10. 変化の兆し
「ねえ聞いた?フィン王子が来月、遊学から帰ってこられるって話」
入学から半年ほど経って、アミやケイト以外のクラスの面々にも随分と馴れた頃。
女子生徒で親睦を深めようと上級生に誘ってもらい、カフェテリアで簡易なお茶会をしていたところ、そんな話が持ち上がる。
「フィン王子って、第二王子の?ヒュー王子なら拝見したことがあるんだけれど、どんな方なの?」
第一王子は去年の暮れに参加した晩餐会で、遠目に見たけれど。第二王子は3年ほど前から隣国に遊学中だったらしく、これまで全く話題にも上がっていなかった。
みんながキャッキャ騒ぐのを聞きながら、そんなに大した話なのかしらと尋ねてみると、一瞬場が静まり返った。
「イライザ、あなた本当にそういうところよ」
「もちろんお相手なんて、私たちより遥かに家柄の良い方々から選ばれるでしょうけれど、それでも興味は湧くものじゃない?」
「フィン王子といえば、他国にも名の通る絶世の美男子なのよ」
方方から畳み掛けるように言われても、知らないものは知らないんだから仕方ない。
なんて思っている間にも、フィン王子の、主に顔面の素晴らしさが語られ続ける――結局、スゴく顔が良いというだけの話なんだろうか。
「ただ、女性は寄せ付けないような鋭さがあるらしくて、なかなか婚約者も決まらないみたいね」
王子ともなれば、本人の意思によらず政略結婚させられるものだと思うけれど。
そもそもの遊学も、そういった話から逃げるように出て行ったらしいという噂だったとか。
この国では、王族だろうと17歳まではこの寄宿学校に通うから、帰ってくるなら一学年上に入ることになるはずで。
婚約者もいない第二王子なんて入学してきたら、こんな噂話の比ではなく、学校全体がえらいことになりそうだ。
「そうなの…それは大変そうね」
まあ、男爵令嬢の私には関係ないけれど。
「やっぱりハーヴェイ嬢は、そういうことは気にならないんだね」
部室でも持ち上がった話題に、そうらしいですねと頷けば、ベアリング卿が可笑しそうに笑った。
「いやー、ハーヴェイ嬢はこんなむさ苦しいクラブに入り浸っている令嬢だもんな」
「普通のご令嬢なら、浮き足立つものじゃないか?」
お決まりの二人のツッコミを受けるけれど、王子のことを元々知っているわけでもなかったし、私自身の家格を考えても期待したところで有り得ないし。
「そんなに変な話じゃないと思うんですけど…」
私が良家との結婚に興味が無いとか、そういう単純な話ではないと思うのだけれども――実際、考えなければいけないとは思っている。
「いやいや、ハーヴェイ嬢が言うから、やっぱりなと思うだけだよ」
三人とも何かに納得をしているようだったので、私の反論は伝わらなかった。
「上位の家柄の方々は、第二王子の帰国時期を気にして王都に残る人も多いみたいだけど…セオはどうするの?」
セオとは冬から定例で会っているけれど、最近は随分と暖かくなってきたので、人通りもまばらで丁度良い中央棟と部室棟の間の中庭で話をしていた。
第二王子は丁度、春季休暇の時期に帰国するらしい。
帰国後には歓迎パーティや謁見なども予定されているらしく、ベアリング卿も伯爵家のケイトも、家族が王都に来ることもあり帰省はしない予定だと言っていた。
「俺は両親が家を空ける代わりに、妹についていないといけないから…リアムも残らないらしいし、家には帰るよ」
セオも帰らないのかと思っていたけれど、まだ小さい妹がいるので、保護者として帰らなければいけないらしい。
「へえ…えっと、どなたか一緒に帰るんだった?」
その後で出てきた人名に、聞き覚えがあるような気はするものの、なんだったか詳しく思い出せないで、曖昧に返事をして聞き直すと。
「だから、リアムだって言ってるだろ」
何回聞けば覚えられるんだ、と大きな息を吐きながら呆れられる。
彼の遠縁の親戚で仲良くしているという友達の話も、今まで何度も聞いていたのだけれど、何故かその名前だけは、なんとなく覚えられないでいた。
「リアム・エヴァンスだよ。領地が西の果てだから、次の休暇は帰らないでうちに泊まるんだって言ったと思うけど」
流石にフルネームで聞けば、聞き覚えもある名前だった。
休暇の話をした時に、そんな話を聞いたような。
「西の果てって…うちだって2、3日はかかるんだけど」
「いや、ほとんど西の国境だから馬車でも片道一週間以上はかかるし、方言もあっち寄りで結構キツいんだよ。話せばわかると思うけど」
とはいえ、セオと話すことはあっても、他の人と話している姿を見ることは少なくて。そもそも、エヴァンス様を見たことも話をしたこともない。
そう考えると、名前にも話にもピンと来ないのも、仕方ない気もした。
「セオのお友達なら、私も機会があればお話したいわ」
「イライザも帰るんだろ?今回は俺も家を空けるわけにいかないし、そっちに行くことはなさそうだから…まあ、そのうちな」
それが、二週間ほどの春季休暇に入る前に、セオと会った時の会話だった。
春季休暇は気候が良い分、冬季休暇より短く、家が寄宿学校から遠い生徒は、帰省せず学校に残ったり、近くの友人の家に遊びに行くことが多いらしい。
今回は第二王子の帰国に伴って、いつもより多くの生徒が学校に残っていたらしいけれど。領地が遠方の家は、ご家族が王都に来ることで、逆にこれまでの話をできたようで。
「前に話していた疫病の話、覚えてる?」
その一人であるケイトが、春季休暇明けに神妙な面持ちで聞いてきた。
「極東で流行っていたって話は覚えてるけど…」
ハーヴェイ家の領地は少し北部のということもあり、王都より南の話はあまり早くは入ってこない。
その表情もあって、何か動きがあったのかと話を促す。
「この前、両親から聞いたんだけど。もう隣国でも感染者が見つかっているそうなの…まだ流行まではしていないようだけど」
思っていたよりも数倍のスピードで近付いているらしい話に、思わず絶句して目を見張る。
疫病の流行スピードなんてものには詳しくないけれど、現代ほど各国同士の国交がありそうもない世界で、こんなに早く流行が近付いてくるとは思ってもみなかった。
もちろん、王宮や政府が何か手を考えているとは思うけれど。セオの言っていたように、どうにもできないことも、あるかもしれない。
同じように黙っているアミに視線を向けると、私のようなショックとは違う、どこか考え込むような表情をしていた。
「あー…それでいうと、実は私も南部の果実酒の買い付け商から、少し嫌な話を聞いているのよね」
言いにくそうに口元に手をあてて少し迷ってから、まだ内緒って言われているんだけどと小声になる。
「大陸の向こうから、バッタか何かの群れが飛来してるって」
「バッタって、あの草むらとかにいる虫?」とケイトがピンと来ないような顔で聞き返すけれど、農業地帯の虫の大群は聞いたことがある――私が知っているのは、イナゴだった気がするけれど。
「何百年も前の話が残っているだけで、そうそう見られるものじゃないらしいんだけど…みんな心配しているみたいなの」
ケイトと違って深刻な表情で固まっているだろう私に、アミは取り繕うように笑ったけれど。
イナゴの群れが通り過ぎた後には、裸の大地以外何も残らないと、聞いた覚えがある。
「どちらも今の段階で大事とはいえないけど、なんだか心配ね」
少しずつ。
何かが起ころうとしているような。
そんな予兆のように感じた。




