Episode45 第七夜 - 世界分断の救世種
「どういうことだ……」
ロアの驚嘆の声は、理解した上での動揺だ。
凍りついた能面にはじめて苦悶が浮かんだ。
まさか――。
『無の存在証明』はリンピアの創造をすべて現界させる。だが、この能力にも限界はある。
絵に描き起こせなければ成立しないはずだ。
ゆえに、見ず知らずの人間は創れない。
もしリンピアが「ロスト・オルドリッジ」という人間を空想し、イメージで描いたとしたら、そこに紡ぎ出す創造物は本物ではない。偽物だ。
そこにいるのは本物だった。
ロアもよく知る一番会いたくない相手。
対峙したくなかった心の溝を直視することになった。
その原因を考察するに、
――リンピアはロストに会っていた。
そう帰結する。
接点は、ロア自身との『血の盟約』……。
それ以外に考えられない。
血の盟約は、契約した両者の魔力同調を常設する、良くも悪くも精神同期のパスとなる。
それは肉体干渉以上に負荷がかかる。
相手の過去の憧憬を夢に見ることもある。
習慣、文化、思想にも影響を与えうる。
ましてや、ロアの呪われた魔力性質は『神性』と『虚数』という特異なもの。
それがリンピアの魔力に混ざり合ったとき、ロアの過去へ干渉することも十分考えられた。
こんな形で"最悪"をもたらすとは思いもしなかったが。――おまけに、その最悪の抽出に魔力までごっそり持っていかれた。
およそ半減。
1人分の魔力が2人に分配された。
今のロアはパワーも半減。
呼び出されたロストも本来の半分の力だ。
あんな衛離体のために、均等に弱体化するとは腹立たしい。
「…………っ」
ロアは歯ぎしりを立てた。
憧れ、追いかけ、でも辿り着くための道筋がわからず、最後には憎んだ理想がそこに在る。
「あれから何年経ったか、この子から聞いたよ」
ロストは丘の上の男を睨んで喋りかけた。
隣にいるリンピアを顎で示し、庇うようにその前に歩み出た。
「あの狭間は時間の概念がなかったし、おかげで俺も時間感覚が狂ったからな」
「……時の支配者が。笑わせる」
「ほんとにな。でも、ロアも何も変わってなくてがっかりしたぜ」
不快。ロアの眉がぴくりと動いた。
ロストは真剣な目で今世最大の敵を見据えた。
「俺含めて家族全員殺しておいて、飄々としていられるってのは大した度胸だよ」
「え……!?」
それを聞いて、リンピアが一番驚いた。
殺したというのは語弊がある。
結果、そうなってしまったまでだ。
彼ら家族はロストが現実世界から切り離された時点で、【七つ夜の怪異】に"守護者"という存在ごと抹消された。その結果としての全滅。
だから誰も助けに来れなかった。
ロアだけが【七つ夜の怪異】の掃除屋として使役されていた。
「そのまま消えればよかったものを……」
「はぁ~……酷い息子がいたもんだ」
「……」
事ここにロストが舞い戻れたのは、リンピアの魂が時間転移し、不可能を可能とする『無の存在証明』という力の恩恵。
ロストも、厳密にはまだ亜空間にいる。
ここで息子と対峙しているロストは感覚を共にする別個体なのだ。
だが、それが最後の希望となった。
両者とも互いを睨みながら歩き始めた。
何をすべきかはわかっている。
この2人は互角の力を持っているからこそ、決して分かり合えない対極にいる。
理想を叶えようと這い続けた谷底の勝利者。
役割を最初から与えられた天下の敗北者。
分かり合えるはずがない。
「――俺は気づいたんだ。俺たちの存在は、ただ悲劇を生む負の遺産でしかないってことを」
ロアが一歩、また一歩と丘を降りてくる。
荒野に浮かぶ赤い夕日を背に近づく黒い外套の男は、まるでこの世の終わりを告げる魔王のようだった。
「その遺産とは、神々が遺したものだ」
すなわち、神性魔力を持つ女神の眷属。
「ロア……。お前、怪異に溶け込みすぎてだいぶ毒されたんじゃないか?」
「あいにく毒されている自覚はある。元より【七つ夜の怪異】は女神を憎む少女が生み出した、この世の焼滅機構だ。その機構の一部になれば、少なからず俺の思想にも影響する」
ロアは魔製の剣を握り直した。
身構え、姿勢を落とし、今にも駆り出そうとロストを牽制している。
「だが、それがなんだ? 俺が毒されていようがなかろうが、俺たちが災厄の存在に変わりない。俺たちが生きている限り、必ず――」
ふとロアの姿がぼやけて消えた。
まるで陽炎だった。
ロストは、ロアがするのと同じように魔剣を生成し、構えた。ロアの担う双剣より刃も長くて太い一本の剣だ。
ぶわりと風圧が砂塵を舞い上げる。
直後、甲高い音が荒野に響いた。
「必ずどこかで敗者が出る。そうだろう?」
「……っ」
ロストはその重たい一撃を一刀で受け止めた。
ぎりぎりと鬩ぐ剣を跨ぎ、両者は睨み合う。
