Episode46 第七夜 - 救いは希望の峰に
剣戟はぶつかるごとに砕け散った。
その都度、次の一本、また一本を用意する。
お互いにそれの繰り返しだ。
一本砕けるごとに次の一手を最速で追求し、互いに精度は脆くなった。
届け。届け。届け届け届け……!
神域の速さで動く2人の男。
どちらも引けを取らない。
同じ力、同じ剣技、同じ魔力を持つ世界最強の戦いが幻影の荒野を鳴動させた。
心拍数が上がる。
一定の律動で響く錬鉄の甲高い音。
もはやこの2人の戦いは、ヒトの尺度では観測できない域に達していた。
「――――」
「――――ッ!」
両者に言葉など無用。
剣を打ち込めば、互いに意志は通じる。
相手は絶対に引かない、その信念があることは十分に解っていた。
ロアはリズムを乱して、ロストの剣を躱すと、足で刀身を踏み押さえた。
そして双剣の両端を繋ぎ合わせると、赤黒い槍を完成させて、隙だらけになったロストの胴に向けてその槍を突いた。
ロストは得物を放し、上体を反らした。
寸前で槍の突きを躱す――。
直後、ロアは槍を振り回し、その切っ先でロストを斬りつけた。
ロストはそれを素手で掴む。
手からドス黒い血が盛大に吹き出た。
「……!?」
困惑した表情を浮かべるロア。
ロストはその隙に、ロアの顔面に蛇のようにしなやかなパンチをお見舞いした。
「肉を切らせて顔を殴る――ってな!」
「ぐっ……」
ロストにとって戦闘に高潔さなど無用。
泥沼を這いずった男だからこそ知る、制約のない自由な戦い方がある。
一方、ロアはそんなものは知らない。
常に教えられた型通りに戦い、手順を踏まえ、確実にターゲットを仕留める機械兵器のような戦術をしてきた。
無論、その方が成功率は高い。
ロアもそう理解していたし、型破りな戦いが運よく好機を掴むことはあれど、それは運でしかなく、繰り返せば大失敗に至ると知っていた。
だが、なぜかロストはそれを成功させるのだ。
それが泥臭い世界を生き抜いた者の強さだ。
「やっぱり違う……。2人にも差はある」
戦いを見守るリンピアも確信した。
一見、互角の2人だが、担い手が変われば互角では終わらない。
ロアが機械のように、鋼の精神で"守護者"を張り続けてこれたのは、それ以上の実力者がいない絶対王者でいたからだ。
それが今ではどうだろう。
強敵を前に固定の戦術では力が及ばない。
「経験の差だ……」
リンピアは自覚なく呟いた。
互角とはいったものの、冷静に見ているとロアの方が槍術や双剣術、はたまた弓術まで使いこなす武芸者で、戦術の引き出しは多い。
一方、ロストは一刀流の剣しか使わない。
それでなぜロアが引けを取るのか。
戦術を持て余しているわけでもない。
原因はきっと応用力にある。
ロストは強者を出し抜いてきた経験がある。
2人の致命的な差はそこだった。
どん、という衝撃波が砂塵を舞い上げた。
荒野に突風が同心円状に広がった。
それはロストの剣の圧によるものだった。
「………ぁ……」
ロアが弾き飛ばされるも、槍を突き立てて踏ん張った。
「く、そ……」
「お前に一つ、話してなかったことがある」
ロストは剣を強く握りしめて、近づいた。
口調は穏やかだが、その威風が闘志を物語っていた。
「俺も昔、大勢に糾弾されたことがある」
「糾弾……」
「人を戦いに駆り立てる戦犯なんだってよ。王都の闘技場でそう糾弾されて、罵声を浴びせられて心が折れそうになった」
力ある者は畏れられる。
そして、その力は疎まれる。
ロストのような守護者が頂点に居座る限り、世界に平和は訪れることはない。
力は争いの種になる。ゆえに戦犯。
それはロアの主張とも重なった。
「ロアに同じことを言われて思い出したぜ」
