第73話:黒枯れの断頭蟻
森の夜。
南の境界地点。
レンとリィネは虎口から境界の入口、その先の森までを正面に捉える高台にいた。
シャノアは見晴らしのいい高木の上、ガストは虎口からの唯一の細い出口の先、各自が戦闘配置について準備をしていた。
地面がわずかに震える。
数百のアリのもう少しのところまで近づいて来ているのであった。
「さて、皆さん、お客様をおもてなしする時間です」
レンは営業モードのスイッチを入れる。
腰のホルスターから開拓者の万能剪定鋏を抜き、ヒュッと一振りして片手剣モードへとチェンジした。
リィネもまた、疾風の茨弓を構えた。
足元からはビリビリと振動を感じる。
「レン様!来たのニャ!」
レンたちに一斉に緊張が走る。
汗が額から流れ落ちるレン。
視界の奥にある森の中から体長一メートル以上はある巨大なアリ、黒枯れの断頭蟻が姿を現した。
ギイイイイイイイイッ!
巨大な顎をガチンガチンと鳴らしながら走ってくる。
「来たぞ!こっちへ真っすぐ向かってくる!」
一匹が見えたその瞬間、すぐ後ろからもう二匹、五匹、十匹、数えきれないほどの群れがレンの待つ虎口へと向かってきた。
ギイイイイイイイイッ!
ギシャアアアアアッ!
ガチンッ!ガチンッ!ガチンッ!
「レン様……お願いします」
リィネは弓に矢を番え、いつでも発射できるよう構える。
レンはゴクリと唾を飲み込んだ。
「大丈夫、任せて。まずはギリギリまで引き付ける……」
アリ達は門を抜け、スロープを下り、深く掘り下げられたその広い部屋の中にゾロゾロと入ってくる。
レンとリィネのいる高台まであと十メートルほどの距離まで黒枯れの断頭蟻の群れが近づいたところで、レンは剣を大きく上から下へと振り下ろした。
「くらえ!紅蓮の枯葉ッ!」
一瞬にしてアリ達の足元を埋め尽くすように草が生える。
ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
レンたちの眼前で一斉に爆発が起きた。
それは、昼間に改良した紅蓮の枯葉で、葉の形状を筒形にすることで爆発の向きを上方にし、砂埃が舞い上がらないようにしたものであった。
ギャア!
ギギッ!
虎口の中にいた巨大なアリ達は、そのほとんどが爆発に巻き込まれ、動きが止まった。
「よし!うまくいった!砂埃も舞っていないぞ!でもここからだ!」
「いきます!はぁっ!」
ビュウゥンッ!……バァン!
リィネは弱っているアリを一匹ずつとどめをさしていく。
そうしているうちにも、次から次へと勢いよく巨大なアリの群れが敷地の中に入ってくる。
「くっ!早いなっ!紅蓮の枯葉ッ!」
再び剣を振り下ろすレン。
ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
広場には動かなくなった黒枯れの断頭蟻が増えていく。
ビュウゥンッ!……バァン!
「思っていた通り多いですねっ!」
リィネは矢を放ちながら呟く。
「まったくだ!ガストさん!一匹弱ったのがそっちにいきます!よろしくお願いします!」
「承知しました!我らにお任せください!」
レンの魔法による爆発を潜り抜けた巨大なアリが一匹、部屋の出口である狭い通路に入っていく。
その先にはフォレスト・オークの若者たちと、彼らを率いるガストが待ち構えていた。
「おめえら!訓練の成果を見せるぞ!」
オークの若者たちの半数が、通路から出てきた一匹のアリに一斉に襲い掛かる。
ギアッ!
「よし!作戦通りだ!次はB班だ!交代しろ!」
彼らは前回のスタミナ切れという反省から、今回は半数ずつに分け、A班、B班、ガストの三グループが交代で攻撃を繰り返すという作戦を思いつき、実践しているのであった。
一方、レンはひたすら魔法による広範囲の爆発を繰り返している。
「はあっ……まだか!?一体何匹いるんだ!」
ヒュッ!
剣を振り下ろすレン。
ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
ギャア!
ビュウゥンッ!……バァン!
ギギィッ!
