第70話:戦士たちの約束
黒枯れの魔物の大群、その先鋒ともいえる巨大な数百匹のアリが着々と近づいてきている。
彼らがここに到達するまで後数時間。
太陽は地平線の中に沈み始め、オレンジ色の光を放っている。
レンは、家の近くの開けた場所で魔法の調整をしていた。
リィネも一緒である。
ポン!
地面の上で小さな草が弾ける。
「うーん……これじゃあ弱すぎるな……大したダメージを与えられない。もっと強く……」
レンは片手剣モードにした剪定鋏を地面に向け、ヒュッと振る。
ドォン!
今度は草が激しく爆発し、砂埃が舞い上がった。
メキメキ……ズン!
そばにあった木が一本、爆発に巻き込まれて倒れる。
「あれ?おっかしいな……これじゃあ強すぎるのか……。少しイメージを変えてみるか。丸い爆弾じゃなくて……もう少し一点に集中できれば……」
ブツブツと呟くレン。
「レン様、少しお休みになられてはいかがでしょうか?」
「ありがとう。でも、これは僕の仕事だから。もうちょっとの気がするんだ。これがうまくいったら一休みしよう」
リィネはレンの後ろで心配そうに見守っている。
「火力が分散しないように……そうだな……筒の先から爆風が出るような……。筒状の花火……?」
レンは再度地面に向けて剣を振った。
今度は横に大きく広がった葉ではなく、丸い筒の形をした葉が出現する。
ボン!
爆発が上に向かって放たれる。
砂埃はほとんど舞っていない。
「うん。いい感じかもしれない。威力は制限されるけど、使えるかも。……リィネさん、少し離れて」
レンはリィネが後方に下がったのを確認し、剣を前方の地面に向け、ビュン!と振った。
ボボボボボボボボンッ!……シュゥゥ……
大量に設置された草が一度に爆発する。
その威力は上空に向かって放たれ、砂埃は予想以上に舞っていなかった。
「やった!成功だ!やったよ!リィネさん!見た!?」
満面の笑みで後ろを振り返るレン。
「はい!素晴らしいと思います!流石はレン様!この魔法があれば万の軍隊に攻め込まれようと一網打尽です!レン様教団の世界征服も夢ではありませんね!」
両手を胸の前で組み、エメラルドの瞳をキラキラと輝かせているリィネ。
「い、いや、そこまでは……」
こないだも言ってたけど、レン様教団ってなに!?
苦笑いするレンであった。
二人は、木の下に並んで座り、休憩をする。
「レン様は努力家なのですね。それだけの魔力を持ちながら手を抜かず、鍛錬を欠かさない姿勢に驚きました」
「そうかな。商談は準備で決まると思っているからね。事前に思いつくこと、できる対策は全てしておきたいんだ。そうじゃないと不安になっちゃうんだよ。やっぱり臆病なだけかなぁ……」
クスクスと笑うリィネ。
「うふふ……レン様はいつもそうですね。もう騙されません。そうやって自分を見つめられるのがレン様の強さなのです。そんなレン様、好きですよ」
「もう。リィネさんには敵わないな。別に騙そうとしているわけじゃないんだけどね。ところで、弓の方はどう?問題はない?」
「はい、こういう時に備えて訓練を積み重ねてまいりました。必ずやお役に立ってみせます」
リィネは腕まくりをして力こぶを出し、鼻息を荒くしてやる気をみせる。
「はは、心強いな。将来旦那さんになる人はきっと尻にしかれちゃうね」
レンは笑顔で答える。
「はわわわわっ!そんな!将来の結婚の事なんて!やだ!白馬の王子様が……リィネさん……なんて……きゃああっ!」
バシン!バシン!バシン!バシン!
突然一人で盛り上がり、レンの肩を何度もたたくリィネ。
「いた!痛いって!リィネさん!?ちょっと!?」
少しの休憩の後、レンは再び立ち上がって剣を構える。
「空間剪定!」
ヒュン!……ズズズン
木がスパッと豆腐のように切断され、倒れる。
「うん、いい感じ。リィネさん、ちょっと離れてて」
次はその場で体をひねってくるりと回り、舞うように剣を振るレン。
ビュン!……ズズン!ズズン!ドスン!ドスン!ドスン!