「その答えは既に清算した、という意味か?」
「いいや、してない」
「……?」
ロアは槍を引き抜き、構え直した。
今なお、ロストは近づいてくる。
臨戦態勢は解いていない。
「その通りなんだ。その意見は正しい。俺が生き続ける限り、戦いは起こるし、人類救済とは真逆な状態が続く。その矛盾は抱え続ける」
「なら放棄するか? 守護者を辞めるのか」
「違う。それが俺たちの守る"人"なんだ」
「解せない。諦めにしか聞こえない――!」
ロアが踏み込んで槍を振り回した。
ロストは握り締めた剣を振り上げ、片手でその攻撃を往なした。ロアは攻撃を弾かれたのを受けて両手を離し、槍だった武器を双剣に変えて連撃を繰り広げた。
その連撃は敢えなく空を切った。
ロストは眼前から姿を消していた。
「――まぁ聞けよ」
気づくと背後にロストが回り込んでいた。
それだけの動きをしながら呼吸を乱してない。
「要するに人は醜い。ロアの言う通りだ。でも、その醜さと、たまの綺麗さが大事なんだ」
「なんだと?」
「そのアンバランスさで人は怒る。笑う。泣くこともある。人間らしいだろ? それを奪ったら、そこにいるのは此処に転がる屍と一緒だ」
ロストは荒野に転がる骸を眺めた。
この荒野は静かだった。
2人が争いさえしなければ、音一つない無音の荒野が広がっている。斜陽が照り付けても、少し肌寒さすら感じる無味乾燥とした世界。
ある意味、ここは"理想郷"だった。
危険はない。あるのは死者の安寧だけ。
「――なぁ、お前は本当にこれが理想か?」
道楽も嗜好も快楽もすべて切り話した世界。
そこにいる住人は救われたと云えるのか。
【七つ夜の怪異】による世界分断は、確かに人類に安寧と平和をもたらすだろう。だが、その代償はこんな無音な世界だ。
「守護者が憎まれることもある。争いの種にもなる。お前が俺を憎むようにな。でも俺はそんな憎まれ役を買っても、全部飲み干してやる」
「うるさい……」
「それが人間らしいってことだ。今のロアも俺が見てきた中で一番人間らしいぜ」
「うるさい、うるさい、うるさい!」
ロアは珍しく感情が爆発した。
双剣を振り回し、宙に剣を並べて射出して、それでもまだ攻撃の手をやめない。
「俺が、やってきたことは!」
「――――」
乱れた攻撃をかわすことは簡単だった。
ロストはそんなロアを不憫に思った。
「それが唯一の方法だと信じて――」
既にロアは負けを認めていた。
全の救済に焦点を当てて、一番大事な人間そのものを見ていなかった。
「信じてこの怪異に身を置いたんだ!」
だからその叫びは懺悔の言葉だ。
このやり方では人を救えないと気づいた。
人類の守護者、英雄でありたいと願った男は一番そこから遠いところにいた。
俺のせいだ。ロストは後悔して息を吐いた。
ロアを殺戮兵器のように育ててしまった。
人として大事なことを学ばせなかった。
「でも」
今、それを教える最後のチャンス。
幸いにもリンピアが見守ってくれている。
ロストは、ロアが繰り出す双剣の連撃を剣で往なし、振り払った。隙だらけの脇、頸、背部を見やり、そこに狙いを定める。
「俺は戦い続ける。それが誰かの希望になる」
「……っ」
ロストは魔剣を両手で握り、振り抜いた。
その重たい一撃がロアの双剣を硝子細工のように粉々に砕いた。
「挑んでくるやつとは片っ端から戦って、助けたいやつは片っ端から救って、それで恨まれたとしても……それでも頂点を張り続ける!」
間合いを詰め、ロアの剣戟を躱し抜けた。
魔剣がロアの脇腹を貫いた。
その感触がロストの手にも伝わった。
「――それが人に夢を与える英雄のやり方だ」
ロストの救済とは制圧することじゃない。
希望の峰を示すことだ。
道を示し、背中を押す。そんな些細なこと。
