第64話:黒枯れの甲虫群
黒枯れに汚染された魔物の大群が押し寄せるまであと四日。
その日も樹海は晴天の朝を迎えていた。
温かな陽射しが森を照らしている。
レンは朝の散歩ついでに、日課となっている各種族へあいさつをして回っていた。
そこにシャノアが駆け寄ってくる。
「レン様ー!こんなところにいたのニャ!大変なのニャ!」
「ん?どうしたの?」
後ろを振り返るレン。
「黒枯れに汚染された虫の大群がこっちに向かっているニャ!大きいのから小さいのまで百匹以上はいそうだニャ!」
「え?魔物の大群が来るまで後四日だったはず。っていうことは……本体とは別っていうことか……」
レンは顎に手をまわす。
「シャノア、報告ありがとう。どれくらいでここまで辿り着きそう?」
「まあそんなに足が速くないから、日が暮れる前になるのニャ」
「うん、わかった。じゃあ僕はこのままみんなに臨時の大型避難ドームに避難してもらうよう伝えて回るよ。それと、一時間後に作戦会議を開くから、僕の家に集まって」
こうしてレンは各種族に避難するよう指示を出して回った。
―――そして一時間後、レンの家のリビング。
そこにはレン、リィネ、シャノア、ガストの四人がテーブルを囲んでいた。
「では作戦会議を始めます。今回は今までと違って敵の数が多い。けれど、それに合わせて作戦を考えてきたから、まずはこれをみてください」
レンはテーブルの上に広げられている大きな葉っぱを指さした。
そこには建物の図面のようなものが簡単に描かれている。
「これは、南の境界の茨の壁のところなんだ。見ての通り、今回は敢えてこの壁の一部を大きく開放しようと思う。彼らを中にわざと誘い込むんだ」
レンは図面を指でなぞりながら説明を続ける。
「彼らが敷地の中に入ったあとは、見ての通り大きな四角い部屋になっているけど、出口は一番奥の右の狭い通路しかない。こうすることで彼らはこの四角い部屋の中で渋滞するはずなんだ。そこを僕とリィネさんで上から叩いていく。そして、ガストさんと若いオークたちは、この狭い通路から出てきた敵を各個撃破するという作戦です」
「すばらしいです!」「ニャニャ!」「なんと!」
三人から驚きの声が漏れる。
「レン様!なんという美しい作戦でしょうか!完璧です!やはりレン様は神の申し子。このリィネ、いつでも命を捧げる覚悟です!」
……重いよリィネさん。
「そしたら、アタシはあいつらをこの入口から部屋の中に入るよう誘導するニャ」
「わかった。頼りにしてるよ、シャノア」
「任せろニャ」
胸を張って答えるシャノア。
「さすがは我らが王。お見それいたしました。このような作戦、考えたこともございません」
ガストは頭を下げ、レンへの敬意をあらわしていた。
「いやあ、それほどでも……」
その時、レンは突然なにもない正面の空中に向かって話し出した。
「解説しよう。今回の作戦は日本の戦国時代に発達したお城の防衛システムの一つである。敵を誘い込む場所は虎口、または桝形虎口と呼ばれている。敵の集団をそこに誘い込み、四方八方から弓や鉄砲で攻撃するというもの。僕はそれを思い出し、応用したというわけなのである。決してパクリとか言わないように」
レンは視線を再び戻す。
「ガストさん、是非とも訓練の成果を見せてください。期待していますよ」
「ははっ!必ずや王の期待に応えてみせましょう!」
こうして作戦会議は終了した。
―――そして昼過ぎ、レンたち四人は南の境界にいた。
レンは魔法で茨の壁を操作し、大きな桝形虎口を作る。
壁を大きく取り払った門を真正面に見据える壁の上に高台を作り、レンとリィネはその上で待機していた。
一方ガストはフォレスト・オークの若者たちと虎口の出口で待ち構えている。
レンの立つ高台にヒューと風が吹きつける。
開拓者の万能剪定鋏をヒュッと振り、片手剣モードにするレン。
「リィネさん、危ないと思ったら無理しないでね」
「大丈夫です。私にお任せください。一人で全て片付けてみせます」
その時、奥の森からシャノアが勢いよく走って戻ってきた。
「こっちニャー!」
後ろを振り返りながら走るシャノア。
その視線の先を追っていくと、おぞましい光景が広がっていた。
森からは数えきれないほどの黒枯れの甲虫の大群が迫って来ていたのである。
ギイイイイイイイイイッ!
ギャシャアアアアアアアアッ!
「うっ……!」
そのビジュアルに圧倒され、思わず怯み、足がすくむレン。
「……よし!やるよ!リィネさん!」
「はいっ!」
レンは自分に言い聞かせるように大きな声を張り上げ、営業モードのスイッチを入れた。
ガサガサガサガサ……ガサガサガサガサ……
巨大なテントウムシやカブトムシ、カミキリムシなどが次々と開いた門から中に入ってくる。
先頭を歩く巨大なコガネムシを捉えるレン。
「いくぞ!くらえ……種子弾・紅蓮の枯葉!」
ズドドドドドドドドドド!……ババババババババアアアンッ!!
硬質化した種に爆発性のある葉を接ぎ木した弾丸が、剣先から出現し、勢いよくとび、コガネムシに着弾していく。
ギャア……ァ……
その時、リィネはクワガタムシに狙いをつけて疾風の茨弓を構えていた。
「私も……ハァッ!」
ビュウゥンッ!……バァン!
その矢は見事にクワガタムシの頭と胴の間を貫通する。
ズドドドドドドドドドド!……ババババババババアアアンッ!!
