第77話:黒枯れの狂跳竜
ズズズズズズズズズズズズ……
昼前の樹海、南の境界地点。
空は分厚い雲に覆われ、森全体が薄暗く、湿った空気が漂っている。
吹いてくる風には黒枯れの匂いが混ざっていた。
レンとリィネは虎口正面の高台、シャノアは高木の樹上、ガストとフォレスト・オークの若者たちは虎口から出た通路の先、それぞれの持ち場についていた。
先ほどから地鳴りが鳴り響き、数千もの魔物の大群が近づいていることが嫌でも実感させられる。
レンは開拓者の万能剪定鋏を片手剣モードにし、落ちつきを取り戻すようにパチンパチンと鳴らしていた。
「シャノア、どう?あとどれくらい?」
「あ……あともう少し……五分くらいニャ……」
ゴクリと唾を飲むシャノア。
彼女の目にはただの魔物の群れではなく、森の少し先から迫りくる、視界一面を覆いつくす真っ黒な津波が映っていた。
あまりの恐怖に身震いが止まらない。
「ものすごい数なのニャ……」
レンは首元のスカーフを締め直し、営業モードのスイッチを入れた。
「みんな!もうすぐです!全力で迎え撃ちます!僕の目の前で誰一人死なせやしません!笑って明日を迎えましょう!」
「はい!」「はいニャ!」「王の仰せのままに!」
リィネの疾風の茨弓を握りしめる手に力が入る。
ガストとオークの若者たちも呼吸を整えている。
ズズズズズズズズズズズズ……
少しずつ地鳴りの音が大きくなってくる。
ギイヤアア……
ガアアオオォ……
森の奥から魔物の咆哮が聞こえてくる。
レンは剣を眼下に向けて構えた。
奥の森の木々が右に左に大きく揺れ動く。
ギィィィィギャァァァァッ!!
グルルアアアアアァァアッ!!
「来ました!戦闘開始!!」
森の中から顔を出したのは黒枯れの狂跳竜であった。
体長二メートル程度、二本足で走ってくる恐竜のようなトカゲのようなその生き物は、見るからに強靭な足、鋭い爪を持っている。
木々の隙間から一匹、二匹、三匹、四匹、五匹と次々と飛び出してレンたちに向かって一直線に突っ込んできた。
森の奥からは絶え間なくラプトルが飛び出してくる。
「よし、こないだのアリの時と同じだ!いくぞ―――紅蓮の枯葉ッ!」
ヒュンッ!
レンは彼らを虎口中央までしっかりと引き付け、勢いよく上から下に剣を振り下ろした。
ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
ギャアッ……
グギィ……
一部のラプトルは弾け飛び、一部のラプトルは瀕死になって横たわる。
次の瞬間。
「はあっ!!」
ビュウゥンッ!……バァン!
リィネの矢が瀕死のラプトルにとどめを刺した。
女王アリとの戦いの時のような迷いは彼女の中にもう無かった。
「いいよ!リィネさん!その調子」
ヒュンッ!……ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
ビュウゥンッ!……バァン!
お決まりのルーチンワークのように迫りくるラプトルを排除していく二人。
虎口の出口付近に弾き飛ばされたラプトルが出口の通路に入っていく。
「ガスト!そっちに一匹行ったのニャ!」
「了解!お前ら出番だぞ!」
「おう!!」
ガストたちも前回のアリとの戦い同様、三交代で攻撃を繰り返していく。
「思っていた通り多いな!けど準備はバッチリだ!」
ヒュンッ!……ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
その時、数匹のラプトルが大地をドンと蹴り、高くジャンプした。
レンとリィネに頭上から襲い掛かる。
「種子弾・紅蓮の枯葉!」
「はあっ!!」
レンは宙を跳ぶラプトルに剣先を向ける。
ズドドドドドドドドドド!……ババババアアンッ!!
ビュウゥンッ!……バァン!
空中のラプトルに弾が次々と着弾し、爆発が起きる。
リィネの弓も空中のラプトルを正確に射貫いていく。
「レン様!ラプトルに混じってオオカミやイタチ、ゲジゲジなんかも次々きているニャ!ますます数が増えているのニャ!」
「わかった!ありがとう!」
ヒュンッ!……ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
ビュウゥンッ!……バァン!
