9. 神子と授業
もっとよく考えていれば、わかったはずだった。
そもそも災厄に対する国家救済のための神子に対して、危害を加える人なんているはずないと思っていた。
その上、神子の周りには攻略対象キャラや護衛がいるはずなのだからと、護身術とはいえ、戦うなんて想定もしなかったのが、浅はかだったのだろう。
まだ神子が編入してきた9月、最初の授業なのに。
こんな早くに彼女と出会ってしまって、あまつさえ名前で呼び合う羽目になるなんて、誰が想定できたというのだろう。
「神子様ってだけあって、クラスでもまだ浮いているらしいのに…まさか、イライザが真っ先に親しくなるなんてね」
ケイトが冗談めかせて言うけれど、私だってまさかだった。
普通こういうのは、クラスで良くも悪くも浮いている彼女に話しかけてくれる、天真爛漫あるいは女神的に優しい女子が出てくる場面ではないのだろうか。
先生に言われて仲良くさせられるなんて、お互いにどうなのか。
「親しくっていっても、他の授業は二人の方が彼女と被っているんでしょう?」
残りの選択は上手くとれたらしく、彼女と私の接点になるのは短剣技の授業だけだった――とはいえ、体を動かす授業ということもあり、コマ数は週二回なのだけれども。
ただ、必修の授業はクラスで完結するのだから、同じクラスの生徒や、専科でもケイトやアミのように女生徒らしい授業をとっている生徒の方が、余程接点はあるはずなのだけれど。
午前の最後の授業だから、その後は昼食の時間で急いで移動しなくていいことも、彼女から話しかけられるきっかけになっているのかもしれない。
「そうなんだけど、星詠の神子とはいっても平民出身なのもあって、みんなまだ遠巻きに見ている感じよ。彼女ももうグループができている中では、肩身が狭そうなのもあるし」
アミが苦笑しながら言うことに、確かにそうだろうと思った。
基本的には貴族や豪商のご令嬢が多い中で、しかもクラスも持ち上がりのため、人間関係も去年の間にほとんどできてしまっている。
そんな中で、15歳の少女が身分の違う方ばかりのグループに、いきなり話しかけるのも難しいだろうし。
他の令嬢たちも、興味があってもなかなか話しかけにくいだろうことも想像できた。
丁度よく女子生徒が一人しかいないところに、先生から促されて話しかける方が、私だって楽だ。
「女子が二人しかいない授業なら、いいじゃない、仲良くしてさしあげたら」
仲良くなったら私のことも紹介して欲しいわ、とケイトが邪気もなく言って笑う。
「…そうね。たしかに」
すぐ病みすぐ死ぬとかいうゲームの主人公である星詠の神子と関わることで、私や私の周囲に何かあったらと思うと、あまり近付かずに様子を見ておくのが、得策かと思っていたけれど。
可能性として考えられる結末は、彼女自身がそう望んで進んだ道ではないと思うし。
ーー流石に、乙女ゲームなのだから、進んで相手を病ませようとすることも、ましてや主人公が誰かを殺すようなこともないだろう。
何か選択を迫られている状況ならともかく、今の時点で自分自身が安全圏にいるのに、学内に頼りにできる人もいない女子を見捨てるのは、人として良くないと思う。
同じ授業を選択しているだけで普段は関わりはないのだし、頑なに避けることもないのかもしれない。
「先生も、若くて格好良い騎士の方って聞いたわよ?護身術っていうのも、楽しそうじゃない」
ケイトの情報網はどうなっているのか、一度聞いてみたい。
しんみり考え込んでいたところに、実に貴族令嬢らしい話題を持ち出されて、思わず笑ってしまう。
確かにテイラー先生が若いのは、私も初めて見た時に思ったことだった。
細身でも鍛えられているのはわかるし、精悍な顔つきに、短髪に切り揃えた赤毛は、まさしく騎士という風貌で。
このくらいの年代の女子的には、憧れるような見た目なのかもしれないーー私には、どうにも後輩を彷彿とさせてしまうのだけれど。
「ねえ、フィン王子の時といい…ベアリング卿と同じクラブだって話した時も、そんなこと言ってなかった?」
「でも確かにイライザって、ちょっと話題になる方と知り合うこと多いわよね」
笑って済ませようとしたところに、アミが今気付いたというように、顎に指をあてながら言う。
どういうことかと聞こうとしたところで丁度、予鈴がなってしまったので、その話は一旦途切れてしまった。
「先生すごく若いけど、本当に実力で副隊長になったんですか?」
「どうして寄宿学校に赴任してきたんですか?」
何度目かの授業ということもあり、体力作りの筋トレの部分で先に終わった生徒が、何人かでテイラー先生を囲んで質問しているのが聞こえた。
私はいつものようにアイリスと組んで、ぷるぷると震えながら腹筋をしている。
「寄宿学校っていっても、学生の興味は平民と変わらないなー」
軽く失礼な質問にもかかわらず、先生は興味深そうに笑って気にしていないようだった。
彼自身も、騎士学校に通っていた頃には、似たようなことを言っていたのだろうか。
王国騎士になる方法は、警察や軍隊と同じように、大きく二通りに分かれる。
寄宿学校の卒業後に国家試験を受けて、近衛や幹部候補として中央組織に配属される、キャリア的な採用と。地元の騎士学校で訓練して、地方の国防騎士に採用されてから、叩き上げで上り詰めるノンキャリア的な採用。
今の先生の話し振りから、寄宿学校には通っていなかったようなので、後者なのだろう。
「騎士になる気があるなら話してやるけど、どうする?」
最初は堅そうな話し方をしていたけれど、次の授業くらいから既に気やすい話し方になっていたので、こちらが素なのだろうか。
護身術程度の授業をとる生徒に騎士希望なんているはずもなく、不満の声が上がっている。
ふとアイリスの方を見ると、何故か眉根を寄せてその様子を見ていた。
「アイリス?」
やっと私の番が終わったので話しかけるも、彼女は視線を落として考え込むような表情をするだけで。
「アイリス、私の番は終わったんだけど…大丈夫?」
何度目か呼びかけたところで、やっと私の声に気付いて視線が合う。
「ああ、ごめんなさい、ちょっと考え込んでしまって…」
珍しく歯切れが悪い彼女に、とはいえ無理に聞くのも憚られて、体勢を変えて彼女と交代すると黙って見守る。
けれど彼女は再度俯いたまま一向に体を起こさないので、もう一度大丈夫かと声をかけようとしたところ。
「彼がここの講師になったのって、やっぱり私のせい、なのかしら」
ぱっと顔を上げると、私に聞くでもなく一人言のように話しかけてくる。
「えっ、彼って…テイラー先生のこと?」
なんとなく雲行きが怪しくなってきた気がして、聞かない方が良いのではと思いながらも返事を待つ。
「春頃、王都に連れてこられてから、この学校に入るまでの間…実はニールが、ずっと私の護衛をしてくれていたの」
アイリスは自分自身で話しながらも、心の中で考えていることを私に否定してもらいたいかのような、縋るような視線を向けてくる。
そもそもニールって誰のことだと思ったけれど、話の流れから言って、テイラー先生のことなのだろう。
私に対して言うのに、自然とその名前が出てくるということは、元々そう呼んでいたからなのか。
「もしかしたら、私が寄宿学校に入ることになったから、彼も無理やりこちらに送られたんじゃないかって…」
というか。
この流れはもしかしなくても、そういうことなのでは。




