第63話:決起集会
昼に突然の大雨にみまわれた前日から一転、この日の空は青く晴れ渡っていた。
樹海には暖かい陽が射し込んでいる。
森の家、リビングのテーブルにはレタスやトマトなどが皿に盛られ、レンとリィネは朝食をとっていた。
「レン様、ちょっと聞いて下さい。ガストさんたら酷いんです。私の新作料理、キャベツのまるごとスープを味見してもらったら、塩の入れ過ぎだと。こんなのはしょっぱすぎるからレン様にお出ししてならない、なんて言うのです」
頬を膨らませ、ぷんぷんと怒りながらグチるリィネ。
レンに同情してもらいたかったのだが、その日のレンは少し違っていた。
「そんなことがあったんだ......はあ......」
虚ろな目でトマトを口に入れるレン。
「……?……レン様、どこかお体の調子が悪いのですか?お元気がないように見えますが……」
眉を下げ、心配そうにレンを見つめるリィネ。
「ん、まあ、ちょっと考え事してて……」
レンは水を飲もうとコップに手を伸ばしたが、掴み損ね、そのまま倒してしまった。
「あ、ごめん……」
「大丈夫です。私が拭きますので」
そんなやり取りのあと、そそくさと朝食を終え、レンは一人で散歩に出る。
彼は特に行くあてもなく、森の中を歩いていた。
「あと五日……か……はぁ……」
胸の前で腕組みをし、ゆっくりと歩く。
「数千匹……今までみたいに一匹ずつ相手をしていたら間に合わない……まとめてせん滅するような方法は……」
ブツブツと歩きながら呟くレン。
「いや……それは危険すぎる……にしても多いよな……」
右手の紋章を見て、意識を集中する。
今にも溢れ出てくるのではないかと思うほど、十分に魔力がみなぎっているのがわかる。
気が付くと、レンはゴブリンの居住区にいた。
「おはようございます、レン様」
声をかけてきたのは、以前に一緒におままごとをして遊んだ小さな女の子であった。
「おはよう」
レンは反射的に笑顔で挨拶を返す。
「ねえ、レン様!また一緒に遊ぼ!」
「あー、ごめんね。今はちょっと大事な事を考えているんだ」
右手で自分の後頭部をさすりながら申し訳なさそうに笑顔で断るレン。
「えー!」
露骨に不満をあらわにする女の子。
「こら!レン様を困らせるんじゃない!」
その時、ゴブリンのリーダーがレンに近づいてきた。
「レン様、昨日のハイエルフたちが同じ敷地に住むことになったと聞いております。皆が怯えているのですが……本当でしょうか?」
「はい、本当です。ただし、他の種族を見下したり、不当な扱いをしないように言ってありますので安心していただきたいです。でも、もし何か嫌な事をされたら、必ず僕に教えてもらえますか。必ず僕がなんとかしますので」
ゴブリンの男を安心させるよう、力強く答えるレン。
「そうですか、それはわかりました。他にも、黒枯れの汚染が進んでいるとの噂も広がっており、皆が不安になっております」
「確かにそのようです。ただ、ここで一緒に暮らしている皆は僕が絶対に守ります」
「……承知しました。我々にできることがあれば、遠慮なくお命じください」
レンは前世を思い出していた。
競合他社が新製品を出すらしい、うちの会社はまずいんじゃないのか、会社は現場のことをなにもわかっていないんだ、エトセトラ。
噂が広まり、ネガティブになっていく部下たち。
そんな時、彼らをなだめるのも課長としての大事な役割であった。
「どこも同じだな……よし、まずはみんなに安心してもらわないと……」
再び歩き出すレン。
大きなため息をついた。
「……あれをやるか……」
レンはゴブリン、フォレスト・オーク、ハイエルフの居住区を回り、日が暮れてからレンの自宅前に全員が集まるよう伝えた。
また、ガストとリィネにはこの集落全員分の夕食を用意するよう指示を出した。
そして夜が訪れる。
月明かりが自宅前を照らしていた。
各種族が集まり、家の前はごった返し、ざわざわとしている。
レンは高さ一メートルほどの大きな台の上に乗り、皆を見下ろしていた。
リィネ、シャノア、ガストは台の下、レンの後ろで立っている。
「だいたいみんな集まったかな……」
頃合いをみて、レンは営業モードのスイッチを入れる。
「皆さん、聞いてください。今日は、これから決起集会を開きます。最初に、私から樹海の黒枯れの現状と対策についてお話します。そのあとは、美味しい料理と飲み物をいただきながら、皆で懇親を深めたいと思います。どうぞよろしくお願いします」
自宅前の樹木数本に設置した、巨大な花からもレンの声が大きく聞こえる。
レンは皆の顔をよく見ながら、胸を張り、手を後ろに組んで堂々と話を続けた。
「では、まず始めに皆さんが気になっている、樹海の黒枯れ今の状況についてお話します。今、ここにいる皆さん……皆さんはくしくも今まで住んでいた村や集落が黒枯れによって住めなくなり、ここに避難してきました。その黒枯れは、今もなお、樹海全体で汚染を広げています。特に、この数日間で加速しているのが実状です」
一斉にどよめく亜人たち。
「ああ!やっぱり!」