だから人は心を動かされてその姿を目に焼きつける。
英雄とはそういう存在でいい。
それが人の心を救うということだ。
「お前もその頂に登ってこい。待ってるぞ」
ロア自身もそうだった。
無限に広がる星空を前に、背中をそっと支える父親の温かい手に安心した。
その大きな存在に胸を打たれ、憧れた。
「そうだな――」
血とともに漏らした呟き。
ロアはいつか向き合わないといけなかった。
自分の弱さと父親の偉大さに。
これが、ロアが探し続けていたモノだ。
「俺はそれを確かめたかったんだ」
ロアはそれだけ答えると力尽きて倒れた。
事実上、初めての敗北。
今まで負けなしだった男は、これまで避けていた父親との戦いに敗れた。
だが同時に、心は満たされた。
長い人生で導き出した"守護者の在り方"が、正しいのか間違っているのか分からず、独りで抱え続けてきた。
間違えていてもいい。
ただ、答え探しをしたかった。
そんな悶々とした日々に決着がついた。
だからもう満足した。
やはりロスト・オルドリッジは強い。
父親がナンバーワンとわかって嬉しかった。
ロアは鈍色の空を眺め、静かに目を閉じた。
「はぁ……」
ロストはそんな息子の最後を見届けた。
経験豊富な彼でも、自分の息子と本気勝負をして、とどめを刺すまでするとは思わなかった。
また一つ、災難なエピソードが増えた。
「……くん! ……ロアくん!」
リンピアが荒野を駆け上がってくる。
かなり距離がある。時間がかかりそうだ。
ロストは横目にそれを見やり、自分の出番はここまでだと気づいた。
これで【七つ夜の怪異】は滅却した。
あと皆が元に戻るかどうかはリンピア次第。
彼女になら任せてもいい気がした。
そろそろ時間も限界だ。
「それじゃ、ロアを頼んだぞ。リンピア」
ロストは歩き去った。
その背中が赤い夕陽に溶けて揺らめく。
役目を終えた英雄の別個体は召喚前の魔力に戻り、霧散して消えた――。
…
戦いを遠くで見守る別の観測者がいた。
その少女は自分が邪魔者だと悟り、かといって逃げれば旧友との約束を破ることになると思い、こうしてなるべく離れたところで見届けた。
「イザイアくん、変わったな……」
ぼやいた言葉は少しの後悔も含まれる。
もし少女がまたリンダ・メイリーというただの女の子に戻れるなら、あの男がただの同級生に戻ってくれるなら、そのとき秘めていた思いは堂々と告げたい。
そんな幻想を思い描いては馬鹿らしくなった。
「ま、どうせ私には無理でしょうけどー」
いずれにしろ、これで全て終わりだ。
ロアは【七つ夜の怪異】で願いを叶えた。
心を満たした。
そんな最良の終焉を迎え、ロアを中枢とした怪異は根底から崩壊する。
怪異に溶け込んだロアも消える。
術者である少女もまた消える運命だ。
既に『無の存在証明』が生んだロストの別個体も消えた。
それが何よりの証拠だ。
怪異終焉の鐘は既に鳴り始めている。
「もし生まれ変われるなら……あ……」
ふと願いを込めて呟いた言葉で思い出した。
事件の元凶にしては意地汚い願いだ。
だが、その元凶に手を差し伸べた人がいた。
"わたしはあなたのことも助ける。リルガちゃんを助けてほしいって思ってる人もいたから"
"わたしは諦めの悪い魔術師だからね"
「信じていいのかな」
怪異の終わりを見届け、現世に未練はない。
ただ、もしこの元凶に世界が同情してくれるなら意地汚くも希望に縋りたい。
それで惨めで悲運な最期も受け入れる。
「ちょこっとだけ……本当にちょこっとだけ期待してサヨナラします。ありがとうございました、リンピアさん」
希望の言葉は些細なものほど効果的だった。
少女は笑顔を彼方に向けて塵のように消えた。
頬を伝う涙一粒が荒野に染み込んだ。




