも違和感はあれど、無きにしも非ずと思ってくれたのか、特に深追いはされずに聞いてくる。
「私一人に、そんなに時間を割いてもらえないもの。課題を出してもらって自習が中心だから、今日は何もないわ」
これも本当だったけれど。
「じゃあ、課題が落ち着いたらクラブも行けるんじゃないの?」
なまじ正直に言ってしまったばかりに、素朴な疑問といった体で、痛いところを突かれてしまう。
そもそもクラブに行かずに済むようにという言い訳が先なので、補習自体はそこまで重きを置いていないというか。
家政分野は不得意ではないけれど、課題もそこまで積極的にやりたいわけでもないというか。
「まあ、そうなんだけど…中途半端にクラブに行くのも、なんだか不真面目な気がして…」
ルイーズにそこを突かれると思わず、口にできたのも、ふわふわとした言い訳だけで。
ここはもう、適当に話を変えて誤魔化そうかと思ったところで。彼女は私の背後に目を留めて、何度か瞬きをする。
――こういう時は大体、考えつく限り一番嫌な予感が当たってしまうと、流石にもう気付いていた。
「そんなことないと思うわ、というか何かあったら絶対に、今度教えて」
彼女はぐっと私に顔を近付けて、そう小声で言うと。
急に立ち上がって、わざとらしく大きな声で、内容のない浅いことを話しかけてくる。
「私ちょっと急用を思い出したから!またね!」
そのまま早足で、クラスの寮がある方へ行ってしまって。
残されたのは、私一人。
「もう話はいいのかな?」
ああ、もう。
天使の話をすると、羽ばたきが聞こえるとは。
よく言ったものだと思う。