「そろそろ、一旦休憩を兼ねて作戦変更!自動迎撃を使います!―――境界の茨・捕食草ッ!」
ヒュッ!
レンは眼下の魔物達の足元に向けて剣を振り下ろす。
ズゴオオオオオオオオッ!
すると、門からレンたちに向かって茨の壁が立ち上がる。
それは魔物数匹が通れる幅の通路を形成し、ジグザグの迷路状になった。
そして、その茨の壁には数メートルもある巨大なハエトリソウのような食虫植物がびっしりと生え、次々と近くの魔物を呑み込んでいく。
ギャア……
ギイイ……
巨大な食虫植物はラプトルだろうがゲジゲジだろうがお構いなしに捕食する。
「レン様、これは……」
「そう、リィネさんのアイデアだよ。あの時は『やりすぎだ』なんて言ってごめんね」
「レン様、さすがですね。魔物を食べる植物など初めて見ました……っ!」
レンたちが話をしている間にも、高い跳躍で壁を飛び越え、レンたちにラプトルが迫る。
ズドドドドドドドドドド!……ババババアアンッ!!
落ち着いて迎撃するレン。
「レン様!敵の数が多すぎるニャ!迎撃が間に合っていないのニャ!」
レンが眼下を見下ろすと、魔物達が茨の壁を押し込み始めていた。
ギイイイイイイイイイイイイイッ!!
ギシャアアアアアアアアアアアアッ!!
黒枯れに汚染された魔物達が次々と壁に突っ込んでいく。
メキメキメキ……ズウゥゥン!
「くっ……こいつら……」
防衛システムというのは大概が一か所破られると脆いものである。
レンの作り上げた捕食草の壁が次々と倒されていく。
「もう少し休みたかったなあ。労働基準法でも休憩をとることは決まっているんだぞ……」
ヒュンッ!……ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
レンは一旦茨の壁を解除し、再び爆発を起こして眼下の魔物を一掃する。
「さて、自動迎撃のやり直しだ」
ヒュッ!……ズゴオオオオオオオオッ!
再度、先ほどと同じように巨大な食虫植物で埋め尽くされた茨の壁が迷路状に立ち上がった。
押し寄せる魔物が次々と捕食されていく。
「思った通り数が多いな。けど、この日に向けて何度もPDCAを回してきたんだ。簡単にはやられないさ。サラリーマンを舐めるなよ」
壁が押し込まれては作り直し、淡々と魔物達を倒していくレン。
「レン様!大きなラプトルが来ているニャ!」
ズン!ズン!ズン!ズン!
森からひときわ大きな黒枯れの狂跳竜が姿を現した。
ギイイイイイイヤアアアアアアァァッ!
他の魔物達と一緒に突っ込んでくる。
ドオオオオオオン……メキメキメキ……ズウゥゥン
巨大なラプトルは一撃で茨の壁を破壊し、レンとの距離を詰めてくる。
「アイツがこのラプトル達の親玉ってわけか……リィネさん」
レンはリィネの方をちらりと見る。
「はい、任せてください」
「じゃあいくよ!―――暴れる蔓」
ヒュッ!
レンは剣を眼下の巨大ラプトルに向かって振り下ろす。
ラプトルの足元から巨大な蔓が出現し、胴にグルグルと巻き付いて空中に持ち上げた。
その直後。
「はあっ!!」
ビュウゥンッ!
リィネの構えた弓から、まるで小さな台風のような風を伴い、矢が飛んでいく。
……バァン!
ラプトルの親玉の頭を弾くように射貫き、そのまま貫通して地面に突き刺さった。
レンの方を振り向くリィネ。
黙って頷くレン。
レンは再び眼下の魔物達に向かって剣を振る。
ヒュンッ!……ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
次から次へと湧き出てくる魔物たちを倒し続けるのであった。
ついに始まった黒枯れに汚染された魔物の大群との戦い。
今までの経験をフルに活用し新たな戦術で対抗するレン。
先頭集団の中心であった黒枯れの狂跳竜を食止めるも、戦いはまだ始まったばかりなのであった。




