Episode36 第五夜 - 楽園
気を取り直して屋敷の探索を――。
リンピアは顔が赤くなっていた。
ロアとイチャついてたのがソフィアに観られたとなっては、今後もこれをネタに職場でいじられるのが目に見えている。
職場環境改善を要求。
いっそのこと、ソフィアが腰に携えた魔剣『ケアスレイブ』を奪い取って、七つ夜の怪異に関する情報を消し去ってしまおうか。
そう考えると、一連のこの怪異由来の記憶消去現象も、便利な副作用に思えた。
「ううん……っ」
雑念を振り払い、リンピアは先陣を切った。
赤面した顔を見せないためでもある。
ブーツには『無の存在証明』の力でローラースケートのような車輪を付け、滑るように走った。
「――怪異を仕組んだのが、あの小娘?」
走りながらソフィアが反応した。
第四夜のネタばらしだ。
第三夜で歌をうたっていた女の子だと伝えると、ソフィアも誰のことかすぐ理解した。
「そうです! 第四夜で吐きました」
「それってアイツじゃないのか?」
ソフィアは急に立ち止まった。
廊下の窓から中庭を指差している。
そこに、リルガ本人がいた。
「ああっ! あんなところにっ」
ふと目が合う。
朗らかにリルガはこちらへ手を振ってきた。
「完全にナメてるな。よしリンピア、その魔砲武装で壁をぶち破いてやれ」
「え……でもこんな綺麗な壁紙なのに」
「バカっ、どうせ全部偽物だろ」
「そ、そうでした」
『魔砲武装』の砲身を壁に向ける――。
"リンピア。君にも頼みたいことがある"
"……怪異の中でだけ発揮する能力だけど"
ふとロストとの約束を思い出した。
それが切り札になるかもしれないと言った。
「ソフィアさん、その前に試したいことがあるんですけど……いいですか?」
「なんだ?」
「あ、待ってください。下がります」
リンピアは窓から離れ、中庭からは死角になる所まで壁際に身を寄せた。ソフィアはその光景を不思議そうに見守っている。
手を翳し、魔力に意識を集中させた。
魔力を絵具のように散らすいつものイメージ。
「わたしも、たまには体張らないとね」
『無の存在証明』とは特性に相応しい名だ。
存在しなくてもいい。空想でもいい。
何でも創り出す。
それがリンピアのお絵描き魔法。
だが、そればかりじゃない。
創り出すモノは、既に存在しているものでもいいのだ。
○
リルガは屋敷を中庭から見上げた。
見慣れた風景。ここで20年ほど過ごした。
……といっても、女神の殻を通して意識に植えついただけで、リルガ自身がこの屋敷に住んでいたわけではないが――。
ここは街の住民から『オルドリッジ邸』と呼ばれ、当時の領主だったイザイア・オルドリッジが住んでいたお屋敷の模倣である。
300有余年も昔の話だ。
イザイア・オルドリッジとは、ロストの父親であり、彼自身の前世でもある。
"時間"に憑りつかれた憐れな男の話だ。
数奇な運命によって、イザイアは自身の息子、名無しへと転生することになる。
それには女神も関与していた。
女神はイザイアを転生させるとき、同時に2人の少女も巻き込んだ。一方は、イザイアの子を産むために使われ、もう一方は、子どもを導く駒として使われた。
少女の名はミーシャ・クライスウィフト。
名無しの母親である。
もう一人の少女の名がリンダ・メイリー。
――この少女こそ、リルガの前身だ。
「はぁ、長かったな」
リルガは呟いた。長い旅もようやく終わり。
何年かかっただろうか。
初めはほんの好奇心だった。
女神の誘いに乗り、20年の人生を奪われた。
奪われたリンダ・メイリーの人生は、別の誰かがまたやり直した。新生リンダ・メイリーはまったく違う名前で、まったく別の人間として世界を冒険して回った。