ビュウゥンッ!……バァン!
ビュウゥンッ!……バァン!
レンとリィネは次々と虫たちを退治していく。
ギギャアアアアアアアアッ!
ジュギイイイイイイィッ!
黒枯れの甲虫の群れの勢いは衰えない。
それどころか増しているようにぞくぞくと敷地に入って来ていた。
「くっ!わかっては……いたけど……数が多い!」
ズドドドドドドドドドド!……ババババババババアアアンッ!!
「……ですね!……キリが……ないです!」
ビュウゥンッ!……バァン!
ビュウゥンッ!……バァン!
黒枯れの甲虫の大群はついに部屋にいっぱいとなり、一匹ずつガストたちの待つ通路に入っていく。
「よし、来るぞ!構えろ!!」
通路から巨大なゴミムシが顔を出した。
「今だ!」
フォレスト・オークの若者たちは一斉に攻撃をする。
ギャア……ァ……
「よし、やったぞ!……次が来るぞ!」
オークの若者たちは訓練の成果を存分に発揮し、一匹、また一匹と倒していった。
しかし、数の多さという暴力は圧倒的である。
始めは順調に撃退していたレンたちにも、次第に疲労がたまっていく。
ギギイイイイイイイイイイッ!
ジュシャアアアアアアアッ!
虫たちの進撃は止まらない。
「はあっ……はあっ……まだ……」
ズドドドドドドドドドド!……ババババババババアアアンッ!!
「うっ!」
ビュウゥンッ!……バァン!
蔓を握る指に力が入らなくなってくるリィネ。
矢を射るペースも落ちていた。
一方、オークたちも苦戦し始めていた。
「い……一体……いつまで……はあっ……はあっ……」
「危ない!墜天・脳天割り!!」
ガストが大剣を振り下ろす。
ギィ……ィ……
「お前らの力はこんなもんか!気合を入れろ!」
ガストは味方を鼓舞するように大きな声で吠えた。
「みんなもうちょっと頑張ってくれ!こいつらを足止めさせる!」
レンもまた大声で叫んだ。
片膝をついて右手を高台の床につき、地面に向かって一気に膨大な魔力を流し込む。
すると、目の前にいる虫達の足元から大量の冷気草が出現した。
体温を奪われた虫達の動きが急速に鈍くなっていく。
「よし、みんな今のうちだ!もう一度いくぞ!」
ズドドドドドドドドドド!……ババババババババアアアンッ!!
ビュウゥンッ!……バァン!
ほとんど動かなくなった黒枯れの甲虫達を次々と倒していく。
その後ろから次々と虫達が向かってくる。
ようやくこの群れの最後の一匹がレンの目に入った。
「みんな!もうすぐだ!もうひと踏ん張りだ!」
ギイイイイイイイイイッ!
ギギャアアアアアアアアッ!
最後の甲虫が敷地内に入ったのを確認し、レンは声を張り上げる。
「よし、大きな魔法を使います!みんな離れて!」
レンは再び片膝をつき、大地に緑色の魔力を注ぎ込んだ。
今度は虫達の足元から大量の紅蓮の枯葉が出現し、次々に起爆していく。
ドォン!……ドォン!……ドドォン!……ドドドォンッ!……ドドドドドドドドドドドドドドドドオオオォォンッッ!!
レンの目の前で大爆発が起きた。
砂埃が舞い、爆風が周囲に吹き荒れる。
レンは咄嗟に目の前に大きな樹木の盾を作り、自身を守っていた。
ギイイ……ィ……
ギャ……ァ……
爆風がおさまり、辺りは静けさに包まれる。
虫達の声は聞こえなくなっていた。
「……やったか?……」
レンはおそるおそる樹木の盾を解除する。
黒枯れの甲虫達がひしめき合っていた桝形虎口の中は、黒い海が広がっていた。
「ふう……」
レンは剪定鋏をもとの大きさに戻し、ホルスターにしまった。
仲間達がレンのもとに駆け寄ってくる。
「レン様!すんごい魔法ニャ!これなら何匹こようと無敵なのニャ!」
「ありがとう、シャノア。でもね、こんなのを広範囲で使ったら皆を巻き込んじゃうから、むやみには使えないかもしれないよ」
その通りである。レン自身をも破滅させかねない魔法の使い方であった。
「レン殿、お怪我はありませぬか?」
「大丈夫だよ、ガストさん。お疲れさまでした。若者たちはどうでしたか?」
「はい、訓練の成果は見られました。しかし、同時に課題も見つかりましたので、もっと精進いたします」
「そうですか、まあ、まずは休んで英気を養ってください」
そんな中、リィネは一人だけ黙って下を向いていた。
「リィネさん、大丈夫?怪我はしていない?」
少しかがみ、リィネと目線を合わせるレン。
「レン様……私はお役に立てたのでしょうか?レン様の魔法の前では私の弓などあってもなくても変わらないのではないかと……」
「リィネさん、そんなことないよ。確かに火力とか、せん滅能力だけをみたらそうかもしれない。でもね、リィネさんがそこにいるから僕は頑張れるんだ。これからも頼むよ。リィネさんと一緒に戦いたいんだ」
俯いて泣きそうになっていたリィネの表情がみるみる笑顔に変わっていく。
「はいっ!」
しかし、レンの胸の内は不安でいっぱいであった。
「百匹でこれか……」
黒枯れに汚染された魔物の大群は少しずつ近づいて来ている。
迫りくる本体との戦いに向け、様々な課題がみえてくる一戦であった。




