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接ぎ木の紋章  作者: 日置坂 唯奈
第一幕 孤独な隠居生活とエルフの少女
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第74話:エルフと猫

アリの大群を撃退し、静けさの戻る夜の森。


黒枯れの断頭蟻(ギロチン・アント)の女王アリを倒したレンは一目散にリィネとシャノアのいる高台に駆けつけた。


月明かりがリィネとシャノアを照らしていた。


「はあっ……はあっ……ニャアアァァっ!」


横たわって体を丸め、背中を酸で焼かれる痛みに震えながら耐えているシャノア。


シュウウゥゥ……


その背中からは白い煙が立ち上っていた。


「シャノア!シャノア!」


その傍らにしゃがみ込み、身を挺して自分を守ってくれたシャノアの体を泣きながらさするリィネ。


バン!


レンは迷うことなく高台の床に手をつき、魔力を流し込む。

一瞬にして巨大な蔓が床から伸び、その先から大量の水が流れ出した。


「これでまずは洗い流す!!」


レンはその水をシャノアの背中にかけ始めた。

それと同時に、薬草の成分を手の中に抽出し、彼女の背中に流し込む。


シャノアの体の中を、薬草の成分が駆け巡る。


それと同時に苦痛に歪むシャノアの表情が、少しずつ和らいでいった。


レンは治療を続け、リィネはヒックヒックと泣きながら体をさする。

ガストたちフォレスト・オークの小隊はその脇で静かに周囲を監視していた。


―――二十分後。


「シャノア、具合はどう?」


眉をハの字に曲げ、心配そうに声をかけるレン。


「……レン様……ありがとうニャ!背中に違和感は残っているけど、もう痛みはほとんど無いニャ!」


落ち着いた表情に戻り、ゆっくりと体を起こすシャノア。

体中から水の雫がぽたぽたと垂れ落ちる。


その瞬間、リィネがシャノアに飛びつくように抱きついた。


「シャノアー!」


その顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。


「ニャッ!痛いニャ!何ニャ!」


「シャノアー!シャノアー!あああああああぁぁっ!」


びしょ濡れのシャノアを抱きしめながら泣き叫ぶリィネ。


「私の、私のせいで!……エグッ……ごべんなざいー!ああああぁぁぁっ!」


「い、いいニャ……」


リィネの頭を撫でるシャノア。


「リィネが怪我でもしたらレン様が悲しむことになるニャ。アタシがレン様のためにやったことだから、リィネが謝る必要なんてないのニャ」


「でも……でも……グスッ……こんな大怪我……ああ……私は、取り返しのつかないことを……あああ……ああああああぁぁっ!」


酸でただれたシャノアの背中を手で触り、贖罪の念に耐えきれないリィネ。


「ああもう!うるさいニャ!レン様が治してくれたから大丈夫ニャ!リィネがそんなんじゃアタシまで悲しくなってくるニャ!いい加減離れるのニャ!」


シャノアは手でグイとリィネを突き放す。


「ごべんなざいー!……ごべんなざいー!……ああああぁぁぁっ!」


両手を顔にあて、一向に泣き止まないリィネ。


シャノアは腕を組み、どうしたものかと少し考えた後、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。


「わかったニャ……アタシは背中に大きな跡ができたから、きっともうお嫁にいけないニャ。だから、リィネには今回の責任をとってもらって、レン様をアタシに譲るのニャ……」


