第67話:地下避難施設
黒枯れに汚染された魔物の群れが辿り着くまであと二日。
樹海は普段と変わらない朝の時間が流れているが、その日は生暖かい風がビュウと吹いていた。
シャノアは昨夜の偵察の報告を終え、朝食を済ませたあとで展望台まで戻って寝ている。
レンとリィネはリビングのテーブルの前に並んで立っていた。
「さてと、リィネさん、ちょっとこれを見てもらえるかな」
テーブルの上に一枚の大きな葉っぱをバサリと広げるレン。
そこには部屋の間取りを描いたような図面がびっしりと書き込まれている。
リィネは穴が開くようにその図面を見つめ、ふむふむと頷く。
「レン様、これは新しいおうちですか?とても広いですね……まさか……!?これはレン様教団の本部施設の設計図ッ!?……ついに!ついに全世界レン様化計画を実行に移される時が訪れたのですね!!」
パッと顔を上げ、エメラルドの瞳をキラキラと輝かせてレンの方を向くリィネ。
「えっ……いや……これ、さっきシャノアが来る前に話した地下避難施設の図面なんだけど……」
っていうか、全世界レン様化計画って何!?
それもそれでめっちゃ気になるんだけど!
レンは心の叫びを深淵の闇の中に封じ込め、至って冷静に反応を返した。
「はわわわわっ!失礼しました!てっきり、待ちに待ったその時がついに来たのかと、勘違いしてしまいました!この失態、腹を切ってお詫びしますぅ!」
「いやいやいやいや!そんなことで切腹しなくていいから!江戸時代じゃないから!いや、江戸時代でもそんな簡単に切腹はしないだろうし!」
両手を前に出し、大きく振ってリィネを止めるレンであった。
「―――こほん。それで、これはさっきも言った通り、地下避難施設の図面なんだけど、説明するね。まず、この地下通路から入ったとこにある一番大きい中央の部屋、ここが全員が集まれる大ホールで、ここに水場、食事もできるテーブル、子供たちの遊び場とか作って、多目的に使えるようにしようと思う」
「なるほど、ここがメインの活動場所なのですね。そうするとこちらは?」
図面を眺め、中央大ホールを囲むように作られた複数の部屋を指差すリィネ。
「うん、この周りの部屋は、ゴブリン、フォレスト・オーク、ハイエルフ、シャノア、それから僕とリィネさんの各寝室なんだ。やっぱり仲間毎にまとまっている方が安心するでしょ?」
レンは図面に描かれた部屋の一つ一つを指差し、説明した。
そこでリィネはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「レン様、あの駄猫にはこんな大きな部屋なんてものは必要ありません。あれは場所さえあればどこでも寝れますから」
「ええっ?いや……あの……そうは言っても、ほら、一応猫にもプライバシーとかあるから、ね?」
額から流れ落ちる謎の汗を拭くレン。
「レン様がそう仰るのであれば仕方ありませんね」
展望台で寝ているシャノアがクシュン!とくしゃみをした。
「ところでレン様、お食事を作る場所はどちらになりますか?」
「ん……あっ!忘れてたっ!ここに食糧庫があるから、その隣に部屋を作ってキッチンにしよう」
レンは図面に部屋を書き足していく。
「レン様、もう少し部屋を大きくすることはできませんでしょうか?避難民全員のお食事を作るとなると、これでは足りないものと思われます」
レンは先ほど書き加えた部屋を一旦消し、二回りほど大きな部屋に作り替えた。
「ありがとうございます。そうしましたら、キッチンの作業台はこれくらい、コンロの数は……それから流しは……ダイニングと食糧庫との動線を考慮して……食器棚の大きさはこれくらいで……」
「はい……ええ……はい……なるほど……おおせのままに……」
想像を超えるリィネからのリクエストに次々と応えて図面を書き換えていくレン。
その姿はまさに女房の尻にしかれる亭主のようである。
こうして大規模な地下避難施設の図面ができたのであった。
レンとリィネはハーブティーを飲んで一休みした後、以前作った地下の避難通路に向かった。
それは、魔物や人間達の襲撃に備えて遥か東の森へと続く緊急脱出用の地下通路である。
「よし、ここら辺でいいかな」
二人は光るキノコが照らす木の板で囲まれた地下の通路にいた。
そこは、地上部から降りて数十メートルほど進んだ地点である。
レンは目の前の壁に右手をそっとつき、目を閉じて集中した。
右手の紋章が淡く光り輝き、緑色の魔力の奔流がぐんぐんとその壁の中に流れ込んでいく。
すると、壁となっていた木の板が消失し、土がむき出しとなった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
その土が左右に割れていき、幅の広い大きな通路ができていく。
その通路の上下左右には板が張られ、ところどころに生えている光るキノコが照らしていた。
「ふう、まずは避難所の入り口はこんな感じでいいかな」
「ええ、これなら大人数でもぶつかることなく出入りできます」
レンはその真新しい通路の一番奥まで歩いていくと、その行き止まりとなっている正面の壁に手をついた。
再びその膨大な魔力が壁の中に勢いよく吸い込まれていく。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