「そんな悲劇を巻き散らすロスト・オルドリッジなる名前は"汚名"だ。名前をもたない英雄は、そのまま無名で引っ込んでいればよかったんだ」
お互い剣を力強く弾き、間合いを取る。
ロストは着地すると、しゃがむくらい足を曲げて、そのまま剣を下段に構えて荒野を直進した。
一瞬で肉迫し、得意とする連撃を放つ。
ロアもその連撃を容易く受け流した。
目に追えない異次元の戦いに、リンピアは瞬きすることさえ忘れていた。
最後の剣撃を流されたロストは、生成した剣を解除して素手になり、ロアの顔へハイキックをかました。
ロアはその無防備な足を切断せんと剣を振る。
だが、ロストは足を素早く引っ込めた。
それが狙いだとばかりに掌底で魔製の剣を粉々に打ち砕いた。
砕けた硝子細工のような得物を見て、ロアは焦りの顔を浮かべた。その隙にロストは得意の格闘術で人体の急所とされる胴に連打を打ち込んだ。
ロアが後方へ滑り、踏ん張って動きを止めた。
苦い顔を浮かべて父親を睨む。
「ほら、どうした?」
「…………」
「ぬるま湯に浸かって鈍ったのか。ん?」
ロストは手招きして煽っている。
そのふざけた態度にロアは苛立ちを覚えた。
「お前こそ今さら何しに来た? 父親として説教を垂れにきたなら無駄だ。俺は『守護者』として正しいことをしている。その自負がある」
「へぇ。ロアの思う正しさってなんだよ?」
「世界分割による人類の救済だ。強弱も優劣も上下も切り分ける。住む世界を分断すれば争いは起こらない。皆、平等に守護される世界。【七つ夜の怪異】はその采配にちょうどいい」
勝者と敗者。
優れた者と劣った者。
それぞれ垣根をつくれば、接点がなくなる。
魔法の有る世界と、無い世界。
亜人種の棲む世界と、存在しない世界。
そんな平坦な世界がロアの考える理想だというのか。
「……お前が行き着きそうな答えだな」
「守護者として必然の結論だ。だが、その守護者こそが一番の元凶だ。頂点があれば誰かがそこを目指す。そして争う」
ロアの周囲に瘴気が漂っていた。
黒みの増した赤黒い魔力が渦巻いている。
力を溜めているようだ。
「人は醜い。妬み、嫉み、我こそはと最上の幸福を求めて、その欲望に際限がない。その原因は自身より上の存在に目が触れてしまうからだ」
「そうだな。俺もそんな奴らはごまんと見た」
「守護者は棲み分けできない絶対の頂点。それが不死魔族として生き残ってるこの世界は酷く歪だよ。早く消え去るべきだ」
――リンピアは、はっとなった。
ロアが自死を望む理由は、怪異の滅却のためだけではなかったようだ。
ロアの考えは自己否定の極致だ。
その極論の原因は、彼の生い立ちにある。
説得なんて生温いことではその心は救えない。
いったいどうすれば……。
リンピアは不安の色を顔に浮かべてロストに一瞥くれた。ロストは何一つ動じずに自分の息子と対峙していた。
「――それがお前の答えか?」
「そうだ。だから邪魔をするな」
「いいや。全力で妨害してやる」
ロストは今一度、剣を生成した。
荒れた大地を踏みしめて、決して沈むことない虚構の夕陽に向かって言葉を返した。
「は……俺の道理に勝てる理屈があるか?」
「理屈なんかじゃねぇよ。ロアが守護者を潰したいってことは、一番の標的は俺だ。大義を引っ提げて俺に挑むってんなら全力で来い。真っ向から叩きのめしてやるよ」
「くっ……」
ロアも憎々しげに父親を睨む。
憎しみ続けた理想を目の当たりにした。
「こんな男に世界は救えない。偽善者め」
「そんなことは言われ慣れた」
「わかっていてそのザマとは質が悪い!」
ロアが踏み込む。
宙に生成した剣を並べ、一斉に放った。
荒野に怒涛の勢いで剣が突き刺さっていく。
まるで対人に戦争をしかける破壊力だ。
ロストもそれに対抗して空中に魔製の剣を並べ立て、その赤黒い雹を迎撃した。
射出された剣戟の数々は、宙で命中すると硝子のように砕け、霧散するように消えた。
耳を劈く音が荒野にこだまする。
ロストは取りこぼした魔製の剣弾を、右手に構えた剣で振り払い、ロアに警告した。
「どっちにしろお前を斃す以外に怪異が滅却できない。なら、やることはただ一つだよ――」
「理想を騙る英雄はここで潰えろ――!」
両者が同時に肉迫した。
相当の距離があったのに一瞬で距離をつめた。
衝撃派がびりびりと大地を揺らす。
世界が裂けそうだ。
……いずれ、ロアは斃さなければならない。
その役目をリンピアはロストに任せた。
ロアを満足させるためだった。
だが、その親子2人がこうして世界の命運を決める戦いで対立する様子は悲しいものだった。
ロアはきっと助けられる。いや、助ける。
その為にも戦いから目を背けてはいけない。
衝撃で皮膚が爛れそうになっても、風圧で目が掠れても見届けなければならない。
リンピアは祈るようにその戦いを見守った。




