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接ぎ木の紋章  作者: 日置坂 唯奈
第一幕 孤独な隠居生活とエルフの少女
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第68話:すれちがい

黒枯れの魔物の群が到達するまであと一日。

決戦の前日、午前。


レンの誘導により、ゴブリン、フォレスト・オーク、ハイエルフの各種族は順番に地下避難施設へと入場していた。


キョロキョロと珍しそうに辺りを見渡すもの、壁や床を触って確認するもの、早速ベッドで寝るもの、それぞれが思い思いに過ごしている。


施設中央にある大ホールの真ん中、レンはトラブルがないかどうか、皆の様子を確認していた。


「皆無事に入れたかな。思った以上に広さにもゆとりがあるし、問題はなさそうだ。よかった」


そこにハイエルフの長老が歩み寄り、跪いて頭を下げた。


「レン様。我々のようなもののために、このような施設をお作りいただき、誠にありがとうございます。黒枯れの魔物に対する戦力となれないことをお許しください」


レンもまた膝を曲げ、目線の高さを長老に合わせる。


「頭を上げてください、長老さん。いいんですよ。私がやりたくてやっているんですから。それよりも、過ごしにくくはないですか?いかんせん地下ですから気になる方もいるのではないかと思いまして」


「おそれいります。過ごしにくいなど、そのようなことはまったくございません。それどころか、このような地下空間にも関わらず森の空気に満ち溢れており、快適ともいえます。まったくもって不思議でなりませぬ」


「ああ、それはですね、二十四時間換気システムを作ったのですよ」


レンは大ホールの両端にある天井の穴を指差した。


「見て下さい。部屋の両端の天井の穴、あれは地上まで続いています。こっちの端の下には発熱の葉(フィーバー・リーフ)がびっしりと生えており、常にその一帯の空気を温めています。すると温まった空気が上昇気流を作り、穴から外に出ていくのです。そして、部屋の反対の穴からは外の空気が入ってくるという仕組みなんです」


胸を張って得意げに説明するレン。


「どうりで森の清浄な空気がこの地下にいても感じられるのですな。それでは、換気を促進したい時は我々にお命じくださいませ。風魔法にて穴からの排気を加速させましょう」


「それはありがたいです。ご協力に感謝します」


レンとハイエルフの長老が話をしているところに、リィネが声をかけた。


「長老様、ずっと気になってはいたのですが、ゼノン様はどうされたのでしょうか?その……やはり黒枯れに……?」


「ああ、戦士長の事か……彼も我々と共に村を出ることを勧めたのだが、村を守り切れなかったこと、他の戦士たちも守り切れなかったことに責任を感じたのか、最後まで一人で戦うと……」


長老は伏し目がちに答える。

リィネの脳裏には最後に森の中で見たゼノンの姿がよぎっていた。


「そうですか……無事だといいのですが……」


その脇では、所狭しと子供たちが追いかけっこをしていた。


「待てー!はあっ……はあっ……なんだよあいつ!ハイエルフってみんな足が速いのか!?」

「はあっ……はあっ……くそっ!俺様の足でも追いつかないなんて!」


フォレスト・オークとゴブリンの子供たちがハイエルフの子供を追いかけている。


「へへーん!ここまでおいでーだ!」


風のような速さでさっそう人と人の間や、テーブルの間を走り抜けるハイエルフの子供。


「はあっ……はあっ……まいった……俺たちの負けだ。やるじゃないか」

「はあっ……はあっ……見た目は細いくせに……足は速いんだな」


オークの子供は座って足を伸ばし、ゴブリンの子供は両手を膝について息を整えている。


「ふふん!どうだ!風魔法を使ってブーストしているのさ!かけっこなら君らに負けないよ!」


エルフの子供は胸を張って自慢をしている。


「なんだよそれ!ずるいぞ!」

「こうなったら次は相撲で勝負だ!力なら負けないぞ!」

「受けてたとうじゃないか!足が速いだけじゃないってところをみせてやるぜ!」


ワイワイと楽しそうに遊んでいる子供たちを微笑ましくながめるリィネ。


「うふふ……みんな仲良しですね。すてきな事です」


「こうして子供たちをみていると、他の種族と共に暮らすのも悪くはありませんな」


エルフの長老もまた感慨深い表情をしている。


その時、一匹のキャット・ピクシーが物陰から現れ、ピョンとレンに正面から飛びついた。


「わわっ!」


思わずよろめくレン。


「ニャ!こんなとこにいたニャ!探したのニャ!」


レンの首に手を回し、自分の首をスリスリとこすりつけるシャノア。


「一人で樹海の監視をしていると寂しいのニャ。はあ~やっぱりレン様が一番ニャ」


ズゴゴゴゴゴッ!