ピクッ。


リィネの肩が一瞬弾み、ピタリと泣き止んだ。


「えっ!?シャノア!?」


うろたえるレン。

彼がシャノアの顔を見ると、彼女は軽いウインクで返した。


森に一時の静寂が訪れる。

ヒュウと吹く冷たい夜風が二人の間を通り抜けた。


二人の沈黙が緊張を生み出す。


先に静寂を破ったのはリィネの方だった。


「……それと、これとは違います……」


うつむいたまま、ぼそりと呟くリィネ。


「ニャ。そうは言ってもこんな背中じゃ、もう誰もアタシのことを相手してくれないのニャ。それに、リィネみたいなどんくさいエルフと一緒じゃレン様だって大変ニャ」


「だ……誰がどんくさいエルフですか!あなたみたいな泥棒猫にレン様は渡しません!」


「レン様はアタシみたいな積極的な女の子の方が好きに決まっているニャ!」


シャノアはレンに抱き着くと、その胸元にスリスリと自分の首を擦り付ける。


「こ、この泥棒猫!レン様から離れなさい!レン様の一番はこの私です!」


リィネはシャノアを後ろからがっしりとつかみ、レンから引きはがそうと力いっぱい引っ張る。


「ニャあ!誰のおかげで怪我一つなかったと思ってるニャ!ちょっとぐらい大目にみるのニャ!このケチケチハイエルフ!」


ギャアギャアといつもの喧嘩が始まる二人。


「もう!二人ともやめてー!」


レンの叫びが夜の樹海にこだまするのであった。


「―――じゃあ、僕はちょっと一回降りて茨の壁を補修してくる」


少し落ち着いたところで、気を利かせてその場を二人にするレン。

二人はそのまま高台に取り残されることになった。


二人は横並びに座る。

眼下には戦いの跡が生々しく残っていた。


「シャノア、あの……本当にありがとうございました。あなたがいなければ、今頃私はどうなっていたか……」


「まあ、アタシに感謝してくれてもいいけど、気にすることないニャ。リィネに何かあればレン様が悲しむと思ったのは本当のことだし、なんとなく咄嗟にそうしただけニャ」


特に気にせず、あっけらかんと話すシャノア。


「あの時、レン様の戦いを見ていて油断していたのは私です。逃げろと言われてもどうしたらよいかわかりませんでした。レン様があの大きなアリを持ち上げた瞬間にこの弓で矢を放っていれば、こうはならなかったのです」


「リィネ……」


眼下のレンは壁となっている茨に、その声を聞くように手をあて、魔力を流し込んで修復していく。


ついでに黒枯れの浄化も促進させているのか、葉からはシュンシュンと白い煙が噴き出していた。


「あのような時でもシャノア、あなたは油断せず、身構えていました。ボーっとしていた私と大違いです」


思い出し、悔しそうな表情になるリィネ。


「……そんなことないニャ。リィネはその弓でずっと攻撃を続けていたから仕方ないところもあるのニャ。リィネがレン様のサポートをしっかりしていたから、アタシは安心して、全体を見るアタシの役割に集中できたのニャ」


「シャノア……」


ガストたちは周囲の警戒を続けている。オークの若者が何かに気付いたようでざわざわと何か話をしているのが二人にも伝わってくる。


「明日はもっと多くの魔物がやってくるニャ。リィネ……レン様を頼むニャ。別にあきらめたわけじゃないけど、レン様がリィネに心を許しているのは、悔しいけど事実ニャ。だから、レン様を支えられるのはリィネしかいないのニャ」


「シャノア……ありがとうございます。明日の戦いは先ほどのアリ達以上ですよね。それであれば、尚更シャノアの力がなくては乗り切れません。一緒にレン様を支えてもらえませんか。私には、あなたの力が必要なのです」


「リィネ……わかったニャ。二人で一緒にレン様をサポートするニャ。約束なのニャ」


リィネに向かっておでこを突き出すシャノア。


「こちらこそ。宜しくお願いします」


コツン。


シャノアのおでこに自分のおでこを軽く合わせるリィネ。


そして、リィネはそのままニヤリと笑う。


「うふふ……でも、レン様の一番は絶対に譲りませんからね」


「ニャニャ……アタシが力ずくで奪ってみせるニャ」


クスクスと笑いあう二人であった。


一方、先ほどの戦いで痛んだ茨の壁を修復するレン。

労わるようにやさしく茨に右手をつける。


「お疲れ様。ありがとうな。君たちのお陰だよ、今回復させるからな」


茨の壁はレンの魔力を吸い込むように吸収していく。

ギ酸で溶かされた茎や葉がみるみるうちに元に戻っていった。


「ちょっと悪いけど、残業も頼むよ。手当ははずむからさ。今は繁忙期なんだ」


レンはさらに膨大な魔力を茨に流し込んでいく。


茨の葉がピンと上を向き、その表面から浄化されたガスがもくもくと立ち上る。

黒枯れの浄化には時間がかかるが、そのスピードを最大限にまで高めたのだ。


「ああ……僕って悪い上司だな……もしかしたら部長もこういう思いだったのかな……」


その時、周囲の警戒を担当していたガストがレンに駆け寄ってくる。


「レン殿!高台にいた若者からの報告です。境界の先の森から大勢の群衆の気配がします!」


「えっ!?またっ!?」


黒枯れの断頭蟻(ギロチン・アント)の群れを倒したレンたちであったが、束の間の平和な時間がすぐに打ち破られる。


黒枯れの魔物の大群が到達するまで後十二時間。

レンたちの戦いに予断は許されないのであった。

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