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Episode37 第五夜 - 真相


 もしかしたら自分は、死んだという感覚を生きながら経験した、初めての人間かもしれない。

 リンピアが中庭で死んだとき、リンピアは屋敷探索を進めていた。


「う……」


 心臓を一突きにされた感覚が吐き気を催す。

 覚悟はしていた。

 今まで『無の存在証明』で描いたモノはすべて本物を創り出してきた。では人間一人を描いたとき、出来上がった人間はどういう個人として形成されるのか――。


 抜け殻なのか、魂や記憶も共有するのか。

 答えは後者だ。

 肉体のみならず、魂や記憶を引き継ぎ、現存するオリジナルと感覚を共有する個体(サテライト)が完成する。



 ――中庭でスキルワードに殺された。

 その経験はオリジナルのリンピアも共有した。

 それで検証終了。


 こんなことは他人では試せないのでリンピアは自分自身で検証した。

 あるいは、あの精度で人間一人創るには、オリジナルの経験や性格を知り尽くしてないと成立しないのかもしれない。

 その意味では自分が一番の実験材料だった。


 今頃、中庭では種も明かされて混乱中かもしれない。

 マジックショーさながら登場してもいいが、まだ屋敷でやることがある。



「絶対、この中にヒントがあるはず……」


 屋敷の上階へ向かうと大きな扉を見つけた。

 この扉の先がきっと当主の部屋だ。



 リルガはロストと仲が良かったと言っていた。

 ロアに対する固執と、ネタばらしの後に用意した舞台がこの屋敷だという事実。

 この家はきっと彼らと無関係じゃない。

 おそらくここがオルドリッジの家敷なのだ。


 お泊り会の日、リルガが「魔術に関心がある」と言って、本棚から抜き出した本はオルドリッジの銘が刻まれていた。


 著者、イザイア・オルドリッジ。

 時間魔法に関する本。

 あれがリルガの落としたパンくずの一つなら、イザイアという人間も、ロスト、ロアと続くオルドリッジの系譜に関連する誰かのはずなのだ。



 重たい扉を開けて中に入った。


 ――その瞬間、頭に情報が飛び込んできた。

 頬の傷が痛む。ロアの魔力が反応している。


「…………」


 一瞬の反応の後、静まり返る当主の部屋。

 書斎のような膨大な数の本棚がある。


 ここで、七つ夜の怪異と似た儀式が行われた。

 人ひとりを消去し、過去改変を起こす儀式。

 それはイザイアが目指した【時間魔法】の一端を担う予備的実験だ。


 時間魔法に憑りつかれたイザイアという男は、時間跳躍の理論確立のため、過去改変の実験を繰り返していた。それが今、怪異として仕組まれた【七つ夜の怪異】のプロトコルの基本骨子となっている。



 ……すべてはここが起点だった。


 その犠牲者に選ばれたのがロストだ。

 イザイアの息子の一人。

 時間実験の副産物として生み出された【守護者】の力がロスト・オルドリッジを人外に変えた。




 突如、部屋の中にヒトの気配を感じた。


「だ、誰……!?」


 手の震えを抑えつつ、書斎の隅を注視する。

 リンピアは真相を知って怯えていた。

 部屋の隅で、昏い影がひっそりと車椅子に座っている。


 屍人かと思った。でも雰囲気が違う。

 もしかして幽霊だろうか。

 きりきりと車輪を回し、影がリンピアのもとへ近づいてきた。


 "…………"


 その影は何も言わない。やはり幽霊か。

 だが、醸し出す雰囲気に温もりを感じた。

 敵ではないとアピールしているようだ。

 そしてその影は本棚の隅を指さした。


 "…………。……。"


「何かを……教えてくれてるんですか?」 


 影が指さす本棚の隅に、紙の束を乱雑に纏めた冊子が挟まれていた。製本したものではなく、書き殴ったものを紐で束ねたようなものだ。


 リンピアはそれを手に取り、開いた。



 筆跡がひどく、経年劣化で掠れて読めない。

 学生が雑にレポートアップしたような汚い字で綴られていた。


 かろうじて読める単語でも『時間』『五次元』『虚』といった難しい言葉の羅列で、それが何を意味しているかは理解できない。

 時間魔法の実験ノートだろうか。

 最後のページは実地調査でも行ったようで、砂汚れとともに『遺跡』『地検調査』という単語と、何人かの名前が書かれていた。


 ミーシャ・クラ*スウィ**ト


 リ****・メイリー


 イザイア・オルド**ッジ



「これ……!」


 メイリーの姓名に目が留まる。

 慌ててスケッチブックに3人の名を書き写した。

 これがリルガなら、彼女が時間魔法研究にも関わっていたということ。


 リルガがロアに「貴方のお父さんとは仲が良かった」と言った手がかりになるが、なぜイザイアではなく、ロストと仲が良かったと言ったのか。

 ロアにとって、イザイアは祖父ではないのか。

 そこだけモヤモヤした。


 ミーシャという女性の名前も初めて聞いた。



 "…………。……。…………。"


