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接ぎ木の紋章  作者: 日置坂 唯奈
第一幕 孤独な隠居生活とエルフの少女
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第66話:ご褒美

一人のキャット・ピクシーが闇夜の森を疾走していた。

樹海の奥に広がる黒い何かを確認するため、偵察に出たシャノアである。


「何てことニャ。上から見ていた以上に黒枯れに汚染されているのニャ」


彼女は以前は商人として樹海と人間の街を行き来していた。

それゆえに森の中の移動ルートはある程度把握しているのである。


その彼女の視点から見て、最後に人間の街まで潜入捜査に出て戻ってきた時よりも、明らかに汚染は進んでいた。


濃い緑が青々と輝いていた森が薄暗い黒く枯れた森に、様々な色の花が咲き乱れていた豊かな草原が泥の沼地に、清らかな水をたたえていた湖が黒く濁っている。


「それに……この匂い、鼻が曲がりそうニャ。人間達め……許せないニャ」


森を穢された苛立ちから、ギリと唇を噛むシャノア。


南に向かって走りながら、ピョンと黒枯れの水たまりをジャンプして避け、そのまま木の枝に飛び乗り、また次の枝へと飛び移る。


彼女はところどころにある黒枯れの泥を避けながら右に左に、上に下に跳躍をしながら進んでいた。


そうして南へ南へと走り続けるシャノア、あるところまで来た時、その猫耳がピンと立ち上がり、ピクピクと動いた。


「ニャ!?……何か聞こえてくるニャ……これは……」


シャノアは背筋にゾクリと強烈な悪寒を覚える。

それは明らかに途方もない数の魔物の咆哮や遠吠え、悲鳴のような声であった。


シャノアは走る向きを前から上へと切り替える。

近くに背の高い大樹を見つけると、勢いよくその頂点まで駆け上がった。


てっぺんまで辿り着くと、顔を声がする方へと向けた。


「ニャっ……!!」


シャノアは一瞬言葉を失った。


「な……なんてことニャ……」


樹冠をつかむ手足がブルブルと震えるシャノア。


そこから見えたのは、視界一面を覆いつくすほどの、黒枯れに汚染された魔物の大群であった。


それらは大きな黒い波となってシャノアのいる方へと少しずつ迫ってきている。それも、おぞましい声を上げながらである。


「ニャニャッ!?」


彼女がよく目を凝らして見ると、黒枯れの群れの奥に、ひときわ大きな黒枯れの魔物の姿を捉えることができた。


「え?……あ……あれは……」


シャノアの目が大きく見開かれた。


「もしかして……ドラ……ゴ……ン……ニャ……?」


シャノアの頭からつま先まで、全身から一斉に汗が流れ出す。


魔物の大群はまるで奥にいるドラゴンから逃げるように走ってきている。


想像もしていなかったその光景に彼女は動くことができず、呆然としていた。


さりとて、その場にじっとしていることも許されなかった。


ギャアアアアッ!

ギャアアアアッ!


いつの間にか、黒枯れに汚染された巨大なカラスの群れに彼女は囲まれていたのである。


「ニャ!まずいニャ!逃げるのニャ!!」


シャノアは一目散に樹の頂上から地面まで駆け下り、先ほど来た道を引き返した。


その時、カラスの群れが彼女の後ろから襲い掛かる。


ギャアアアアッ!


「ニャっ!」


勢いよく地面を蹴って左右にかわすシャノア。

一体のカラスが先ほどまで彼女が走っていたところを突き抜けていく。


しかし、一体目をかわしたのも束の間、すぐ後ろから二体目が迫りくる。


ギャアアアアッ!


次は高く跳躍し、木の枝に飛び乗った。


ギャアアアアッ!


また次のカラスが襲い掛かる。


シャノアは再び地上に降り、走り続けるが、カラス達の猛攻は止まらない。

逃げても避けても次から次へと攻撃を仕掛けてくる。


「こいつら何なのニャ!しつこいにも程があるのニャ!」


少し先に巨木を見つけるシャノア。


「よし……残像の舞(ミラージュ・ステップ)ッ!!」


シャノアは複数の残像を作り出し、カラスの目をくらませた。

その隙に本体は巨木の裏に隠れ、身をひそめる。


「こんな時はこれニャ」


彼女はポーチから折りたたまれた擬態の葉(カモフラ・リーフ)を取り出し、さっとその身に羽織った。


光学迷彩のような効果が発生し、カラスの目にはシャノアは映らなくなったのである。


そのままじっと息を殺し、気配を完全に消すシャノア。


(早くどこかへ行くニャ)


