第79話:技術将校ヴァルター
ブウン!……バアンッ!
ブウン!……バアンッ!
ギャアアアアアッ!
ギイイイイイイイッ!
百体の樹木兵と黒枯れに汚染された魔物達がぶつかりあう南の境界地点。
昼過ぎの樹海には魔物達の咆哮と、その魔物達に樹木兵の重い枝がぶつかる音が響き渡っていた。
高台からその光景を見下ろすレンとリィネ。
そのレンの頭に植物の伝言による突然の報告があった。
「後ろから!?」
それは、戦場とは反対側から来る軍勢の気配であった。
「シャノア!大至急後方を確認してくれ!何かが来ている!」
慌てて後ろを振り返るレン。
リィネもそれに続いた。
シャノアは目を凝らし、ピンと耳を立てて音に集中する。
「ニャ!……人間!それも数十人の軍隊ニャ!全身スーツにフルフェイスのマスク、魔導ライフルも持っているニャ!」
「くそっ!なんだってこんな時に!」
後方の森をじっと見つめるレン。
すると、奥から一人の男が歩いてきた。
魔導産業連邦ガルドのヴァルター技術将校である。
右目のモノクルの奥に鋭い眼光を宿す彼は、後ろに手を組み、ゆっくりと歩いてくる。
「レン様!あいつニャ!前に潜入捜査した時に攻撃してきたやつニャ!右手から熱線を放つから気を付けるニャ!」
シャノアはヴァルターとの戦闘を思い出し、左胸を思わず抑えた。
「ありがとうシャノア」
レンは植物の伝言の感度をあげ、周囲の様子を探る。
ヴァルターはレンのいる高台の近くまで歩いてくると、上を見上げ、大きな声で叫ぶ。
「あなたが緑の聖者で間違いありませんか!?お話がしたくまいりました!」
パチン。
レンが片手剣モードの開拓者の万能剪定鋏を打ち鳴らすと、ヴァルターのすぐ脇にある木の枝から、巨大な花が出現した。
「どうも、初めまして。私がレンです。これで大きな声を出さなくても会話ができます。今はとても忙しく、手が離せないのですがご用件は何でしょうか?」
「ありがとうございます。私も声を張り上げるのは少々苦手でして。さて、突然で申し訳ありません。あなたが忙しい時でないとお話できないと思ったものですから。要件は簡単です。私と一緒にガルドまで来ていただけませんか?」
抑揚のない、淡々とした声で話すヴァルター。
「今はそれどころではないのですが……私をガルドに呼び寄せる目的は何ですか?」
「ヴェルゼルの商人、バルトロ様からのご依頼でして。聖者様のお力を少しお借りしたいと。そのあかつきには、住む場所として豪邸を用意し、食事として好きなものを好きなだけお召し上がりいただけるようにすると申しております。さらにはお好きな数だけ女性も用意するとまで。悪い条件ではないと思いますが……」
ヴァルターは親指と人差し指で右目のモノクルをクイと直す。
「レン様!そんなの嘘ニャ!バルトロがそんなお人よしなわけないのニャ!」
「おや?その声は……あの時のキャット・ピクシーですね?やはり緑の聖者の配下でしたか」
スピーカーから聞こえる声に反応するヴァルター。
後ろに組んだ手で、隠れている味方に周辺捜索の合図を出す。
レンは努めて冷静に言葉を続けた。
「その節は、私の部下が失礼しました。私としても情報がほしかったもので。ところで、あなたのお名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「おっと、これは失礼しました。私は、魔導産業連邦ガルドの技術将校、ヴァルターと申します。以後、お見知りおきを。さて、お返事をお聞かせ願えますでしょうか?」
「ええ、とても魅力的な条件だと思います。しかし、今はそれを考えている余裕がありません。お返事は後日、という事ではいかがでしょうか?」
それはレンなりの交渉術であった。
ヴァルターの話にのってガルドに行く気などさらさらなかったが、争うつもりもなかったのである。
「それは申し訳ありません。しかし、バルトロ様は大変お急ぎのようでして。今まで二回ほどお邪魔したのですが、二回とも追い返されてしまったと……」
「ヴァルターさん、それは誤解ですよ。一回目はアポイント無しの夜襲、二回目は待ち伏せしてのだまし討ちでしたから」
「そうだったのですか。バルトロ様はまた随分と失礼なことをされたのですね。では、どのようにしたら私と一緒に来てもらえますかな?」
ガサガサガサ……ガサガサ……ガサ……
ヴァルターは少し間を置き、部下からの合図である茂みの葉を揺らす音を確認した。
五十人の部下がレンたち一同の居場所を全て特定し、彼が指を鳴らせば一斉に攻撃する段取りである。
「……そうですね。まずはあなた方に敵意がない事を証明していただけますか?」
ヴァルターは両手を前に出し、その手のひらを上に見せる。
「これでどうですか?私は武器を持っていません」
「ヴァルターさん、私の言葉は聞こえておりますか?あなた方、と申したのですが……」
ヴァルターの脇から汗が流れ落ちる。
「それは、どういう意味でしょうか?」
数秒の沈黙が訪れた。
「―――どうやら、ここまでですね」
レンは小さな声でぼそりと呟くと、片手剣を逆手に持ち替え、高台の床に刺した。
ズドオオオオオッ!