 ノートに夢中なリンピアに、息がかかるほどの距離で車椅子の影が迫り、一緒に覗き込んでいた。


「うわぁ!?」


 びっくりしてリンピアは仰け反った。

 影はにこにこしながら――実際の表情は読めないが、穏やかな雰囲気でリンピアを宥めた。影は自分を指差した後、ノートの中のミーシャの名前を指差した。


「もしかして、あなたがこのミーシャさん?」


 影はこくこくと頷いた。

 随分と人懐っこい……というか愛嬌のある人だ。

 ミーシャは、指の位置をずらして『リ****・メイリー』の名前を指差した。



「リルガちゃんと友達だったんですか……?」


 幽霊のミーシャは、こくりと静かに頷いた。

 気を落としたような仕草から、彼女を憐れんでいるように感じる。

 もしかしたらリルガも、ロストと同じく時間魔法の被害者なのかもしれない。

 ここに幽霊として現れたミーシャも。



 "…………。"


 ミーシャが首をふるふると震わせた。

 こうなってしまったことを嘆くように。


「でも、わたしはリルガちゃんの悪事を止めないといけません。【七つ夜の怪異】のせいでみんな大変なことになりました。わたしの親も友達も、関係のない人たちも……」


 ミーシャは首を強く縦に振った。

 応援すると言ってくれているようだ。



 "……お願いします。2人で見届けてあげて"


 透き通った声が部屋に響き渡った。

 強い思念が声になって届いたようだった。


「見届ける? え?」


 その言い方はまるで、もう終わりに向かっているような言い方ではないか。


 それに「2人で」とはどういう意味だ。

 ロアと2人で終わりを見届けろという意味か?

