11. つかの間の日常
アイリスの言葉から、すぐにでも慰問に向かうのだろうかと思っていたけれど、そうでもなかったらしい。
確かに、いつ行くといった話はなかったような気はするけれど。
もう何か最初のイベントなり起きるのではと構えていたので、若干の肩透かしはある。
「グレイは運動自体、あまり向いてないんじゃないか?」
ボールを空振りしまくるアイリスを見て、テイラー先生が首を捻りながら、半分一人言のように言ってくる。
実際に短剣を使う前段階での授業が多いようで、今日は体育の授業でやっているテニスのような競技の素手版として、ソフトボールのような軽めのボールを素手で打ち返すスポーツをやっている。
打ち返すのが難しければ、一度掴んでから投げ返すのでも良いと言われたので、キャッチボールのようなことになっているペアも多い。
ただ、アイリスは私がある程度やわらかく投げても、まずボールのキャッチができない。
筋トレの時には、やはり農家の娘として手伝いをしてきたこともあるのか、私より遥かにしっかりできていたので、勝手に運動もできるのかと思っていたけれど。
投げ返してくるのは問題ないので、運動音痴というより反射神経の問題な気もする。
「護身術は必要なのかもしれませんが、神子のアイリスが運動する必要もないんじゃないですか?」
何故か明後日に飛んで行ったボールを拾いに行く様子を見ながら、聞き返す。
「先生が、彼女のことは守ってくださるんですよね?」
視線が合った先生は驚いて目を見開くので、言ってはいけなかったのかもしれないと今更思い至る。
星詠の神子の護衛なんて、あまり大っぴらにしてはいけないのかもしれない。
私が口を滑らせて彼女が何か言われては申し訳ないので、どうにかして取り繕うべきかと心の中で焦っていると、先生は一人で納得したような顔をして息を吐いた。
「あいつが自分で言ったんだろう…俺が勝手にハーヴェイに押し付けたかと気にしていたんだが、仲良くしてるんだな」
質問の答えではないし、話も随分と飛躍したけれど。
言いたいことは、わかる。
それに、彼がアイリスのことを、ある程度仲が良い相手でもなければ、そんな話はしないだろうと、理解していることもーー実際に私と彼女の仲が良いかどうかは、微妙なところではあるが。
どこか親心のような、彼女を案じていたのだろうとわかる口調だったけれど。
私にもそれがかかっているような言葉尻に、当たり前のこととわかっていながら、私の後輩ではないんだなと思い直した。
「まあ…クラスは違うので、そこまで親しくはしていないんですが」
「貴族や金持ち連中の集まる場所で浮くのは、俺もわかるからな…それでも、グレイにとっては有難いと思う」
彼はまるで、彼自身がそうであるかのように言う。
「ああっ、イライザごめんなさい!また変な方に…」
それに対して、私が何か言うよりも前に。
やっと戻ってきたアイリスが走りながら投げたボールが、明らかに着地点を私の背後に定めて飛んできた。
受けられるだろうかと何歩か下がろうとするけれど、先生はその前に、その場で飛んで軽々とそれを掴む。
「でも、護衛やらの話は一応機密扱いだから、俺以外の前ではしないでくれな」
それはそうだろう。
振り返って、ボールを渡されながら言われる。
「もちろんです、すみませんでした」
私がそのボールを受け取って言うと、先生は何か含みのある顔で笑って、隣のペアの方を見に行ってしまった。
「神子って言っても、普通の女の子なんやなー」
短剣技の授業の様子が聞きたいというリアムに簡単に話すと、当たり前ながら軽く失礼な感想が返ってくる。
彼とは週に何度か同じ授業で会うのだけれど、今日は次の授業の教室が私はEクラスで、リアムがDクラスの校舎で受けるという時間割だった。
隣同士のクラス棟のため、中央棟の近くまでは同じなので、途中まで一緒に移動している――最早ナチュラルに、そうなってしまっている。
「でも、リアムも会ってみたらきっと、彼女が神子だってわかると思うわ」
私も初めて会った時には、ゲームの知識がほとんどない状態でも彼女がそうだとわかったもの。
何故かちょっと得意げになって言う私に、見かけることはあってもクラスも違うから会わないしと彼は笑う。
そういえば。
セオはともかく、リアムは確実に攻略対象キャラのはず。
今年のクラスの組み分けは、私のEクラスはアイリスたちのAクラスとセオやリアムのいるBクラスだけれど、BクラスはEとDと組み分けらしい。
去年もセオとの間に感じたことだけれど、これでは校内でアイリスと会うタイミングがない。
アイリスがどのクラブに入るかわからないとはいえ、馬術部ではないだろうし。
同じ学校とはいえ、どういう流れで出会うことになるのだろう――だからといって、余計な首を突っ込んで話が進むのも怖いので、私から何か行動を起こそうとは思わないけれども。
「でも、イライザが神子と仲良くなるとは思わんかったわ」
「それは私も…先生に言われなきゃ、自分から仲良くしようとは思わなかったかもしれないわ」
方々から言われている言葉に、取り繕っても仕方ないし、大人しく同意する。
リアムがどういう意図でそう思ったのかはわからないけれど、実際なるべくなら、ゲームの要素には関わりたくないと思っていたのだから。
「それでも仲良くしてるんやろ?神子とも――僕とも?」
なんて考えていたので、思いもよらない返しに、一瞬足が止まる。
リアムは数歩前に進んでいたので、振り返って様子を伺ってくるけれど。私はすぐに、何事もないような笑顔を貼り付けて、彼の隣に並んで歩く。
「もう、変な言い方しないでよ」
冗談にして苦笑して返すと、彼は特に他意はなさそうな表情で、そうかなと聞き返して笑った。
彼は出会った当初から、一筋縄ではいかなさそうな物言いばかりするのだ。
私がゲームのキャラと関わりたくない、という思いで動いていることを見透かされている、なんてわけではなく。
ただ彼女にも彼にも、初対面から積極的に関わろうとしていなかったことを言われているだけだろうと、考えればわかるのに。
丁度そう考えていたせいか、何故だか変に焦ってしまった。
「こうして移動授業の時もお話しできるし、リアムと親しくさせてもらって良かったと思ってるわ」
気を取り直して、きちんと今の感情を言葉にする。
最初こそ驚いたけれど、実際今年は一人の授業も多い。
別に今だって、一人行動自体は特に問題ないけれど、とはいえ話し相手がいてくれるのは、やはり有り難かった。
「ほんまに?でも――」
そんな私に、まだリアムが疑いの目を向けながら話しだしたと思うと、ふいに視線が外れて言葉が止まる。
合わない彼の視線の先を辿ると、見知ったシルエットが見えた。




