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3. 一時の平穏

とにかく。

再来週から夏季休暇に入ってしまえば、休暇明け学校に戻ってくると同時に、新年度が始まってしまうわけで。そうなると、星詠の神子が入学してきて、強制的にゲームの時間軸が始まってしまう。

ということは、実質今この瞬間が、神子が入学してくるまでの、学内での最後の猶予期間ということになる。

流石に神子の入学までは何も起こらないだろうから、貴重な日常を満喫しておこうと思ったけれど。

結局、いつも通りのなんでもない日々を過ごしているだけで、あっという間に日が経ってしまった――学生時代なんて振り返れば全てが貴重だったと思うだろうということは、依梨の頃に経験済みなのだけれども。


しいて挙げるとするなら、しばらく行けなくなることを考えて、頭脳ゲーム部にはいつもより多めに通ったくらいだろうか。

ベアリング卿と親しくするのは良くないとは思ったけれど、なんやかんやと周囲の方々が、私と彼の対局を望んでくださることもあって、一番接していた気がする。

彼ら部員はみんな、ゲームに関しての強さを一義にするところが大きいのか、良い意味で貴族らしくないというか、気取らないところが多くて。セオともクラスの男子陣とも違う、不思議な居心地の良さや話しやすさがあった。

だから、本来ならこのタイミングで、貴族令嬢らしいクラブに転部してしまってもよいのだろうけれど。

星詠の神子のことが落ち着けば、できれば戻りたくて。

もう一つの居場所として残しておきたくて、そうはできなかった。



「イライザは、来年度の選択授業はもう決めた?」


アミから聞かれて、提出期限が来週だったことを思い出す。

「実はまだ悩んでるのよね…」

今年は新入生だったので、年度始めに授業の見学ができたけれど、2年生以降は初回から選択授業を受けることになっている。

1年に受けた授業の応用を選択したり、受ける授業の幅を増やしたりと、その後の進路によって学年問わず好きなように選択できる、大学と同じような形式だった。

学年が上がるごとに選択授業の数が増えるのだけれど、専門性の高い授業や人気のない授業は履修者が少ないので、クラスの組み分けはほとんどない。

つまり。

星詠の神子や攻略対象キャラが取りそうな授業を選択すると、いくら元のクラスや組み分けが別でも、選択授業が被る恐れがあるのだった。

――私が敢えて選択する理由はないけれど、帝王学や政治学を取れば、間違いなく王子やベアリング卿と同じ教室になるだろう。

これはもう、一種の逆張りといえる。


「星詠の神子様の影響で、神学や占星学が人気らしいって聞いたわよ」


既に提出しているらしいケイトが、噂として告げてくる。

へえ、となんの気なしに返事をしたけれど、神子が選択しそうな授業が人気というのはどうなのだろう。

私はゲームの知識で神子が寄宿学校に入学すると知っているけれど、学内ではそういった話は聞かないので、まだ知らされていないのだと思っていた。

もしかすると、彼女が入学してくるかもしれないという話が、まわっているのかもしれない。

「私はもう少し実学の方がいいわ、神子様がいれば占星学の必要もないだろうし」

「イライザらしいわね」

ただ神子と同じ授業を取らないようにと思って言ったことだったのに、アミが何故か吹き出す。

フィン王子の時もそうだった気がするけれど、やはり私にミーハー心がないと思われている、ということだろうか。

そんなことはないんだけどな。

「ほんと…貴族令嬢なのに、芸術や家政科の授業を増やすのかと思えば、植物学やら自然学なんて言い出すんだものね」

アミの言葉に、ケイトにも呆れたように笑われる。


ただ、これは私が自然や植物に興味がわいたとかではなく。

医学はもちろん物理も科学もない世界で、少しでも命に関わることを探した結果、辿り着いた学問だ。

そもそも神子には癒しの力があるはずなので、それで助からないならもう、神頼みではなく西洋医学の領域なのではないかと思うし――学問としてないのなら、東洋医学的な発想でいくしかないと思う。