「もうだめだ……」
「森から出るしかないのか」
レンは右手を前に出し、声を張り上げた。
「静かにしてください。不安になるお気持ちはごもっともです。よくわかります。しかし!私たちの周りをよく見てください。ここには黒枯れはいっさいありません!私の魔法でここを守っているのです!それは、これからも変わる事は決してありません!」
右手の紋章を力強く掲げるレン。
集団は再びどよめいた。
「おお!レン様!」
「緑の聖者様!」
「ありがとうございます!」
レンは、ざわつきがおさまるのを待ってから落ち着いて言葉を続けた。
「しかし、残念なことに、黒枯れに汚染された魔物が大量に発生してしまいました。あと、五日ほどで彼らはここに辿り着くでしょう」
家の前は一気に静まり返った。
「大丈夫です。皆さんが心配することはありません。大きな避難所をこの地下に作る予定です。そこには食料も水も用意します。ただし、魔物達と戦える人は援護をお願いします。皆で力を合わせて追い返すのです。私たちが力を合わせれば、決して不可能ではありません。私が、この紋章に誓って約束します!」
再びレンは右手の紋章を高々と掲げる。
「レン様!」
「さすがです!」
「ありがとうございます!」
あちらこちらからレンへの賞賛や感謝をする声が飛び交う。
一人が膝をつき、レンに頭を下げる。すると、その周りも同じように膝をついて頭を下げた。それは波のように広がり、気が付けばレン以外は皆が地面に膝をつき、頭を下げていた。
「皆さん……ありがとうございます。そのお気持ちがとても嬉しいです。私は、全力でこの場所を、そして、ここにいる皆を守ります。そのために、どうか皆さんのお力を貸してください!この非常事態を、皆で力を合わせ、乗り越えましょう!」
ハイエルフの長老が大きな声で宣言する。
「我ら一同、レン様についてまいります」
ガストもそれに続く。
「俺たちもだ。我らが王のためなら命を捨てる覚悟です」
ゴブリンのリーダーも続いた。
「レン様に救ってもらった恩は一生忘れません。なんなりと!」
すると、どこからかレンの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
その声はだんだんと増え、大きなコールとなっていった。
レーン様!! レーン様!! レーン様!! レーン様!! レーン様!! レーン様!!
こうしてレンの演説は終わった。
その後、懇親会が始まった。
各自が思い思いに食事と会話を楽しんでいた。
一部のゴブリン、フォレスト・オーク、ハイエルフは種族の垣根を超えてテーブルを囲んでいる。
「本当に黒枯れには困ったものですな。木々は枯れるし、食べるものも無くなってしまう」
「おたくもですか!うちもですよ!」
「俺の村なんて汚染された魔物に襲われて、それはもう大変でしたよ。俺がもう少し若ければ、魔物なんぞ一刀両断に力でねじ伏せてやったのですが」
「さすがにパワーがありますな。我々は風の魔法で追い返すのがやっとですよ」
「いやいや、対抗手段があるだけうらやましい限りですよ。私たちなんて逃げるしかありませんからな!はっはっはっ!」
その脇で、ゴブリンの子供たちがハイエルフの子供たちにおそるおそる声をかける。
「ねえ、一緒に遊ぼ」
エルフの子供は驚き、親の顔を覗いた。
「一緒に遊んできていいよ。ただし、いじめたりしたらダメだからね」
「うん!」
こうしてゴブリンとハイエルフの子供たちは仲良く遊び始めた。
その光景を見たリィネが微笑む。
「うふふ……かわいいですね」
「そうだね、こういう時間がずっと続くように僕も頑張らないと……」
「レン様は頑張りすぎです。朝からお元気がないと思っていたら、こんな素敵な会を考えておられたなんて、思ってもみませんでした。まったく、心配させないでください」
そこに、シャノアが近寄ってきた。
「ニャ?なにいちゃいちゃしているニャ。リィネばっかりずるいのニャ」
レンに一気に近づくシャノア。
察したリィネがレンの前に立ちはだかる。
しかし、シャノアはピョンと高く跳躍し、リィネを飛び越え、レンの後ろに回り込む。
そのままレンの後ろから首に手を回し、抱き着いて首をスリスリとした。
「はあ……やっぱりレン様の匂いが一番ニャ。ずっとこうしていたいのニャ……」
ズゴゴゴゴッ!
シャノアの後ろからリィネが黒いオーラを発しながら殺気をまき散らす。
ハイライトの消えた目でシャノアを睨み、弓に番えた矢に魔力を込め始めた。
「この泥棒猫。レン様はお疲れなのですよ……万死に値します!」
「ニャ!?目が本気ニャ!レン様助けてニャ!」
リィネの弓から逃げ回るシャノア。
「リィネさん、待って待って!そこまでしなくていいから!」
両手を前に出し、大きく振ってなだめるレン。
「ガハハハハッ!レン殿はおなご達にもてますなあ!うらやましいですわい!」
ガストは楽しそうに酔っぱらっている。
こうして森の夜はふけていった。
迫りくる黒枯れに立ち向かうべく、集落に住む皆の気持ちをまとめようとするレンなのであった。




