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接ぎ木の紋章  作者: 日置坂 唯奈
第一幕 孤独な隠居生活とエルフの少女
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第65話:偵察への決意

なんとか黒枯れの甲虫(サベイジ・ビートル)の群れを倒したレン。

樹海の空はオレンジ色に染まっている。


レンはまだ南の境界にとどまっていた。


「レン様、どうされたのですか?」


戦場を見つめるレンに尋ねるリィネ。


レンの視線の先には黒い水たまりがあちらこちらに出来上がっていた。

百匹以上はいたであろう黒枯れに汚染された虫達を退治したものの、彼らがその体にまとっていた黒枯れの泥はそのままであったのだ。


見た目だけではない。

黒枯れ特有の匂い、腐った油と動物の腐敗臭を混ぜたような嫌な臭いが辺り一面に充満していた。


「うん、この黒枯れの水をどう処理しようかと思って。いつもみたいに浄化したいところだけど、この量じゃいつ終わるか分からないし、僕だってそんなにあの痛みには耐えられないよ。耐えたくないし」


ちらりと右手の甲を見るレン。


「そうですね。……なんとかして、その痛みを私が肩代わりすることはできないでしょうか?」


「ありがとう、リィネさん。その気持ちだけで十分嬉しいよ。もし、肩代わりできたとしても、リィネさんにそんな痛い思いはしてもらいたくないし、そんなことは僕が絶対にさせないよ」


レンはリィネの頭をポンと撫でた。


顔を少し赤らめ、嬉しそうに微笑むリィネ。


「レン様、ありがとうございます。私に何かできる事はありませんでしょうか……あ!」


パッと表情を輝かせるリィネ。


「わかりました!膝枕です!前にもレン様がお疲れの時、私の膝がお役に立ちました!」


リィネはその場に座り、膝をポンとたたく。


「いや、そこまでしなくても大丈夫だよ。あの時ほど足には来ていないから……」


「レン様!遠慮はいけません!あのような大規模な魔法を行使されたのです。私にはわかります、どれだけ疲れていらっしゃるのか。それとも、私の事がお嫌いなのでしょうか!?」


