8. 厄災の足音
年が明けて冬学期が始まり、冬季休暇と同じように、生徒たちは徐々に実家から寄宿学校に戻ってくる。
私は依梨の時の感覚で授業を休むのが落ち着かないので、休暇が終わる日に寄宿舎に戻ったけれど、早めに休みに入ったケイトは私より一日前、アミは授業が始まってからこちらに帰ってきた。
「やっぱりこっちは寒いわねー」
移動教室からの帰り道。
数日前まで、ここより暖かい西方の田舎に帰っていたアミが、白い息を吐きながら言う。
私にとってはハーヴェイ領よりマシなはずだけれど、校舎移動や体育などで外を歩くことが多い分、寄宿学校の方が寒い気がする。
「外の移動が寒いわよね、教室はまだ暖かいんだけど」
その上、寄宿舎からの行き帰り以外はコートやマフラーの着用が禁止されているので、この頃は教室移動以外でほとんど外に生徒は見られない。
そのせいか、学内はより一層閉鎖的で。
けれども逆に、クラスの中では少しずつ他に話をする人も増えてきた。
「ねえ、あなたたちの領地でも何か聞いていない?」
教室に戻ると、一学年上の令嬢たちが私たちに気付いて声をかけてくる。
何の話ですかと聞き返すケイトに、聞いた話だけどと少しだけ声を落として話す。
「東方の国々で、疫病が流行っているそうなの。まだ、近隣国は大丈夫なようだけど、少しずつこちら側に広がってきているという噂があって…」
初めて聞く類の噂に、驚いて息を飲む。
私の知っている世界でないとはわかっていても、中世ヨーロッパ的な世界観の疫病なんて聞くと、どうしても嫌なイメージしかない――詳しく覚えていないけれど、一国壊滅するほどの流行もあったような。
これが自分の現実と理解していたはずなのに、戦争も飢饉もない平和な日常に、人智を超えるシリアスな状況が起こるなんて考えもしなかった。
アミと目を合わせて首を横に振るけれど、ケイトは視線を落として少し考え込んでから口を開く。
「疫病の話自体が小耳に挟んだくらいで、こちらに広がってきているとまでは…」
私には全くの寝耳に水だったけれど、ケイトの家の領地は南東部なので、入ってくる情報も違うらしい。
「そうよね…まだ他の方からは聞かないから、私の心配し過ぎならいいの。ごめんなさいね」
けれど彼女の求めている情報まではないようで、三人とも気にしないでねと謝って、そのまま席に戻っていった。
「ああ、疫病の話は本当らしいな」
休暇に会った時に、次会う日として約束していた日。
外で待ち合わせるのは寒いだろうからと、放課後にセオがEクラスの校舎まで来てくれていた。
放課後には玄関ホールの暖炉の火も消されるせいで、ほとんどの生徒は既にクラブ棟や寄宿舎に向かっていて、校舎内には人気はない。
ケイトやアミも、先に寄宿舎に戻っていると帰ってしまった。
「セオも知ってるのね、もう広がっている話なの?」
先輩には気にしないでと言われたけれど、あれからなんとなく気になっていて。数週間振りに会ったセオに聞いてみると、彼もその話は知っているらしい。
「いや、俺は南方の国の大叔母様が連絡をくれて、聞いただけ。極東の方で流行ってるらしいってだけだけど」
セオの家系は古くからある家柄のせいで、この国だけでなく各国に親戚がいるようで。各地の親戚から情報が集まるので、私が全く知らない情報も入ってくるようだった。
「そうなの…広がってるって聞いたから、心配しちゃったわ」
極東といえば、この世界の地図上でも、この国の全土の何十倍も遠く離れた東の端の方のことで。差し迫る危機ではなさそうで、一息吐く。
「そこまでではないと思う。まあ、わかったところで疫病を止める手立てもないけどな」
けれども、セオが諦めたように言った言葉に、感染症の予防なんて近代でもほとんどできていなかったことを思い出す。
人の移動を止めるとか、手洗いうがいをするとか、マスクをするとか――そもそもマスクなんてあるのだろうか、仮面くらいしか見たことがない――といった対策しか思い浮かばない。
医療もまだ未熟なようだから、薬も当然まだ発達していないだろうし。
自分の周囲くらいは、お願いすれば、そういった予防でもやってはくれるかもしれないけれど。
私にはファンタジー小説のように、学校や領地、王国に対しての影響力はないから、流行すれば確かに止められないのかもしれない。
「そんな深刻な顔するなって…広がってるとまでは聞いてないし、今から心配しても仕方ないだろ」
なにせ、イライザとして生活してから私自身は怪我も病気もせずだったので。
自分や自分の周りの人に何かあったらと思うと、専門家でもないにせよ、何か私にできることがないのかと、つい考え込んでしまった。
ただ、今考えたところで良案が簡単に思い浮かぶわけではないし。
「そうね、ごめんなさい」
セオが困っているのがわかるので、この話は一旦脇に置いておくことにする。
「その件は、また何か聞いたら教えるからさ。それより、どこのクラブ入るのかは決めたのか?」
急に、一気に身近な話をされた。
けれど、実際その話題はその話題で、考えることも、セオに話したいこともたくさんあった。
「いくつかは見学したんだけど、まだ決まってなくて…セオは?スポーツにするの?」
寄宿学校にも、クラブ活動というものがある。
入学当初は学校に慣れることを優先して、入部も勧誘も禁止とされているのだけれど、1年生の冬学期以降からは解禁されることになっていて。
クラスは固定なこともあり、クラス以外のコネクションを作る上でクラブ活動は重要な選択の一つのようで、ほとんどの生徒がどこかのクラブに所属しているらしい。
生徒会だけは、各クラス4年生から先生の推薦と聞いているけれど、それ以外は自分で入るクラブを決めることができる。
ところが、クラブにも学生の特色が強く出ていて、貴族や豪商なら芸術やスポーツ、学者や官僚志望なら学術研究や弁論などの文系競技、騎士団志望なら格闘技や馬術、といったイメージがついてしまっている。
だから入るクラブによって、仲良くなれる人の層が全く変わってしまうのだった。
なので。
自分の将来像が、両親の望むような良家の男性との結婚なら、貴族令嬢との横の繋がりあるいは女子力を狙うか、逆に貴族男性の多そうなスポーツ系を狙いに行くとか――同性受けは悪いとは思うけれど。
王宮勤めや今はまだ少ない女性官僚を狙うなら、政治経済や法律研究に進むとか。
観劇や文芸のような、自分の趣味に走る生徒ももちろんいるようだけれど。どの選択が正しいのか、決めかねていた。
「俺はリアムに無理やり引っ張られて馬術部に入ったけど、騎士団志望よりは、趣味ってヤツも多くて楽しいよ」
セオは割となんでもそつ無くこなすタイプだけれど、てっきり球技系のクラブに入ると思っていたので、馬術部というのは意外に思う。
というか、セオのことを無理やり引っ張っていく方がいる、というのも意外なのだけれど。
「…クラスのお友達の方、だったかしら?」
「そうそう、遠縁の親戚で年に何回かは会ってたから、クラスだけの関係じゃないけどな」
この前会った時に、クラスの話になって聞いた名前だったような。
誰だっけと聞くのは忍びなくて、知っていたかのように聞き返すと、その記憶で正しかったらしい。
本当に親戚の多い家系で、しかも親戚間の関わりを持ち続けているのだから、すごいと思う。
「そっか、セオが楽しいなら良かった。私もやっぱり興味あるところにしようかな…」