その少女はやがて結婚もし、子どももつくり、幸福な人生を送った。めでたしめでたし――。
ふざけるな。リルガは唇を咬んだ。
そんな不条理が許されるものか。
リルガは敗北者の楽園をつくろうと思った。
勝者を排斥し、敗者のみが謳歌する世界。
それが【七つ夜の怪異】の原点だ。
造られた楽園は20年しか保たなかった。
リルガが20年分のヒトの生涯しか知らないせいだった。
だから繰り返す必要があった。
20年周期で、その都度トラウマをかかえた敗者の血肉と魔力を触媒に、【七つ夜の怪異】は楽園として再生する。
楽園は不落の要塞だった。
虚構の世界で行われる、現世との別れの儀。
誰にも知られない。探されない。
そんな鉄壁の楽園を作り上げたはずだった。
そう、あの男を取り込むまでは――。
「おや……」
また屋敷の壁の一部が粉々に吹き飛んだ。
粉砕の音が虚構空間に響き渡る。
ロア・オルドリッジが暴れていた。
アレは特別だ。特別な敗北者だ。
生まれながらに名無しが残した功績に劣り、何をも成し遂げられない。恒常的な劣等感に晒され、自身の存在意義を失った男。
歯車のように生き続ける無情の男。
虫を掬い取るように人の命も護れてしまう男。
不死の呪いと守護者の運命に囚われた屍人。
リルガはその男を愛しいと思ってしまった。
あの男のために楽園の扉を閉じるべきだ。
【七つ夜の怪異】はもう幕締め。
――だから、幕を締める誰かを、リルガはずっと待っていた。
中庭の近くでまた屋敷の壁が破壊された。
翼を生やした人間が飛び出た。リンピアだ。
「見つけたよ、リルガちゃん! 覚悟っ!」
「待ってたわ」
リルガは、リンピアの襲撃を歓迎した。
ありがとうと心の中でお礼した。
――思えば、初めからこれだけで……。
優しくて温かい友達さえいれば楽園なんていらなかったのかもしれない。リンピアを見ていると、リルガは、リンダ・メイリーだった頃の自分を思い出す。
でももう遅い。
始めたことは終わらせないといけない。
○
中庭に降り立つと、リルガは笑顔で出迎えた。
後からソフィアも中庭へ着地した。
その余裕綽々な雰囲気に辟易する。
リンピアは引き攣った顔で、とりあえず脅し紛いのことをしてみた。魔砲武装の照準を合わせ、
「色々言いたいことはあるけど、今のところ、こっちの要求は一つよ」
果敢に脅迫的な言葉を並べてみた。
だが、リルガには響かない。
それどころか以前の快活な雰囲気のリルガに戻ったように振舞ってきた。
「えー? なんですか要求って? なんだか怖いですよリンピアさん」
随分とナメた様子だ。
「ふざけないで。今までよく騙したわね」
「いえ、騙してなんかいません。私は私、それだけですよ。真実を話さなかったことは認めますが、嘘をついたことはないです」
リルガは不敵に笑う。
やはり相手の方が精神的優位にいる。
「それで要求ってなんですか? お泊り会をした仲ですし、私に出来ることなら応じますよ」
「……あの黒い穴」
リンピアは頭上を指差した。
空には天を穿つ"黒点"が開門している。
神父曰くアセッションポイントと云うらしい。
「あれを閉じることはできないの? それか、この辺で気が触れそうなくらい充満してる瘴気を散らして」
「それはできません」
リルガはあっさりと断った。
「黒点を閉じれば、また繰り返しになる」
「どういう意味?」
――刹那、また轟音が響いた。粉塵が舞う。
ロアとスキルワードの肉弾戦が激化している。
崩壊した外壁から黒い大トカゲが飛び出した。
オズワルド・スキルワードだ。
爬虫類のように屋根を這っている。
その後を追うようにロアがバク転で屋内から飛び出し、屋根を高速で走った。魔剣を投擲。一本がスキルワードの背に突き刺さった。
トカゲの動きが止まる。
