5. よろしくない
「えっと…?」
頭の中で警鐘が鳴り続ける中、恐る恐る声の主を見遣る。
多分セオより少し背は低いくらいだけれど、体つきはがっしりしていて、明るいオリーブベージュの刈り上げた短髪なので、チャラそうと聞いて描いていたイメージよりも、陽キャというか体育会系っぽく見える。
私の髪色よりも濃い灰色の瞳だけが、どこかその明るい印象と不釣り合いに暗く写るような――
「これは失礼。聞いていた通りの美女がいたから、つい…」
いや、気のせいだろう。
先程より幾分畏まった物言いとはいえ、初対面から想定以上のチャラさを全面に押し出してくるので、引くというより逆に可笑しくなってしまう。
思わずくすりと笑ってしまうと、彼は気を良くしたようで、ニコリと綺麗な笑みを浮かべて訊ねてきた。
「ご挨拶させてもらっても?」
ご丁寧に許可を求められたところで、相手が誰かわかっている以上、家格が下の私に拒否権はない。
勘弁して欲しいという感情を笑顔に隠しながら頷くと、彼は、ではと綺麗な礼の姿勢をとる。
「エヴァンス伯爵家次男の、リアム・エヴァンスといいます。ウォルポール卿とは遠縁の親戚だったんですが、寄宿学校のクラスが同じで親しくさせてもらってます」
声をかけられた瞬間から、予想はしていたけれど。
改めて名乗られると、なんでこんなことにという思いが、頭の中をぐるぐると回っている――明確に、ゲームの攻略対象キャラとわかっていたから。できれば、避けておきたいと思っていたのに。
第一声がチャラ過ぎたせいか、彼の雰囲気も相まって、きちんと話しているだけで、非常に好青年然として見えるけれど。
実はなんとかかんとか聞いた覚えがあるせいで、警戒心が解けない。
とはいえ当然、名乗られれば名乗り返さなければいけないので。私も立ち上がって、彼の前で頭を下げて礼をとる。
「ハーヴェイ男爵家のイライザと申します、エヴァンス卿。私も、お話はかねがね伺っておりましたので…お会いできて光栄ですわ」
ゲームのことを思い出す前までは、確かにそうだったのだけれど。
若干顔が引き攣っていないかと心配しながらも、形式通りの言葉と笑顔を向けた。
「こちらこそ、ハーヴェイ嬢。よろしければ、お名前でお呼びしても?」
「もちろん」
よろしくない。
よろしくないけれど、セオの親戚で友達である以上、無下にもできないし。
伯爵家の長男と言われたら、より一層、弱小貴族の娘である私には断る選択肢なんてなかった。
「ありがとう、イライザ嬢。私のことも、リアムと呼んでください」
どうして、こんなことに。
ここが自室なら、フラストレーションで暴れ回っているところだ。
「リアム!お前…」
知った声音より幾分疲れたような声が、一足遅くリアム卿の後ろから聞こえてきた。
急な来客というのは彼のことなのだろうから、可哀想だけれど、今まで屋敷内を探し回っていたのだろう。
もう少し早ければ。
この状況も、あるいは、どうにかなっていたかもしれないのだけれど。
「セオ全然迎えに来てくれへんから、中まで探しに来てもたわー」
明らかに責めるような口調で言われていたにもかかわらず、彼は全く悪びれもせず言って笑う。
なるほど、こういう調子だから、セオが同じ部活に引き込まれたのかもしれない。
先程までの私への公的表現とは違って、くだけた話し方のせいか、想像以上にがっつり関西弁で少し驚く。
性格も、関西人のイメージに近い。
同じ国内だけれど、この国でもこういった地域性があるものなのか。
「連絡もなく来ておいて、せめて玄関で待ってられないのか!」
「でも、そのお陰でセオの大事な幼馴染みチャンにもお会いできたし…結果オーライちゃう?」
微妙に噛み合っているのか、噛み合っていないのか、しばらく二人で絶妙なやり合いをしていたが、セオが立ったままの私に気付いて近付いてくる。
「イライザ、リアムに何もされてないか?」
「えー、僕のこと何やと思ってるん…挨拶してただけやんねー」
そんなセオにリアム卿が心外そうな顔をして、私に同意を求めてくる。
目の前の二人に、詰め寄られるような形になって。
改めて。
顔面が強い。
――やはり、そういうことなのだろうか。
「そうね、ご挨拶だけ」
一歩下がりながら答えると、引いた足が椅子にこつりと当たった。
「ほら、セオはほんまに過保護過ぎ…イライザ嬢も困ってるみたいやし」
ねえ、と目を合わせられる。
「そんなことは…心配してもらえるのは、私も有難いので」
困っているわけではないので、当たり障りのなさそうなことを言って返すと、リアム卿は片眉を引き上げるように、意外そうな顔をした。
セオはそんな彼に、見たことかというようなツンとした顔を向ける。
私に対してとはまた雰囲気が違うので、わちゃわちゃ言い合っているように見えても、本当に仲が良いんだなと伝わってきて。
攻略対象キャラだからと、色眼鏡で見ていたけれど。
二人とも、この世界で普通に生きている、普通の人間なのだと思い直す。
「それより。イライザ嬢、セオの幼馴染みってことは同じ学年なんやから、僕とも対等に話してもらいたいな」
「…そうですね、」
自分の思考に沈んで少ししんみりしていたせいで、あまり考えずに返事をしてしまって。
「じゃあ、僕もイライザって呼んでもいい?」
「〜っ!?えっ、と…」
言われたことを噛み砕いている間に、畳み掛けられる。
距離の詰め方が本当に、聞きしに勝るチャラ関西弁過ぎないだろうか。
先程まで口を出してきていたセオが何故か黙っているので、助け舟もなく、誤魔化すようにニコニコしていたけれど。
そういう空気を読んで引くタイプではないようで――ベアリング卿のような人なら、引いてくれるのだろうけれど――腹を括るしかないと思い直す。
「…私は、何てお呼びしたら?」
小さく息を吐いてから、気を取り直すように笑顔を向けて聞くと、彼はふっと可笑しそうに笑った。
「さっきも言ったやん、リアムと呼んでください?」
いたずらぽく同じ言葉を繰り返されて、目を瞬かせてしまう。
どうして、近寄らないように気を付けておこうとした相手と、たった数分でこんなことになってしまったのか。
せめて、彼と出会った瞬間から、もっと気を引き締めておかないといけなかったのかもしれない。
「わかりました…よろしく、リアム」
攻略対象キャラ以前に、そもそも私が名前で呼ぶ男性なんて、セオしかいなかったのに。
あっという間の邂逅に困惑しかなく、よろしくといっても、上手く笑えているか不安な笑顔になっているような気がする。
本当に、どういう状況なのだろう。
リアムは先程から、何故かずっと楽しそうにしているし。
セオは、また何故か明後日を向いて黙っているし。