目の前まで走り込んできたアリ達は動かなくなるが、次のアリ達が休むことなく入ってくる。
ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
片手では数えきれないほど繰り返したところで、アリ達の動きが変わった。
門から敷地に入るのをやめ、その手前で横に並びだす。
「あれ?どうしたんだ?入ってこないのか?」
よく見ると、先ほどまで突進してきていた大量のアリとは違い、お尻の部分が大きく、縞模様が入っている。
「さっきまでのと違うタイプなのか?」
剣を構え、息を整えながら呟くレン。
「レン様、どうしますか?」
リィネは弓を構え、遠くのアリ達に狙いを定める。
「待って、もう少し様子をみよう。何をしてくるかわからない」
アリ達は横一列に綺麗に並ぶと、その後ろにも同様に列を作り、合計3列の隊列を作っていく。
「レン様、あいつら何かやる気ニャ!警戒するのニャ!」
後ろの四本の足で立ち上がるように体を起こし、お尻を前に突き出すアリ達。
その瞬間。
ブシャアアァッ!
一番前の列のアリ達のお尻からレンたちをめがけて液体が噴射された。
「なんだ!?とりあえずガードだ!大樹の盾!」
レンが剣を振ると、足元から大きな樹が一気にせり上がる。
ジュウウゥゥ……
噴射された液体が樹に降りかかると、枝葉や幹が音を立てて少し溶けた。
「……ギ酸か!リィネさん!大丈夫!?」
「はい!問題ありません!」
ジュウウゥゥ……
酸の雨は次々とレンたちに向かって降り注がれる。
アリ達は二列目が噴射した後は三列目、その次はまた一列目に戻り連続でギ酸のシャワーを噴射していた。
「まずい!攻撃に転じる隙がない!」
盾を解除して攻撃魔法を行使したいが、連続で降り注ぐ強酸の雨がそれを許さない。
リィネもまた、盾から出て矢を射るタイミングを失っていた。
「レン様!アタシに任せるニャ!」
「シャノア!?大丈夫!?」
「あんなアリンコに負けるアタシじゃないのニャ!」
そう言うと、シャノアはピョンピョンと木から降りていく。
ジュウウゥゥ……ジュウウゥゥ……
その間もレンたちへのギ酸シャワーは降り続く。
「くっ!盾をいくら作り直してもキリがないな」
シャノアは酸の雨が降る虎口を大きく迂回してアリの隊列の横から入り、その間を縦横無尽に走り、アリ達の背中の上を跳び回る。
「ニャニャ!お前達何をしているのニャ!アタシと遊ぶのニャ!」
すると、アリ達の眼の色が赤色に変わる。
それと同時に酸の噴射が止まった。
アリ達は尻を持ち上げるのを止めると再び顎を前に出してガチンガチンと鳴らし、シャノアに向かって攻撃を始めた。
「ニャハハハハハ!こっちまで来るのニャ!」
シャノアは虎口の中へとアリ達を誘導する。
それにつられ、アリ達はシャノアを追いかけるようにゾロゾロと中に入ってくる。
「よし!いいぞ!シャノア、ナイス!」
虎口の中ほどまでアリ達を引き付けると、ピョンと大きく跳躍して一気にレンの足元まで来るシャノア。
「レン様!今ニャ!」
「サンキュー!シャノア!……紅蓮の枯葉ッ!」
ヒュッ!
ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
「リィネさん!とどめをお願い!」
「はい!」
ビュウゥンッ!……バァン!
ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
ギャア!
ギギッ!
次々と動かなくなるアリ達。
しかし、その奥から後続がやってくる。
「よし!次!……ん?また違うタイプか?」
ズン……ズン……ズン……ズン……
次に入ってきたのは今までと違い体長が三メートルはある大型のアリ達であった。
動きは速くないが、大きな顎をガチンガチンと鳴らし、ぞろぞろと入ってくる。
レンは剣を振り下ろす。
ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!
ズン……ズン……ズン……ズン……
「えっ!?効かない!?」
何事もなかったかのように進軍してくる巨大アリ。
「こいつら、今までのと違って硬いのか……よし、接近戦で勝負だ!リィネさん、援護をお願い!」
「わかりました!」
レンは大きな蔓を階段のように出現させると、アリ達の待つ虎口の中へと駆け降りる。
ギシャアアアァッ!
そこに、アリ達が一斉に襲い掛かった。
「くらえっ!空間剪定ッ!」
レンはその場でコマのようにくるりと回り、ビュン!と剣を横なぎに振る。
剣が切り裂いた空間にエメラルド色の線が描かれ、アリ達に向かって扇状に勢いよく飛んでいった。
ズババババババババッ!