先ほどと同じように壁が左右に割れていく。
しかし先ほどと違ってすぐには終わらなかった。
真ん中から割れていった壁は通路の幅を超えてどんどんと広がっていく。
ようやく収まった頃には、そこには数百人が入れるほどの板張りの巨大なホールができあがっていた。
広いホールの中はあちらこちらに生えている光るキノコが全体を照らしている。
「うわぁ……とっても広いですね!これなら運動会でも開催できそうです!」
テンションが上がって大きな部屋の中を走り回るリィネ。
「はははは、それもいいね。今度対抗リレーでもやろうか」
「でしたらレン様がそのお力で圧勝に間違いないですね!」
「僕が魔法を使ったら反則になっちゃうよ!」
二人はゲラゲラと笑いあった。
大ホールの出来具合を確認した後、レンは同じ要領で各部屋を作っていった。
「ふいー……部屋の方はできたね。ちょっと一休みしようか」
レンは額から流れる汗を拭いたあと、大ホールの真ん中に行き、床に寝転がる。
そして、手足を大きく大の字に広げた。
「地下とはいえ、やっぱり新築の家はいいなあ」
そのまま天井を見つめながら呟くレン。
「レン様、お疲れのようでしたらマッサージでもいたしましょうか?」
リィネがその隣に座る。
「いいよいいよ。少しこうして横になってれば充分だから」
「そ……そんな……私のような腕の細い非力なエルフのマッサージでは意味がないと仰るのですね……どうせ私なんてレン様のお荷物でしかない虫以下の存在なのです……」
リィネは体操座りのまま下を向き、床を人差し指でいじっている。
「ええっ?いやいやそういう意味じゃないって!」
がばっと体を起こして両手をぶんぶんと振るレン。
「いみ……私は忌み子……」
「いやいやいやいや!わかった!わかったから!リィネさん、マッサージをお願いします!!」
「私なんぞでよろしいのですか?」
「はいっ!リィネさんのマッサージが世界で一番嬉しいのであります!!」
「わかりました!私にお任せください!」
リィネは機嫌を持ち直し、ふんと鼻息を荒くして腕を捲ってやる気をみせた。
レンはその場にうつ伏せになり両手を顎の下に入れる。
リィネは彼の腰の上に跨り、体重をのせて手のひら、親指を使いグリグリと腰から背中を揉んでいった。
「ああ……リィネさん……気持ちいいよ……あ……そこそこ……あああん……」
自分でも凝っていることに気が付いていなかったのか、リィネのマッサージが上手いのか、変な声が出てしまうレン。
その時、
「れ……レン殿……すいません。またしてもお取込み中のところをお邪魔してしまったようで……」
ガストがいつの間にかすぐそばに立ち、気まずそうに人差し指で頬をポリポリとかいていた。
「なあっ!?い……いや……そ……そういうのじゃないって!ちょ、ちょっと!目をそらさないで!ガストさん!?」
レンとリィネはバッと離れ、座ったまま居住まいを正す。
「レン殿。地下からもの凄い大きな音がしたので来てみたのですが、これは一体……」
「これは前に話した避難所だよ。丁度部屋までは作り終えたところなんだ。どうかな?」
ガストは周囲を見渡し、部屋の大きさ、数、何より短時間で作り上げたことに驚愕した。
「いやいや驚きました。このような空間を作り出すとは、流石は我らの王。これだけの広さがあれば、誰からも不満はでないでしょう。王のお心遣いに心から感謝いたします」
その場で跪き、こうべを垂れるガスト。
「その通りです、ガストさん。よくわかっていらっしゃいますね。レン様は皆のことを第一に考え、その慈悲深いお心によりこのような場所をお作りになったのです。もっと深く感謝してもいいのです」
「いやはや、リィネの嬢ちゃんには敵いませんな!ガハハハハッ!」
その後、レンは各種族の部屋にベッドとトイレ、食糧庫には冷蔵庫、キッチンには作業台と火を使わないコンロと流しなど、必要な設備を次々と設置していった。
一通りの作業が終わる頃、外は既に太陽が地平線に隠れ始めていた。
「ふぅー……なんとかできたぞ。これでこの地下空間でも快適な生活ができるはず……」
「レン様、お疲れ様でした。きっと皆は喜んでくれるでしょう」
リィネはレンの隣で笑みを浮かべている。
「レン様、さすがニャ!これならいくらでも動き回れるのニャ!」
シャノアは、大ホールの中をピョンピョンと飛び跳ねて走り回っている。
「レン殿、素晴らしい調理作業場をこしらえていただき、誠にありがとうございます。腕がなりますわい」
ガストはキッチンを見つめ、その出来栄えに満足している。
「ガストさん、キッチンは私が考えたのです。私に感謝してください。あの調理台も、食器棚も……それから……」
リィネは頬を膨らまし、両手を腰に当てて胸を張っていた。
「なるほど!これはリィネの嬢ちゃんに一本取られたな!ガハハハハッ!」
「―――さあ、明日中には敷地内の全員にここに入ってもらいます。何か足りないものとかあればすぐに報告してください。なんとかしますので」
「はい」「はいニャ!」「王の仰せのままに」
こうして無事、大型の地下避難施設が誕生した。
しかし、この間にも黒枯れに汚染された数千もの魔物の大群が、また一歩、また一歩と近づいてきているのであった。