レンは周囲に誰もいないことを確認する。


「じゃ、じゃあ少しだけ……休ませてもらおうかな」


地面に横になり、おずおずとリィネの膝に頭をのせるレン。

リィネはレンの頭を小さな手でゆっくりと撫でる。


「ふふふ……こうして見ると、あんなに凄い魔法を使うのに、まるで子供みたいですね」


「あ、なんかこうして横になると急に疲れが出てくるかも……寝ちゃったらごめん」


「眠くなったら寝てください。私にはこれくらいしかできません。それでもレン様のお役に立てるのが嬉しいのです」


夕日が二人を照らす。


レンの瞼がだんだんと重くなる。


意識が落ちかけたその時、近くの茨の壁の葉からシュウとガスが噴き出した。


「ん?……あ、そういえば、あの茨の壁、黒枯れの浄化能力を持たせていたんだ……そうか……」


レンはゆっくりと体を起こす。


「リィネさん、ありがとうね。お陰で体力が回復したよ」


そのまま立ち上がり、茨まで歩いていくレン。


「思えばこいつらのお陰でうちの敷地内は清浄に保たれているんだ……ありがとな」


レンは茨の枝をいたわるように撫でる。


「この子たちは優秀なんですね……私も頑張らねば!強力なライバル出現です!負けませんからね!」


リィネの背から赤いオーラがメラメラと立ち上がり、瞳には炎が宿っていた。


「まあまあ、リィネさん。餅は餅屋に任せようよ」


レンは再び視線を黒枯れの水たまりに戻す。


「……そしたら、今頑張って浄化しなくても、いつかこの茨が浄化してくれるか……。よし、少しだけ手伝ってあげよう」


再び右手で茨の壁に触るレン。

その右手から緑色の魔力が茨に流れ込んでいった。


壁となっている茨の葉の全てがピンと上を向く。

次の瞬間、あちらこちらからシュウシュウとガスが噴射され出した。


「元気になったね。悪いけど僕の代わりに頑張っておくれ。頼むよ」


レンはポンポンとねぎらうように茨を撫でた。


「早くこの泥がきれいになるといいですね。ところでレン様、先ほどの魔法は一体なんだったのですか?そこにあるものを全て吹き飛ばすような、恐ろしいものでしたが」


「ああ……びっくりしたでしょ。あれはね、硬い葉っぱの中に可燃性のガスを持っている草に発熱の葉(フィーバー・リーフ)を接ぎ木して使ったんだ。熱を加える事でガスが膨らんで圧力が高くなり、硬い葉が破裂、そこに引火して爆発するという仕組みなんだけど……わかる?」


話についていけず、ポカンとするリィネ。


「あ……はい……すいません……。所詮私なんぞ無能なエルフ。己の無知を忘れて頭脳明晰なレン様に高度な質問をしてしまい申し訳ありません」


「いやいや、そんなに気にしないで!わからないのが普通だから!」


両手を前に出して大きく左右に振るレン。


―――一方その頃、森の家のすぐそば、見張り塔(キャットタワー)の最上部、展望台。


シャノアは先に戻り、監視活動を再開していた。


「ニャニャ!リィネったらずるいニャ!レン様と二人でいちゃいちゃと……アタシには丸見えなのニャ!」


手すりに寄りかかり、腹立たし気に尻尾をブンブンと横に振っているシャノア。


「う~ん……レン様はどうやったらアタシの方に振り向いてくれるのかニャ。リィネみたいなエルフのどこがいいのかまったくわからないのニャ」


樹海は橙色の光を反射してキラキラと輝いている。


「やっぱりアタシのこの魅力をもっと伝えなきゃダメなのニャ。リィネとは違う大人の魅力ってやつをレン様にわかってもらうのニャ」


そう言った後、自分の両手でその胸を確かめた。


「……ふぅ。アタシもまだまだ修行が足りないニャ……」


自虐気味にため息をつくシャノア。


「こうなったらいっその事……いやいやそれだけダメニャ、アタシのポリシーに反するのニャ」


ブツブツと呟きながら樹海の監視を続ける。


すると、南の方角、奥の方で夕日に照らされた黒い鳥の群れが一斉に飛び立つのが見えた。


「あんな大きな鳥たちまでが黒枯れに汚染されているニャ……」


その時、シャノアの視線の先、地平線に黒い点が現れた。


「……何ニャ?」


その点をじっと眺めていると、点だったものが少しずつ、ゆっくりと左右に広がり、線になっていく。


「あ、あれは……レン様の言っていた黒枯れの魔物の大群かニャ?」


シャノアは手すりから身を乗り出し、目を細め、じっと観察をする。


その黒い線はじわりじわりと太く、長くなっていく。


何かがこちらに迫ってきているようにも見える。

しかし、日はほとんど落ちてしまい、樹海はどんどんと暗くなっていっていた。


「……やっぱり遠すぎてここからでもよく見えないニャ。あれがもしその大群だとしても、まだまだ先ニャ……でも……このまま報告してもあんまり意味がないのニャ」


眉間にしわを寄せ、うーんと唸るシャノア。


「よし、決めたニャ!直接行ってこの目で確認するニャ!そして、レン様にいっぱい褒めてもらうのニャ!……きっと、『シャノアありがとう、今日はこの膝の上でゴロゴロして、思いっきりスリスリしていいよ』ってなって、その後は……ムフフ、なのニャ!」


シャノアはたくましい妄想を力に変え、偵察に出ることを決めた。


そのまま見張り塔(キャットタワー)をピョンピョンと勢いよく降りていくシャノア。


「アタシがこの目で確かめた最も有益な情報を持って帰るのニャ!レン様の一番はアタシなのニャ!レン様、待っていてくださいニャ!」


途中まで降りたところで近くの樹に飛び移り、枝から枝へと素早くジャンプしていく。

あっという間にシャノアは森の中に消えていった。


ついに黒枯れに汚染された数千もの魔物の大群がその気配を見せ始める。

シャノアは一人、暗闇の樹海を駆け抜けるのであった。

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