9. クラブ活動の出会い
考えても考えても、どうすべきなのかと悩んで日が経ってしまって。
「イライザが好きなことをやればいい」というセオの言葉と「途中で変えてもいいんだから、ひとまず興味がある部に、みんなが入部する時期に入る方がいい」というケイトの言葉に背中を押され、とりあえず気になっていたクラブに入ってみた。
――将来を考えて入るべきというよりも、個人的な興味の部分が大きいので、 4年間このクラブにいるべきかは、また考えなければいけないけれど。
「まあ、貴族令嬢としては変わった部活だよね」
見学の時点で多くはないだろうと察してはいたけれど、それでも私以外に女子生徒が全くいない状況に、ここまでとは思わなかったと率直な感想を述べると、そう言って笑われた。
「家ではあまり良い顔をされなくて、相手もしてもらえなかったので…学校でこうして対局してもらえるのは、私としては有難いんですけど」
答えながら、象の駒を動かすと。
「そもそもそれが面白い考えだし…ハーヴェイ嬢は、変わった駒の動かし方をするよね」
私の駒を興味深そうに見ながら、更に可笑しそうに笑われる。
中央棟の周囲を囲うように建てられているクラブ棟には、文系のクラブ用に、いくつも部屋が用意されている。
その中でも最も陽の当たらない代わりに、広い室内にいくつも丸机と豪奢なソファが並べられているのが、頭脳ゲーム部の部室だった。
――文化系競技ではあるけれど、マインドゲーム自体が貴族の嗜みでもあるからか、意外と部員の階級はバラバラだった。
楽器もできない図工も得意じゃない、学術も授業でなんとか勉強中。スポーツも毎日必ず授業に組み込まれている、寄宿学校で。
私が唯一依梨の知識を活用できて、楽しそうと思ったのが、これだった。
「昔、祖父に教えてもらったんです」
イライザの母方の祖父母はもう亡くなっていて、父方の祖父母も隠居生活と称して近隣諸国を旅していることが多く、私は一度帰国した時に挨拶したただけなのだけれど。
依梨のおじいちゃんは、昔からずっと趣味で将棋を打っていて、私にもたくさん教えてくれていた。
――依梨の学生時代に浮いた話がほとんどなかったのは、完全に将棋のせいだったと後から思ったのだけれど。
好きでやっていたのだから、仕方ない。
チェスと将棋は起源が同じらしく、ルールはかなり似ていて。教養として家庭教師から教えてもらった時に、楽しいと思ってしまったのだった。
「そうなんだ、ハーヴェイ嬢の祖父君が…」
なにか含むように言いながら戦車の駒を動かされ、やっと気付く。
「あっ」
「でも、チェックメイトかな」
チェス自体はまだ初心者とはいえ、戦車単独で勝負をつけられるとは思っていなかった。
呆気ない負け方に残念と肩を落とすと、でも動きは面白かったよと、微笑みながらフォローされる。
「まだまだベアリング卿には敵いそうもないですね」
頭脳ゲーム部内でチェスが最も強いと言われている彼は、ジェラルド・ベアリングという二学年上の、隣のFクラスの先輩だった――まだチェス以外のゲームは対戦したことはないけど、その他も相当強いと聞いた。
物腰が柔らかく、年下で女性である私にも丁寧にしてくださる紳士な人だけれど。
王国の理性と呼ばれ畏れられている、宰相の次男だそうだ。私くらいの家の人間にとって、宰相閣下のことは話に聞くだけなので、あまり詳しくないが。
いわゆるアルビノのようで、真っ白な肩下まである長髪に、血の気すら感じない真っ白な肌、瞳だけが鮮血を固めたように赤い。中性的で美しいという表現がぴったりの風貌で、黙って立っていると人形のようにさえ見える。
色素が薄過ぎて、肌も目も直射日光の差す屋外で耐えられないらしく、昼間は帽子に眼鏡に肌が見えない服装をしていて、彼のために頭脳ゲーム部の部室がここに変わったと言われているくらいだった。
見た目も性格も完璧なのに、あまり表立って騒がれているように見えないのは、その厄介な特徴と次男という微妙な立場からだと、部の誰かが言っていた。
「ハーヴェイ嬢も途中、おっ、と思うとこもあったけどね」
「ベアリングは数手先まで読んでるからなー」
後ろから声がして振り向くと、さっきまで向こうの机でカードゲームをしていた二人が、いつの間にか私たちの対局を見ていたようだった。
私の方は、人様に見ていただくような指し方でなかった気がして、居た堪れない気持ちになって恐縮する。
「でも、なかなか筋が良くて見ていて楽しいよ」
「前に入ってきた女子は、ただのベアリングのファンだったからな…ポーカーもできないのに、逆にすごい度胸だとは思ったけど」
そんな私に温かい目を向けてから、昔の話だけどねと言ってベアリング卿と目を合わせ、苦い顔をする。
「あ、やっばりベアリング卿は女生徒に人気があるんですね」
表立って騒がれないと聞いていたけれど、黄色い声援を振りまかれないだけで、モテてはいるのだろう。
「そりゃあもう――」
「それくらいにしてくれ、新入部員にする話でもないだろう」
私に対してよりも少し砕けた口調で、ベアリング卿は二人を嗜めるように話を切る。
残念ながら、私には未だかつて不特定多数から好意を向けられるという経験がないもので、気持ちはわからないけれど、モテる人にも色々と思うところはあるのだろう。
「それより、まだ時間があるならもう一局どうかな?僕以外の二人も、ハーヴェイ嬢の戦術に興味があるようだし」
多少強引に話を変えられるけれど、そもそものクラブ活動なのだから断る理由はない。
「いいね、やろうやろう。最近ディックが学校に来ないから、こいつと二人のことも多かったんだよな」
別の部員の先輩の名前を出され、そういえばと思う。
十名程度のクラブで、特に活動日が決まっているわけではないので、日によって部室に来る生徒はまちまちなのだけれど、この二ヶ月ほど在籍していて、大抵会うのはこの三人ともう一人の先輩だった。
「実は、叔父君が乗っていた船の残骸が、先日見つかったようだから…酷い嵐で船は大破して船員は見つかっていないそうだけど、彼の家でも対処していると聞いたよ」
軽い話題として出ただろう名前に、ベアリング卿が言い辛そうに眉根を寄せながら答える。
叔父さんが南の海に航海に出ているという話は、前に聞いていたけれど。
まさかそれが、ついこの間話題になっていた、新大陸の発見を目指した探検船が嵐で沈んだらしいという出来事のことだとは、思っていなかった。
「それは、まあ、仕方ないな…」
多分、誰もが思っていた以上の重い空気になってしまい、何も言えなくなってしまって場の温度が下がる。
疫病の話の時にも、こんな風に感じたことがあったけれど。
現代と違うことが新鮮に思えることも多い反面、大勢の命があまりに簡単に左右されるような状況に、私自身もその例外ではないのだろうと、漠然とした不安を覚えてしまう。
「おい、なんて空気にするんだよ、ベアリング!ここまでお通夜みたいになったじゃないか!」
「悪かった。彼の名誉のためにと思ったんだけれど、逆に余計だったね…ハーヴェイ嬢も、すまない」
ブラックジョークが過ぎるツッコミと、真面目すぎるベアリング卿の返答、もうこれ以上はどうにも中途半端な空気になってしまって。
この日はそれで、解散するような流れになった。