この国で植物療法はそこまで発達してはいないけれど、ハーブなど人体に影響のある植物は出回っているようなので、薬学的な分野に一番近いのがこの辺りと仮定した結果という、私にとっては完璧に正当な理由があった。

「だって、気になってたんだもの…それに家政だって、来年度は頑張るつもりだし」

もちろん、自分も含め誰もこのゲームの展開に巻き込みたくはないので、こんなこと誰にも言うつもりはないけれど。



「記憶がなくなったとはいっても、イライザは演劇も音楽も好きなままかと思ってたわ」


私の選択授業が聞きたいと言うので答えると、ルイーズが意外そうな表情を隠さずそう言った。

「もちろん好きよ、でも授業でなくてもいいかと思っただけ」

実際、演劇も音楽も美術も、観ている分にはもちろん楽しいとは思うので、こんなことがなければ他の貴族令嬢のように、来年度も選択していたと思う。

選択しないと決めたのは、その辺りの基本的な教養にあたる授業は、神殿が神子を寄宿学校に入学させた意図を汲めば、きっと神子も選択するんじゃないかと思ったことと。

他の取りたい選択授業と丸被りしていたこと、ただそれだけだった。

「でも、ルイーズは初回の授業を受けてみて、好きな授業を選べばいいのよ」

だから念の為、私のことは全く参考にする必要はないと、断りを入れておく。


一歳下のルイーズは、この9月から寄宿学校に入学することになっている。

冬季休暇の時にも少し話はしていたけれど、1年間通ってみてどうだったか入学前に詳しく聞きたいということで、夏季休暇の間もうちに遊びに来てくれていた。

この前一度、一人でこちらに来て過ごすことができたこともあって、今回は以前より少し長めに時間をとってくれている。

「だって…前に、クラスが違うウォルポール卿とは、学内で全然会えてないって言っていたじゃない?私もクラスが違ったらイライザと会えないなんて、寂しいもの」

「っ、そんな風に言ってもらえるなんて思わなかったわ…ありがとう。もちろん私も、クラスが違ってもルイーズと授業で会えたら嬉しいわ。だけど、ちゃんとあなたに必要なものを選んでね」

急にそんなことを言われたことに驚きつつも、素直な言葉にときめいて、変な声が出そうになったのを抑えてから。それでも、変に私と同じ授業を取らないで欲しいと再度念を押しつつ、お礼を言った。


「それに、セオとも定期的に会っているし。ルイーズとも、時間を合わせてくれたら会えるわ」

「――いや、それ本当に男女の幼馴染みの距離感なの!?」

最早アミやケイトにも言っていることだけれど、そういえばルイーズに言っていなかったような気がして、クラスが違っても会えるしと言うと。

ルイーズは、およそ貴族令嬢らしくない、非難するような大きな声を出す。

「前から思っていたけど、やっぱり流石にそういうことじゃないの?」

なんだか興奮しているようなので、そういうことじゃないってば、と落ち着かせるように言うけれど、聞いてくれない。


「だって、もうイライザの記憶がなくなってから1年半くらい経つでしょう?私だって、共通の記憶が減ったこと以外は、もう随分と慣れてるし、流石に大丈夫だと思っているんだけど…」


「ルイーズにそう思ってもらえるのは嬉しいけど、そんな深い意味はないから」

想定していない話の流れとはいえ、今の私のことを、もう大丈夫だと思っていると聞けたことは、正直に嬉しい。

ただ、前からそういう節はあるのだけれど、ルイーズは男女の幼馴染みに対して、幻想を抱き過ぎではないかと思う。

何度言われても、私とセオにそういう雰囲気はないし。両家の様子を見ていても、そういう感じにも見えない。


まあ、ルイーズが帰ってからの日程で、ウォルポール家の避暑地に、お母様と一緒に招待されているのだけれど。

それを言うとますます邪推されそうなので、その話は黙っておくことにした。

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