「ニャニャ!?」


シャノアがその気配に後ろを振り返ると、目からは色が無くなり、殺気を全開にしたリィネが弓に矢を番え、ゼロ距離で構えている。


「この泥棒猫!性懲りもなく私のレン様に甘えるなど!万死に値します!」


リィネの魔力が矢に注がれていく。


「ニャ!待つニャ!ちょっとぐらいいいニャ!このケチケチハイエルフ!!」


ブワアアアッ!


リィネの背中からどす黒いオーラが爆発したようにあふれる。


「わかりました……土に帰る準備ができたようですね……ここをあなたの墓場にしてあげましょう……」


「待って待って!二人とも!やめてー!!」


両手を前に出してブンブンと振るレン。


「これではどっちが子供なのかわかりませんな!はっはっはっ!」


近くで遊んでいる子供たちと比べて皮肉交じりに高笑いするハイエルフの長老であった。


「―――さて、リィネさん。明日、なんだけど……」

「はい。なんでしょうか……」


落ち着いたところで話を始めるレン。


「ここに避難している皆のお世話をお願いできるかな」


「えっ!?それは……どういう事ですか?」


リィネの目が泳ぐ。


「明日は数千もの黒枯れの魔物がやってくる。わかっているにも関わらずリィネさんをそんな危険に晒したくないんだ」


レンは真っ直ぐな目で、落ち着いたトーンでリィネに話す。


「確かに危険かもしれません。しかし、敵の数が多いからこそ、こちらも戦力が、一人でも多く必要なのではないでしょうか?」


両手の拳を握りしめ、早口になりながらも必死にレンに訴えるリィネ。


「確かに……確かにその通りだけど、ここにいれば安全なのは間違いないんだよ。戦力も大事だけど、僕にとってはリィネさんの安全の方がもっと大事なんだ」


少し声が大きくなるレン。

周囲にいるゴブリンやオークたちが、何事かと二人に注目を始める。


リィネは今にも泣きそうな顔をしていた。


「レン様は先日仰ってくださいました!一緒に戦いたいと!あれは嘘だったのですか!?」


いよいよリィネも声が大きくなる。

周囲は静まり返っていた。


「嘘なものか!本心だよ!でも、それは安全が担保できている時の話なんだ!それに、ここで皆の面倒をみるのも立派な戦いだよ!」


「納得できません!」


リィネはエメラルドの瞳いっぱいに涙を溜めたまま、自室へと足早に歩いていってしまった。


「あっ……リィネさ……ん……」


バタン!


レンは前に出した右手をゆっくりと下ろした。


足の力が抜け、近くのイスに腰をおろす。

脇からは汗が流れ出し、心臓が鼓動する音が聞こえてくる。


「はあ……どうしよう……でも……」


頭を抱えるレンであった。


一方のリィネ。

部屋に入るや否やベッドの上でうつ伏せになり、枕を濡らしていた。


「やっぱり、私は足手まといだったのですね……。あの方はやさしいから私を傷つけまいと嘘をついて慰めてくれていたのです……。私ったらそれを本気にして……」


扉の外からはざわざわと大ホールの喧騒が聞こえてくる。


「私の弓の腕ではレン様の強大で強力な魔法の前ではあってもなくても変わらないのです。でも……それでもお役に立てていると思っていたのに……」


うつ伏せのまま、壁に立てかけてある弓を見つめる。


「あの弓を作っていただいたのも、私のわがままな気持ちを抑えるためということだったのでしょうか……」


体を起こし、ベッドから降りて弓を手に取る。


「これで……これでレン様のお役に立てる……レン様のご苦労を少しでも私が肩代わりできると……本気で嬉しかったのに……」


涙が頬を伝い、流れ落ちていく。


ベッドに座り、手の中にある弓を見つめる。

思わずのその手に力が入る。


「例え無力でも、やっぱり私はレン様のご負担を減らしたい……」


リィネは目をつぶり、レンへの一途な想いにはせる。


「もともとこの命は一度失ったようなものです。レン様を守るためなら私は……ああ……レン様……どうか、私にレン様を護るお役目をください……」


……パアァ!


その時、髪に編み込まれた蔓に白い花がポンポンと咲き、部屋の中はリィネからあふれ出した白銀のオーラに一瞬だけ包まれた。


大ホールで悩んでいるレン。


リィネのいる部屋の中が光に包まれたその瞬間、レンの首元に巻かれた白銀のスカーフが淡く光り輝いた。


「……リィネさん……うん、彼女の言う事ももっともだ。一緒に戦いたい、その言葉に嘘はない。もしもの時は僕が守ればいいじゃないか。いや、もしもの時がこないようにしてみせる」


レンは立ち上がり、リィネの待つ部屋へと向かった。


弓を握りしめて静かにレンを想うリィネ。

決意を新たにリィネのもとへ向かうレン。


迫りくる魔物の大群を前に、自分達の気持ちを整理する二人であった。

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