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第5話 ふたつの記憶と、ひとつの恋

夜空に次々と大輪の花火が咲き乱れ、その光と音がふたりの上に降り注いでいた。

丘の上に吹き抜ける夜風が、真央の浴衣の裾を優しく揺らす。


「……好きだ。俺と付き合ってほしい」


葵の声は、花火の轟音にも消されることなく、真央の胸の奥深くに真っ直ぐに届いていた。


真央は握りしめられた葵の手を見つめた。大きくて、温かくて、頼もしい手。

脳裏に、これまでの記憶が走馬灯のように駆け巡る。


前世での三十年間。デスクに向かい、タバコの煙を吐き出しながら、男として泥臭く生きていた日々。

そして事故の後、女子として生まれ変わり、鏡に映る自分の姿に絶望し、違和感と葛藤し続けた日々。


(俺は、三十歳の男だった。……だけど、それだけじゃない)


泣いたり笑ったりしながら、この体で、この名前で生きてきた十数年。

男としての誇りと自尊心に固執するあまり、真央は今の自分自身をどこかで否定し続けていたのだ。


だが、そんな真央の頑なな心を解きほぐしてくれたのは、目の前にいる葵だった。

「男っぽい」とか「女っぽい」とかではなく、ただ「新開真央」というひとりの人間を、葵は見つめ、認めてくれた。


(前世の俺も、今の私も、全部まとめて『私』なんだ。そして……私は、この人が好きだ)


真央は深く息を吸い込み、葵の手をギュッと握り返した。


「……葵」


呼ぶ声が少し震えた。真央は葵の大きな瞳を真っ直ぐに見つめ返す。


「俺……ううん、私ね、ずっと自分が嫌いだった。男としての自意識と、この体との間でずっと迷ってて、どっちの自分も受け入れられなくて……ずっと苦しかった」


葵は驚いたように目を見開いたが、口を挟むことなく、真央の言葉を静かに待ってくれた。


「でもね、葵が『真央は真央だ』って言ってくれた時、すごく救われたんだ。この体にならなきゃ葵と出会えなかったし、この体だからこそ、葵の温もりを知ることができた。……私を、私にしてくれたのは葵なんだよ」


胸の中に溜め込んでいた想いを吐き出すと、熱い涙が目頭から溢れ出し、頬を伝った。

真央は照れくさそうに笑いながら、涙を拭った。


「だから……私も葵が好き。男とか女とか関係なく、葵のことが大好きなんだ。私でよかったら……よろしくお願いします」


言い終えると同時に、葵の顔が一気にくしゃりと崩れた。

葵は安堵したように大きな息を吐くと、真央の手を引いて、そのまま優しく抱きしめた。


「っ……よかった……断られたらどうしようかと、マジで心臓止まるかと思った……!」


「うわ、葵、きついって……!」


抱きしめる腕の強さに、葵の真剣さと切なさが込められていた。

葵の胸に顔を埋めながら、真央はそっと両腕を葵の背中に回した。

鼻腔をくすぐる石鹸の香りと体温。もう、そこには何の拒絶も葛藤もなかった。ただただ、愛おしさと幸福感が全身を満たしていく。


葵がゆっくりと身体を離し、真央の濡れた目を指先で優しく拭った。

ふたりの視線が絡み合い、互いの距離が少しずつ縮まっていく。


どーん、と今夜一番大きな花火が打ち上がり、夜空を金色に染め上げたその瞬間に、ふたりの唇がそっと重なった。


柔らかく、ほんのり甘い触感。

それは真央にとって、前世も含めたこれまでの人生で、一番愛おしく満たされた瞬間だった。


---


夏休みが明け、二学期が始まった。


秋の気配が混じりはじめた校庭で、真央は図書室の窓辺に立っていた。

制服のスカートに感じる違和感は、もうほとんどなくなっていた。自分を偽る必要も、無理に意地を張る必要もない。今の真央は、自分のありのままを受け入れている。


「真央ー! 今日の当番、一緒に行こうぜ!」


廊下から元気に呼びかける声が聞こえた。

振り返ると、葵が満面の笑みを浮かべて手を振っている。


「はいはい、今行くよ。……たく、相変わらず騒がしいやつだな」


真央は苦笑しながら鞄を手に取った。

自分の口調がたまに前世の名残で男っぽくなっても、葵は「そういうところも好き」と笑ってくれる。


二人は並んで廊下を歩き出す。

すれ違う生徒たちに気づかれないよう、制服の袖の影で、そっと指と指を絡ませ合いながら。


過去の自分と今の自分、その両方を抱えて。

真央の新しい人生と、初めての恋は、これからも続いていく。


これにて本編終了です

明日はアフターストーリー的なのを投稿しますので最後まで見てくださると幸いです

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