7. 秋学期の始まり
いよいよ、秋学期の初日。
私が寄宿学校に帰ってきた一昨日の時点で、寮内は星詠の神子の編入学の話題で持ち切りだった。
先日リアムが言っていた通り彼女はAクラスだったので、Eクラスの私たちからは校舎の距離があって、見かけることはなかったけれど。
入学式が終わった頃、向こうの方に人だかりができているのは見えていた。
「フィン王子が編入されたのもAクラスでしょう、意図があるんじゃないかって言われてるみたいよ」
いつも、どこからか大抵の噂話を仕入れてくるケイトが言う。
それはまあ、何の意図もなく同じクラスにすることはないだろうと思いながら、そうなのねと頷く。
ゲームとして神子と王子が会わなければならないのなら、同じクラスにしてしまうのが一番手っ取り早そうだし、流れとして理解はできる。
ただ、他のキャラとどういう出会いが用意されているのかわからないので、既に出会ってしまっている人もいるとはいえ、私としては、あまり関わらずにいたいという思いに変わりはない。
王子にも、神子にも。
今年の組み分けがAクラスと同じだとしても、同じ授業を受けなければ良いのだし。
「やっぱり神殿としては、神子様を第二王子に近付けたいんじゃないのかしら…第一王子は婚約者がいるけれど、フィン王子はまだいらっしゃらないでしょう?」
「えー、でもビューフォート嬢がいるじゃない?」
特に深入りせずに流しておきたい話題だったけれど、アミが話を広げてしまって、ケイトがすぐに反応する。
フィン王子の編入の時には二人も騒いでいたとはいえ、実は王子には婚約者候補として有力な相手がいるのだという。
それが、ビューフォート公爵令嬢という、1つ学年が上でフィン王子と同じ歳の、ダニエラ・ビューフォート嬢だ。
彼女はCクラスらしく、それこそ全く接点もなく見かけたこともないので、雰囲気はわからないけれど。
名前からしてゴツい気がするし、多分いわゆるライバル令嬢的なキャラなのだろうと推測する。
「そういうのが嫌で遊学されていたのなら、帰ってきたからそのまま元通りということはないんじゃない?神殿と学校が繋がっているかはわからないし、私が勝手に思っているだけだけど」
アミがそう言って軽く肩を竦めると、ケイトもそうねと笑って。
「イライザは相変わらずどちらにも興味なさそうだし、言ってても仕方ないわね」
ちらりと視線を向けられる。
興味がないということではないけれど、彼らの話題には距離をおきたいと言っても伝わらないだろうから、私も何も言わず苦笑いして肩を竦めた。
「あ、そろそろ教室移動しなくちゃいけない時間だし…また後で」
去年の学生生活で校内に慣れたとはいえ、今年は移動教室も、組み分けの都合で変更になっている。
Bクラス側の校舎まで少し距離もあることだし、早めに移動しなければと席を立った。
今年の専科の授業は、去年選択していた家政方面の授業から、実学方面の授業に大幅に切り替えたので、ケイトやアミとの移動教室は多くない。
というより、彼女たち以外でも学年問わず貴族令嬢はこういった授業をとらない傾向にある。
だから必然的に、一人で教室を移動することが増えるのは想定していた。
私がもしイライザと同じ15歳の少女であれば、友人同士で談笑しながら歩いている他の生徒に対して羨ましく思ったり、居た堪れなく思ったりするのだろうけれど。
あいにく社会人として普通に働いていたので、一人で外食するのも出張先のホテルに泊まるのも慣れていたから。
一人行動に対するハードルは、学生時代より随分と下がっている。
そもそも、よくわからない鬱ゲーなる話の中で生き残るための選択なのだから、一人が寂しいなんて言っていられないし。折角なら新しく友達を作りたい、なんて考えているわけでもなかった。
もちろん、親しくできる友人がいたらとは思う。
けれども現状、誰がゲームの登場人物かもわからない中で、知らない人に迂闊に近付くのは、リスクがあって怖いというのが本音だった。
「イライザ、ほんまに同じ授業受けるんやー」
ーーいや、なんでやねん。
声の主の方言に思わず脳内で引っ張られてから、恐る恐る話しかけられた先に視線を向ける。
「…リアムも、まさか植物学の授業に?」
「露骨に嫌そうなカオされると、傷付くんやけど」
全く傷付いているという表情ではないので、ただの軽口なのだろう。
短い付き合いというか、セオの別荘地であの後の数日を一緒に過ごしただけだけれど、流石だなと思う。
ウォルポール夫人にもお母様にもセオの妹にも、あるいはウォルポール伯爵その人に対しても、一定の好意を含んでいるように聞こえる言葉を、常に投げかけるような人だった。
本当にそう思っているのかは、付き合いの短い私には判断できないので、そんなに話していて疲れないのかと思ったけれど。
これも、彼の性格のようだった。
「ごめんなさい、ちょっと意外だったから」
とはいえ、良くない言い方だったとは思うので一応は謝罪をするが、彼は特に気に留めた様子もなく、私の言葉の後半に返事をする。
「セオは興味ないらしいけど、植物って毒にも薬にもなるし、知識はあった方がいいと思うんよね」
私と同じ理由で、より意外に思う。
クラブと同様、将来を見据えた授業選択をしている学者や官僚志望の生徒に比べ、貴族令息は教養的な授業をとる傾向が強いと思っていたけれど。
ちゃらちゃらしているように見えても、彼も伯爵家の長男なので、色々考えもあるのだろう。
感心していると、イライザはと聞き返される。
「私も、これから先なにかの役に立つかもと思って」
既に出会ってしまっているとはいえ。
少なくとも神子の状況が掴めるまでは、攻略対象の彼とあまり親しくなるつもりはない。
当たり障りのない曖昧な濁し方をしつつ、教室の戸を開ける。
彼のことだから、貴族令嬢が一人で教室に来るのは、と気にかけてくれているだけなのかもしれないけれど。
わざわざ隣の席に座ってくれなくてもよいのでは。
――という流れが、古典史の授業でも起こった。
リアムの性格や、被っている授業の性質からいって、もし夏季休暇の時点で出会っていなかったとしても、お互いセオから聞いて存在は知っていたから、いずれは話をする関係になっていた気がする。
それは、こちら側の授業を選択したせいなのかと思うけれど。今の私には、こういう知識も必要ではあるし。
ケイトいわく、音楽の授業は神子が選択していて、みんな話しかけようか遠巻きにざわついていたらしい――こういう場合、空気を読まずに話しかけてくれる友人キャラが、そのうち出てくるだろう。
ということは、やはり去年と同じ授業をとっていれば、リアムには会わなかっただろうけれど、それはそれで神子に近付いてしまうことになっていたはずで。
どちらを選択していたとしても、組み分けが決まっている以上、結局はゲームのキャラに近付くしかないというか。
とはいえ、選択授業を変えることは今更できないので。
あとは、残りの選択の答え合わせを待つことしか、私には許されていないのだけれど。