そこにロアが俊足で近づき、回し蹴りで屋根から蹴り落した。
スキルワードは、リンピアたちのいる中庭まで吹き飛ばされ、その巨躯を引きずらせた。
中庭の芝生が剥がれて土くれが刎ねた。
「グルルルル……フシュゥ……フシュゥ……」
生々しい呻り声。獣が蹲っている。
腕があらぬ方向にねじ曲がり、蜥蜴の尻尾もひしゃげている。
スキルワードは酷い有り様だ。
ロアにボコボコにやられたようである。
それもそうだ。スキルワードがどれだけ肉体を再生させようとも、ロアの戦闘技能に到底及ばない。
そんな状態で戦えば、負けることはなくても、延々と殴られるだけのサンドバッグになるだろう。
「グゥウゥウウウ…………ガアアアア!!」
咆哮を上げた。もはや人間とは思えない。
まるで魔物のような醜悪さだ。
首謀であるリルガさえ少し引いていた。
「……まるで憎悪の塊ね。再生を繰り返しすぎて、負の感情が増幅されてるのかもしれない」
「それ大丈夫なの?」
主に、制御という意味で。
予想外の事のように感想を述べるリルガを見て、リンピアも不安になった。
「ガァァアアアアァァァアア!」
その不安が一つ、現実のものとなった。
スキルワードは大きな顎を開き、咆哮を上げ、近くにいるリンピアを標的に襲い掛かってきた。
「え!?」
急な突進に動揺して体が動かない。
「リンピアさん下がって!」
意外にも、忠告したのはリルガだった。
後方でそれまで黙って見届けていたソフィアは、お得意のトランクケースの魔弾を起動させるのにワンテンポ遅れ、援護が間に合わなかった――。
正気を失った蜥蜴のスキルワードは壮絶な速さで中庭を這いずり、リンピアの元へ迫る。
そして大きなかぎ爪を突き出した。
「――――ッ」
心臓を穿たれた。
リンピアの胸元を、かぎ爪が貫いている。
「ぐっ……これは、つら……かはッ……」
リンピアは吐血した。
スキルワードは腕を振り上げ、リンピアの体を戦利品のように翳すと、満足したように投げ捨てた。
――ずしゃりと華奢な体が庭に転がる。
「リンピアさん!」
投げ出されたリンピアの体は動かない。
死んでしまったみたいに動かない。
直後、無数の剣戟が針山のように出現し、スキルワードを串刺しにした。ロアが現れ、磔の蜥蜴を蹴り飛ばす――。
殺気立った様子だ。
ロアはリンピアのもとへすぐ駆け寄った。
中庭に滑り転げたスキルワードは、リルガの足元でちょうど動きが止まった。
「グウゥ……ガッ、ハッ……ハッ……」
蜥蜴の黒い魔力が蒸発していく。
徐々に神父の形に戻り、再生が完了した。
気づいたようにスキルワードは顔を上げ、リルガの視線に気づいた。冷徹な眼を向けられている。
「歌姫……私は、あの混沌の元凶を……」
「………」
「ふ、ふふふ、どうですか? ……私がリンピア・コッコを処分しました。混沌に鉄槌を下し、新たな世界を一歩、秩序に近づけたのです、ははは!」
勝ち誇ったような高笑い。
目は血走っている。
リルガは怒りのあまり、血を垂らすほど唇を噛み締めた。
なんてことをしてくれたのだ。
なんてことを――
ロアが近寄り、その亡骸に触れた。
そこにいるリンピアは既に死んでいる。
心臓を一突き。破裂して心肺停止。絶命。
「…………」
ロアはこれまでにない感情が膨れ上がった。
こんな風に誰かに執着したことがない。
言葉が出ず、ただ儚いモノを掬い上げるようにリンピアの亡骸を抱き上げた。
すると、リンピアの亡骸は霧散して消えた。
魔術が役目を終え、消滅する反応だ。
「まさか、自分自身を描いたのか」
描いたモノは何でも具現化する。
実在の物でも、空想でも、そして命さえも。
彼女は人間も創り出せることも証明した。
そこから先は神域……否、神を超えた力だ。