 話の文脈からはリルガと2人で見届けろという意味にしか聞こえない。


 それなら見届けろとは、誰のことを……。



     ○



 ――禁忌に手を出したか。

 ロアはリンピアの複製個体(サテライト)が魔力のように霧散したのを見届けてから、すくりと立ち上がった。


 人間を創れる人間。

 それは神をも超えた存在だ。

 今回は生者の複製だったが、死人を描けば死者を蘇らせられるということ。



 中庭の方に振り返る。

 無様に芝の上を転げるスキルワードがいた。


「ハハッ……フー、グフゥ、我らが歌姫よ。寵愛をお与えください……この身を捧げます。新たなる高次元世界の神官として私をお召し使いください……ギヒ」


 オズワルド・スキルワードの皮膚は蜥蜴の表皮のようで、爬虫類のような(イボ)が腫瘍みたいに黒く腫れ上がり、所々からそれが破裂して、悪液質を垂れ流している。


 見るに堪えない醜悪さだった。

 それを静かに見下ろすリルガが口を開いた。


「私が貴方を使うことはもう二度と無いわ」

「……ッ! 何故……何故です、我らが女神……歌姫……新世界の選定主……私に寵愛を……」


 リルガは歯軋りした。

 ぎり、という裁定の音を口元で鳴らした。


「貴方をアセッションポイントに連れてくつもりなんかない。貴方は、この時代の贄を集めるのに使っただけ。屍人と同然の駒よ。もうそういうことにした」

「そんな、あんまりダ! なぜです!? お怒りになギャハッ、ギグロロ……」


 スキルワードは徐々に顔が変容し始めた。


 顔面が上下に潰れ始め、口が突き出した。

 腕や足の折れ方は爬虫類のそれに。

 スキルワードは全身と顔面が、ほとんど蜥蜴のようになってしまった。


「グロロロロ……」

「よくもあの子に手を出したわね。許さない」

「…………」


 蜥蜴は歌姫を地べたから見上げていた。

 その視線は羨望か悔恨か、どちらにも見える。

 蜥蜴の破裂した腫脹の傷口から、とめどなく黒い魔力が溢れ出て、燻製のように干からびて、ついには死に絶えた。


 最期は蒸発するように亡骸さえも消えた。

 それが世界に平和的秩序を求めた神父の末路。


 あっけない死に様だった。



「お待たせしたわね」


 何事もなかったようにリルガは顔を上げた。

 ロアは2人のやりとりを見て驚いていた。


「キミは、もしかして最初から――」


 この怪異の首謀はリルガとスキルワードだ。

 シグネも片棒を担いでいる様子だったが、それは誤解で、他の人間より博識なだけだった。


 だが、根本から間違えていた。

 ロア自身も今はじめて気づいた。



「この怪異を終わらせようとしていたのか?」


 【七つ夜の怪】を仕組んだのもリルガだ。

 だが、終わらせようとしたのも彼女だった。


「ええ。最初から目的は一緒だったの」

「なぜそんなことを――――ぐっ……!?」


 ロアは体が張り裂けそうな痛みに晒された。

 頭が破裂しそうで、必死に頭を押さえる。



「それ、前回(・・)も言ってたわね」


 リルガがゆっくり近づいてくる。

 大地が裂けたように視界が割れる。

 ロアは感じたことない苦痛に、姿勢が保てなくなった。


 記憶が溢れ返ってくる。

 ロアの中に抜け落ちていた、20年前、40年前、60年前、80年前、すべての【七つ夜の怪異】の記憶が波のように押し寄せてきた。


 今までの怪異で自身が何をしてきたか。

 80年前、【七つ夜の怪異】の術式そのものに溶け込んでしまった怪異の汚染源がそもそも――



「――俺、だったのか」


 諸悪の根源。それは自分自身だ。



 リルガは朗らかな表情で、うんと頷いた。

 慈悲を与える女神の微笑み。

 先ほどの蜥蜴に向けた冷酷さと正反対の処遇だった。


「ロア・オルドリッジ、貴方に楽園を捧げるわ」


 この世界は閉じていく。

 終わりを迎える。

 犠牲を最小限に抑えながら、これまで一番不幸だった少年に恒久的な祝福を――。



「ちょっと待った」


 中庭を跨いで、外野が忠告を挟んだ。

 ソフィア・ユリネだった。

 銃砲が突き出した四角い鞄を担ぎ、砲身をロアとリルガに向けている。


「リンピアは生きてるぞ。勝手に殺したことにするな。それとだな、色男。ここにきて他の娘に目移りするとは頂けないねぇ」


 ソフィアはスキルワードが死んだのを見て、もうこれで主犯のお縄を頂戴できるものと思って静観を決めていた。

 それがこちら側の主戦力(ロア)が、敵の姫君と対峙してみたらどうだ。何やら結託するような雰囲気で打ち解け合っているではないか。


 結末の方向性はどうあれ黙って見過ごせない。



「知ってるわ。あの子が生きてることはね」

「へぇ、そのわりにはオズワルドを恨んで殺したような口ぶりだったな」

「あれは、そういうことにしたってだけ。いずれあの男は用済みだったから、放っておけば他の屍人みたいに消えていたわ」


 リルガが優位な立場にある。

 余裕そうな口調が耳につき、ソフィアは余計に抗いたくなった。


「まぁなんだっていい。お前さんがこの怪異の発端だっていうなら、ここで撃ち殺せば滅却完了。めでたしめでたしってワケだろう」


 砲身をスライドして魔弾を装填した。

 ソフィアは躊躇なく引き金を引いた。

 魔力の凝集音とともに、高エネルギーの魔砲が解き放たれ、中庭を翔け抜けた。



「―――……!」


 

 ロアが前に出て魔剣を抜き、受け止めた。

 反魔力の性質を持つ魔剣はソフィアの魔弾をあっさりと吸収して、そのすべてを打ち消した。


「な、に……?」


 その刹那、疾風が駆け抜けるようにロアが中庭を走り、ソフィアに肉迫した。そしてソフィアが腰に携えている魔剣『ケアスレイブ』を引き抜くと、流れるような剣捌きで、ソフィアに峰打ちを食らわせた。


「うっ……」


 即効で気絶して、その場で倒れた。

 まさかの味方の裏切り行為を目の当たりにしたソフィアだが、魔除けの護符として持っていた魔剣を奪われてしまった。

 次に目を覚ましたときには、ロアの裏切りどころか、ロア自身のこと、ましてや七つ夜の怪異の存在すら記憶から消えているだろう。


「ありがとう。護ってくれるなんて紳士ね」

「そうじゃない。……ソフィアは事情を知らない。知ったところで複雑だし、納得してもらえる気がしない。だから魔剣ごと返してもらった」



 リルガは上機嫌でロアのもとにすり寄った。

 腕に抱きつくように手を回すと、まるで恋人がするように次の目的地へ促した。


「さ、次の舞台に行きましょ。それで最後」

「……わかった」


 ロアはその手を払い、すたすたと前を歩いた。

 リルガはそれを気にするでもなく、後をついてロアの目指す場所に向かった。




「え、な、なんで!? ロアくん!」


 リンピアがちょうど中庭に着いたときだった。

 ロアの背中が映り、慌てて声をかけた。

 その後ろにはリルガも仲良さそうにくっついて歩いている。


 理解不能な光景に、頭の整理が追い付かず、嫉妬感情がどうとかより、どうしてか血の気が引く思いが先に襲ってきた。


 予想していたからかもしれない。

 ロアがいつか居なくなるんじゃないかって。


「待って、ロアくん!」


 ロアは一瞬立ち止まって少しだけ振り返りそうだった。だが、それだけ。またすぐ歩き出した。


 必死に追いかけようとした。

 だが、突如として中庭に亀裂が入った。

 ロアとリルガが消えていった中庭の先から順に世界が崩壊を始めている。


 これは怪異の一夜が終わるときの反応。

 強制的な幕締めだ。

 第五夜はこれで終わり。リンピアは世界が真っ暗になるまで無力を感じた。



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