その直後、森に隠れていたヴァルターの部下達の足元、近くの木や草などから一斉に大きな蔓が出現し、一瞬にして彼らの手足を拘束する。
「ぐああっ!」
「聞いてないぞ!地面以外からも出てくるなんて」
「くそ!放せ!」
彼らは何もできず、体を拘束されたまま地面に横たわるしかなかった。
さらに、蔓がグルグルとフルフェイスのマスクに巻き付き、それを剥ぎ取る。
「ん?なんだ?これは……まさか……」
彼らが気が付いた時には既に遅かった。
その周辺には巨大なキノコが生え、傘から淡い紫色の煙がモクモクと立ち上っている。
「あれ?ここはどこだ?」
「あ……からだ……しびれ……」
「……」
彼らは神経毒の霧の魔法により体が痺れ、記憶を失っていった。
「な、何故わかった!?完璧に隠れていたのに!」
ヴァルターは手を後ろに組み、ゆっくりと後ずさりした。
「何故も何も……私は緑の聖者ですよ。この森の中で私にわからないことなど何一つありませんよ」
カチリ。
ヴァルターは魔導義肢の手首から先をこっそりと外した。
「くらえ!」
彼は後ろにあった右手を前に出し、レンの方に向けて熱線を放つ。
シュバババババッ!!
ほぼ同時に、レンは大樹の盾を二重三重にして出現させていた。
ジュウウウウウウウウウゥゥッ!!
盾が熱線に焼かれ、黒く焦げていく。
シュバババババッ!!
ジュウウウウウウウウウゥゥッ!!
「くそお!」
ヴァルターの義手はオーバーヒートを起こし、熱線が止まった。
レンはその瞬間を見逃さなかった。
ヒュッ!
ヴァルターは大きな蔓に胴をグルグル巻きにされ、レンのいる高台、地上から十メートルはあるであろう高さまで持ち上げられた。
「ヒイッ!何する気だ!俺を殺したらガルドが黙ってないぞ!」
「両手を上げて少しじっとしててもらえますか?本当に死にますよ?」
ガタガタと震えながらおとなしく両手を上げるヴァルター。
「リィネさん、お願いします」
「はい……」
リィネはヴァルターに向かって弓を構える。
時間をかけて魔力をゆっくりと矢に流し込んでいく。
「や、やめろ!何でもするから!命だけは!」
ビュウゥンッ!
「ヒイイイッ!!」
目をつぶるヴァルター。
……バガアァンッ!
リィネはヴァルターの魔導義肢を正確に撃ち抜いた。
ヴァルターのズボンはびっしょりと濡れ、ポタポタと黄色い雫が垂れている。
「ヴァルターさん、前に来た遊撃隊の隊長さんにお伝えしたはずです。次にきたらさらなる恐怖を味わってもらうか、容赦なく命を奪うと……」
「ま、ままま、待ってくれ……」
空中でバタバタともがくヴァルター。
「魔力が探知できるというそのモノクルで……私をよく、見てもらえますか?」
「へ?」
言われてレンの全身を見るヴァルター。
ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
レンは一瞬だけ、右手から魔力を一気に放出した。
パァンッ!!
ヴァルターのモノクルが勢いよく割れた。
魔力量を感知し、映し出す回路が処理できる量を完全に超えてしまったのである。
「そ、そんなバカな!!そんなこと、あるはずが!!目が!目があぁ!」
右目を抑えるヴァルター。
彼は見てしまったのだ。
レンの持つ無尽蔵の魔力の量を。
それは、一般の人間では到底想像もできない、その事実を受け入れることなどとてもできない、膨大な量の魔力であった。
「シャノア!お借りしたものを返すかい?」
「もちろんニャ!」
シャノアはレンたちのいる高台までピョンピョンと降りてくる。
「ヴァルター!こっちニャ!」
蔓によって持ち上げられているヴァルターに向かい、彼女はピョンと軽やかに跳躍した。
ジャキン!
空中を舞うシャノア。
普段はしまってあるナイフのような鋭い爪を出した。
「へ?」
ヴァルターは顔から手を降ろし、自分に向かって跳んでくるシャノアを見上げる。
「三日月の刃ッ!」
シャノアの爪が三日月の弧を描くように振り下ろされる。
ズシャアアァ!
「……ぐわああああああぁ!目……目がああああ!」
シャノアの刃がヴァルターの左目の上から顎の下までを一気に切り裂いた。
傷口からはドロドロと血が流れ落ちる。
「さて、ヴァルターさん、もうお帰りいただけますか?」
「はあっ……はあっ……!わ、わかった。撤退する!約束だ!」
「私が本気になったらこんなもんじゃないことは……わかりますよね?」
「は、はい!」
「あなたの連れてきた五十人の部下達は一時的に痺れ、最近の記憶を失わせています。彼らを連れてさっさとお帰りください」
そういうとレンはゆっくりとヴァルターを下ろしていき、約二メートルほどの高さから投げ捨てるように落とした。
ドスン!
「ぐわあ!……うぐ……」
ヴァルターは目と顔に負った傷、落下の痛みに耐え、ゆっくりと立ち上がる。
「て、撤退だ!全軍撤退!!」
そう言って仲間達を呼び寄せ、両手で顔を抑えふらふらになりながら戻っていくのであった。
レンの元へ高台を駆け上るシャノア。
「レン様!ありがとうニャ!すっきりしたのニャ!」
「どういたしまして。さて、本戦に戻ろうか」
レンたちの不意を突いてきたガルド軍の技術将校ヴァルター。
しかし、レンの方が一枚も二枚も上手であった。
南側では樹木兵が黒枯れの魔物達を相手に善戦しているが、その奥から恐ろしい魔物がヒタリヒタリと迫ってきているのであった。




