4. 夏季休暇と来訪
ウォルポール伯爵家は古くからある家柄で、かつ親族間の結び付きが非常に強い。
そのため、ウォルポールの領地とは別に、外へ嫁いで行った親族たちの領地にも、別荘地として過ごすことのできる屋敷が点在しているらしい。
去年はイライザの記憶喪失事件を引き摺っていた上、寄宿学校への入学を控えていたこともあって、訪れていなかったけれど。これまでに何度も招待してもらって、別荘地にも行ったことがあると、お母様が言っていた。
毎年夏は、北寄りにあるハーヴェイ領より更に北の別荘地に、避暑に行っているとのことだった。
屋敷についた時、なんだか慌ただしくされているようだと思っていたら、セオの妹が朝から熱を出しているらしかった。
まだ小さいこともあって、ウォルポール伯爵夫人は彼女についてあげたいと、短く挨拶だけしてすぐに退出される――病気の治療も祈祷や食べ物など民間療法なので、逆に医者でなくても、やれることもあるのだろう。
屋外にいた方が空気が良いのではと中庭に通されたけれど、お母様も伯爵夫人の様子を気にして屋敷の中に入っていったので、私とセオだけが中庭でお茶をしている。
王都よりは涼しいハーヴェイ領でも、日中は日差しが暑過ぎて外にはいられないけれど、流石は避暑地というか、更に陽も柔らかく風も通って過ごしやすい。
「そろそろ会わせてもいいかって話してたんだけど、楽しみにし過ぎてたみたいだな」
お母様が行ってしまった後を気にして屋敷の方を見ていると、セオが困ったような表情で言った。
病気なら心配だと思っていたけれど、なるほど、遠足前に熱を出す子みたいな感じか。
「ご病気じゃないなら良かったわ…週末まで居させてもらうから、それまでに落ち着いたらいいんだけど」
他のご家族からある程度聞いていただろうけれど、記憶がなくなった――ということになっている――私と会うことに、不安と期待で心が疲れてしまったのかもしれない。
まだ7歳なのだから、仕方ないとは思う。
病気でないのなら、長くても数日あれば落ち着くのではないかと思うのだけれど。
「うちの家族も来週末まではいるつもりらしいから、イライザもまだいればいいだろ」
大丈夫かしらと心配していると、セオは私の言葉の違う部分に反応したようで、少し話題がズレる。
「いくらお母様と伯爵夫人が親しくても、それは厚かまし過ぎない?お父様も領内のご予定とはいえ、あまり長くお一人で残すのは可哀想だし…」
セオが全くの厚意で言ってくれているのはわかるけれど、うちの方が家格も低いわけで、これ以上は気が引ける。
もちろん彼の一存で、夫妻がそう提案してくれているわけでもないだろうから、私も本気にもしないけれど。
丁重にお断りすると、確かにそうかと頷いてから一つ息を吐いた。
「星詠の神子が現れたとはいえ、厄災の件も終わってないみたいだし…男爵もゆっくりしてられないか」
いきなり重い話になるけれど、お父様の領内での用事もそれに関係する類なので、話題自体は変わっていない。
春の間にあった災厄は一過性のものが多く、神子が現れた時点で解決できる段階でないものも多かった。
けれど、疫病は王都周辺まで広がっているとまでいかないまでも、東部では鎮火はしていないし。
ここへ来るまでに見えた山脈の氷が、戻ったわけでもないーー私の知る数世紀先に氷が溶ける話でいえば、地球規模の異常気象なので。いくら神子がファンタジーの存在とはいえ、そこに関与できるのかは、よくわからないが。
「神殿の話だけで、神子様がどういう方なのかまだわからないし…みんなが心配するのも仕方ないわ」
私の周囲では、新たな厄災が起きているという話は聞かない。
ただ、こういった状況が続いたことで、一見些細に見えることにも領民の不安が拭えず、話を聞いたり視察に行ったりとしているらしい。
ハーヴェイ家がもう少し力のある家であれば、ウォルポール伯爵家のように現場には家令を行かせるのだけれど。
ため息混じりに言うと、やはり私より色々な情報が入ってくるのだろうセオが、聞いた話だけどと口を開く。
「同じ歳の、平民出身の女性だって。厄災の予知をしたって噂を聞いて、神殿が召還したらしい」
想定できる範囲内のこととはいえ、初めて神子の確定要素が出てきたことに心がざわついて、上手く表情が作れないまま、そうなんだと生返事をしてしまう。
平民の少女がなんらかの力に目覚めて王侯貴族の通う学校に編入するなんて、乙女ゲームとしては王道過ぎる。
「探し出したのはいいけど、神殿は神子様のことどうする気なのかしら…神殿でお祈りしてもらうだけとは思えないわ」
セオなら、もう少し詳しく知っているかもしれない。
考え込むような仕草で言いながら目を向けると、目が合ったセオは何かを悩むように視線を遠くに向けて、口元に手をあてたまま黙り込む。
――これは。なにか知っているけれど、私に言っていいのか考えているということだろうか。
秋学期が始まれば、ある程度は知れることだとわかっているので。急かしても仕方ないし、セオが言いたくなければいいかと、私も黙って庭園の方に目を向ける。
と、いつの間にかウォルポール家の執事がセオに近付いて、何事か話していた。
全く気配も足音もしなかったのは、流石は伯爵家の使用人のトップだと感心する。
セオは執事の言葉にみるみる眉間に皺を寄せて、テーブルに静かに手を置くと、俯いて大きな息を吐いた。
「急な来客らしい…ちょっと話してくるから、少しの間、ここで一人で待っててもらっていいか?」
何も聞かれたくないという顔で、私に聞くというより言い聞かせるような声音で言う。
逆に私が引っ込んでいた方がいいのでは、とも思ったけれど、そうは言っても聞いてくれなさそうな雰囲気なので、黙って頷いた。
「すぐ戻ってくるから、大人しく待ってるんだぞ」
いや、どれだけ信用ないんだ。
「わかったから、早く行ってさしあげて」
貴族社会に不慣れだったとはいえ、他人様の屋敷で好き勝手するほど、世間知らずでも天真爛漫でもない。
ひらひらと手を振ると、セオはやっと立ち上がって入口の方に向かって歩いていった。
しばらく待っていたけれど、一向にセオが戻ってくる様子もなければ、使用人の誰かが言伝に来るわけでもない。
とはいえ、急ぎの予定があるわけでもないので、時間がかかっても特には構わないのだけれど。
庭園を眺めながら、手持ち無沙汰でカップを持ち上げて、口をつけようとしたところ。
セオが向かっていったのと反対方向から、急に砂利を踏む音がして。
顔を上げて、音のした方を振り向く。
「あれ…えらい美人さんがいるやん」
――嘘でしょう、今ここで?
聞き覚えもない声。
けれど。その話し方に、頭の中で警鐘が鳴り響いた。