「よし!これも成功だ。次は……」
レンは次から次へと様々な魔法を使ってみては調整を繰り返していた。
その時、一人のオークがその巨躯を揺らしながら近づいていた。
「レン殿、こちらにおられましたか」
「あ、ガストさん。どうされたのですか?」
「いえ、どうしてもお伝えしたいことがありまして……」
ガストはちらりとリィネの方を見る。
「僕は構いませんけど……」
「あの……リィネの嬢ちゃん、悪いんだけど、外してもらえるかな……レン殿と二人で話したくて……」
レンはリィネと目を合わせ、黙って頷いた。
「わかりました。では、私は先に家に戻って夕食の準備をしております」
そう言ってリィネは家に向かって歩き出す。
彼女の姿が見えなくなると、ガストはレンに向き直り、口を開いた。
「リィネの嬢ちゃんとのお時間を邪魔して申し訳ございません」
「いえ、別に、そういうのじゃありませんから、気にしないでください。ところでどうされたのですか?」
「レン殿に、我らフォレスト・オークの一族を代表して、どうしてもお礼が言いたかったのです」
強い眼差しをレンに向けるガスト。
「我らは黒枯れの巨大ムカデに村を追い出されるような形で急遽、居住地の変更を余儀なくされました。ここまで来る道中でも、ムカデに襲われるもの、人間に捕まるものもおりました。ここに辿り着いた時にはもう限界寸前だったのです」
「そういえば、ガストさんもピリピリしてましたね……」
レンは斜め上を見るようにガストたちとの出会いを思い出す。
「もし、あの時、レン殿が我々一同を受け入れていただけていなかったら、間違いなく我々は行き倒れていたか、黒枯れの魔物に襲われ、全滅していたことでしょう。ですから……」
ガストはレンの前で片膝を地面につき、跪いた。
「改めて、お礼を申し上げたくまいったのです。レン殿、我々をお救いいただき、誠にありがとうございます」
頭を下げるガストに合わせるように、レンもまた膝をついてしゃがむ。
「……わざわざ、ありがとうございます。ガストさんのそういう律儀なところ、好きですよ。でも、僕は特別なことをしたとは思っていません。困っていたから助けた。ただそれだけなんです」
「レン殿、ただそれだけのことが、尊いことなのです。どうか、感謝させてください」
「そうですか……わかりました」
再び立ち上がり、ガストを見下ろすレン。
「我らフォレスト・オークの一同は、レン殿のためなら命をも投げ出す覚悟ができております。明日の本決戦でレン殿の為に死ぬようなことがあれば本望なのです。この気持ちをどうしてもお伝えしたかったのです」
その時、レンの顔から笑顔が消えた。
「ガストさん、明日の戦いで一つだけ守ってもらいたい業務命令があります。……それは、死なないことです」
「な、何を……我々はレン殿為であるなら、この命、惜しくはありません!」
「そうじゃないんです。僕は、皆に生きていてもらいたいのです。もし、一人でも死者がでたら、僕は皆を守れなかったことを悔やみます。なぜなら、皆さんのことを僕は家族だと思っているからです」
「……なんと、嬉しいことを……」
ガストの目から大粒の涙が滝のようにこぼれ落ちていく。
「ガストさんたちのそういったお気持ちはすごく嬉しいです。だけど、僕のことを想っていただけるなら、絶対に死なないと約束してください。皆で、笑顔で明後日を迎えましょう」
優しい微笑みを見せるレン。
「レン殿のお気持ちとそのご命令、確かに承りました。我々の事を、種族を超えて家族と言っていただいたそのお言葉、裏切るわけにはいきませぬ。生きて、最後まで戦い抜いてみせましょう」
「よろしくお願いします。死んだら悲しむ人がいることを、皆にもよく伝えておいてください」
「はっ!かしこまりました!……レン殿、こちらからも一つお願いをしてもよろしいですか?」
顔を上げるガスト。
「はい。なんですか?」
「レン殿も、我々のために死ぬ、という選択をとらないようお願いしたいのです」
「……っ!」
レンはハッとした。
リィネをはじめとし、ここに住む仲間の為なら最悪の場合は死んでもよいと、心のどこかで思っていたのである。
「レン殿は我々の生きる希望。仮に我々だけ生き残ったとしても、未来がありませぬ。レン殿にも生きて明後日を迎えると、お約束いただきたい」
「……わかりました」
橙色の日差しが木々の隙間を通り抜けて二人を照らす。
「さて……堅苦しい話はここまでにしましょうぞ」
突如緊張を緩めるガスト。
「ところで……レン殿はリィネの嬢ちゃんとどこまでいったのですかな?」
「なっ!なななっ!どこまでって!何もないですよ!リィネさんだってまだ子供ですし、そりゃまあ、可愛いなとは思いますけど……」
顔を真っ赤にして両手をブンブンと振るレン。
「まあ、確かに見た目にはまだ幼子のようではありますが、ハイエルフとしては適齢期に差し掛かっておりますぞ」
「え!?そうなの!?いや……でも……」
ニヤリと笑うガスト。
「ははあ!わかりましたぞ!レン殿はもっとムチムチの女子の方がお好きなのですな!」
「べ、別に!そういうわけじゃ!いや、その、嫌いじゃないけど!」
汗をかきながら謎に必死になるレン。
「そういう点ではリィネの嬢ちゃんはまだまだこれからですからな!今はまだ上から下までぺったんこですし!とはいえ、手をつけるなら早い方がいいですぞ!もたもたしていてはどこぞの馬の骨に持っていかれるかわかりませんからな!」
「ええっ!?い、や、そ、そんなつもりは……」
「レン殿はシャノアにも好かれておりますからな!二人まとめて手を付けてしまいますか!ガハハハハッ!」
「ちょっと!?ガストさん!?それに声が大きいって!!」
先鋒である黒枯れのアリの群れがくるまで後数時間。
着実に迫りくる黒枯れの魔物との大群との戦い。
そんな中、お互いに生き残ることを約束したレンとガストなのであった。