しばらくすると、祈りが通じたのか、シャノアを見失った巨大なカラス達は探すのをあきらめ、真っ暗な空へと帰っていった。


「ふう……またしてもレン様に助けられたのニャ」


シャノアは周囲を慎重に見渡し、カラス達の追撃がないことを確認する。


そしてまた走り出した。

レンの待つ家へと帰還を急ぐのであった。


―――樹海は朝を迎えていた。


昨日の激しい戦闘の疲れもすっかりなくなり、リビングでリィネと朝の食卓を囲むレン。

トマトやレタスをもぐもぐと頬張っていた。


「リィネさん、今日はいよいよ地下に大型の避難所を作ろうと思うんだ」


リィネもまた、スープメロンを口に入れている。


「以前に仰っていた施設ですね。レン様が皆を大切に思う気持ちがよく伝わってきます。私たちハイエルフの長老様も、その件では感謝していました」


「ありがとう。ご飯を食べ終わったら、後で図面を見てくれるかな……」


そんな会話の最中、バタンと扉を開けてシャノアが入ってきた。


「はあっ……はあっ……レン様……報告ニャ……」


「おはよう、シャノアって……どうしたの!?」


シャノアの髪や衣服、手足には乾いた泥が付着し、ところどころに擦り傷も目立っている。誰がどう見ても普通の状況には見えなかった。


「実は、昨日の夕方、樹海の監視を続けていたら、ちょっと気になったものが見えたのニャ。だから、夜の内に偵察に行ってきたのニャ」


リィネから水をもらい、一息に飲み干すシャノア。


まだ気持ちが落ち着かないのか、イスには座らず、レンの正面で立ったまま手をテーブルについている。


「それで……どうだったの……?」


レンはそのシャノアの様子を見て、ただ事ではないこと察した。

頭の中を嫌な予感が駆け巡り、胸の中に焦燥感が走り回る。


「とんでもない……数の黒い魔物の群れニャ……見渡す限り一面……」


偵察で目撃した光景を思い出し、両手で胴を抱きしめてブルブルと身震いするシャノア。


リィネは心配そうな表情でレンの方を見る


「レン様……」


リィネの方を振り返り、真剣な表情で答えるレン。


「ああ……そうだね。今日中に避難所の建設を完成させないとだ……」


「レン様、それだけじゃないニャ!その魔物の群れの一番奥から、黒枯れに汚染されたドラゴンが向かって来ているのニャ!」


ドラゴンという言葉にリィネが強く反応する。


「そ、それはエルダー・ドラゴン様では!?でも……まさか……そんな……あのお方のお陰で南の森は守られていたはず!」


レンはイスからすっと立ち上がった。


「二人とも、黙っていてごめん。実は、ドラゴンが汚染されたこと、知っていたんだ。みんなを心配させると思って言い出せなかった……許してほしい……」


レンは頭を下げる。

リィネもまた、イスから立ち上がった。


「レン様が私たちの為を思っての事です。許すも何もありません」


「アタシもニャ。それより、あの巨大な群れ、あの速さだとここまで来るのに後二日だニャ。準備があるなら急いだ方がいいのニャ」


「えっ!?後三日はあると思ってたけど……思っていた以上にペースが速いのか……」


レンは再びイスに座り、ハーブティーを飲んで気持ちを落ち着けた。


「うん、まあ、そうだね。やることは何も変わらない。最善を尽くすだけだ」


自分に言い聞かせるように呟くレン。


「ありがとう、シャノア。もしシャノアが偵察に行ってくれなかったら、魔物の群れに不意をつかれていたかもしれない。本当に貴重な情報だよ、改めて感謝だよ」


「これくらい朝飯前ニャ!……レン様たちはもう朝飯食べてるけど……」


レンはイスに座ってハーブティーを飲んでいるリィネの方をチラリと見て、それからシャノアの方に再び顔を向ける。


「うん……シャノア、こっちおいで」


シャノアを手招きして呼び寄せるレン。


「何にゃ?」


レンはシャノアの頭をやさしく撫でた。


「ニャ……!ニャぁ……」


ゴロゴロとレンに甘えるシャノア。


「な……っ!?」


レンの行動に驚きを隠しきれないリィネであったが、レンがウインクすると気持ちを抑え、シャノアの分の朝食の用意を始めるのであった。


樹海の南から押し寄せる数千もの魔物の群れと黒枯れに汚染されたエルダー・ドラゴン。

タイムリミットはあと二日と迫っているのであった。

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