ギャ!
ギッ!
レンの目の前にいた十匹程度のアリ達が真っ二つに切り裂かれる。
「よし!いける!」
ズン……ズン……ズン……ズン……
その後ろから、巨大なアリ達が次々とレンに迫る。
ビュン!……ズババババババババッ!
ビュン!……ズババババババババッ!
エメラルドの線がレンを中心に四方八方に飛んでいく。
くるくると舞うように剣を振り回し、次々と切り伏せるレン。
ビュウゥンッ!……バァン!
弱っているアリにとどめを刺すリィネ。
しかし、倒せど倒せど無限とも思える数で襲ってくるアリ達。
ギイイイイイィィッ!
ギャアアアアッ!
「はあっ……はあっ……まだか……」
レンは肩で息をしながら、恨めしそうにアリの大群を見つめる。
剣を持つ右手には力が入らなくなってきていた。
「レン様ァッ!終わりが見えたニャアッ!今入ってきた奴らで最後ニャアッ!」
戦場にシャノアの声が響き渡る。
レンの瞳に再び生気が戻っていく。
「予算達成まであと少し……いくぞ!」
再び力強く剣を握るレン。
ビュン!と一振りして巨大なアリ達を一気に切り裂いた。
これで終わりかと思った瞬間、その奥から今までのものとは明らかに違う、体長五メートルはある大きなアリが一匹、姿を現した。
ギイヤアアアアアアアアアアアァッ!!
そのアリはひときわ大きな咆哮で威嚇した。
「うっ……女王アリか……いよいよコイツで最後だな」
一瞬驚き立ちすくむも、レンは大きく深呼吸をし、息を整えた。
そして、剣を構える。
ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!
女王アリは巨大な顎を振りかざし、真っすぐにレンに突っ込んで来る。
だが、レンは極めて冷静であった。
「―――暴れる蔓!」
レンが女王アリの足元に向けて剣を振ると、女王アリの足元から巨大な蔓が出現し、胴をグルグル巻きにして空中に持ち上げた。
その瞬間、
ブシャアアアアアアッ!
空中でもがき暴れる女王アリは、そのお尻から大量のギ酸シャワーを四方八方へ噴射する。
「やばい!」
レンは咄嗟に大樹の盾で防ぐ。
そして、後ろを振り返り、叫んだ。
「リィネさん!逃げて!」
黒枯れの女王アリのギ酸シャワーはリィネにも向かって放たれていた。
「え?……あ……」
突然の出来事に戸惑い、高台の上で立ち尽くすリィネ。
「なにやってるニャ!」
危機を察したシャノアが樹上から高速でリィネのいる高台まで駆け下りる。
ギ酸がリィネに降りかかる直前でその場に押し倒し、その上に覆いかぶさった。
ジュウウゥゥゥ!
「ニャアアアアアッ!」
強酸のシャワーを背中にもろに受けるシャノア。
森一帯に悲鳴が響きわたる。
「シャノアッ!大丈夫か!」
後ろが気になるレン。
しかし、前方の敵も予断を許さなかった。
ガチン!
女王アリはその身をよじり、蔓を噛み切った。
ギイヤアアアアアアアアアアアァッ!!
……ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!
再びレンに向かって突撃してくる。
「くっ!こうなったら次はこれだ!」
ヒュッ!
レンが再び女王アリの足元にめがけて剣を振ると、再び大きな蔓が出現し、同じように胴にぐるりと巻き付く。
今度は逃げられないよう地面にはりつけた。
拘束から抜け出そうと足をバタバタと動かす女王アリ。
「この商談、クロージングさせてもらいます」
レンの体から緑色の魔力が爆発的にあふれ出す。
彼は唇をギリと嚙み締めた。
「よくもシャノアを……空間剪定ッ!」
レンは剣を大きく上から下に振り下ろした。
ズバアアアアアアアアアッ!
ギャアアアアッ!
緑色の線が女王アリの頭からお尻まで一気に通り抜ける。
胴に巻き付いた大きな蔓が解除されると、女王アリは左右に割れ、黒枯れによりドロドロと溶けていった。
「シャノアッ!」
後ろを振り返るレン。
彼はそのままリィネとシャノアのいる高台に向かって走り出す。
黒枯れの魔物の大群、その先鋒であるアリの群れはここに沈黙した。
数という暴力の恐ろしさを身をもって知る事になったレンたちなのであった。




