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接ぎ木の紋章  作者: 日置坂 唯奈
第一幕 孤独な隠居生活とエルフの少女
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第61話:呪縛からの解放

日は暮れはじめ、夕日が樹海を橙色に照らしている。

ひとしきり降った雨が上がり、レンはリィネと二人で自宅前の菜園で作物の状態を観察していた。


「ほらみて、トマトはね、この脇芽をとることで風通しもよくなるし、実に栄養が集まるんだよ」


しゃがみこんでトマトの株を指差し、笑顔でリィネに説明をするレン。


「レン様はさすが物知りですね。勉強になります。そのひと手間の愛情がトマトを美味しく育て上げるのですね」


真剣な表情でレンの話を聞くリィネ。


その時、見張り塔(キャットタワー)の上から一匹の猫が駆けるように降りてきて、ストンと二人の前に着地する。


「レン様、朝話したハイエルフの一団がもうすぐ茨の壁のところまで着くのニャ」


レンの表情から笑顔が消え、目が細くなる。


「ありがとう、シャノア。よし、それじゃあ迎えに行こうか、リィネさん」


「……はい」


ためらいがちに答えるリィネ。

条件付きでエルフたちをここに迎え入れると決めたものの、彼女の心中では踏ん切りがついていなかった。


レンは植物の伝言(ウィスパー・ネット)をたよりに、リィネと二人で北の境界の茨(バウンダリー・ソーン)に向かって歩く。


森はオレンジ色に染まっていた。


そこに近づくにつれて、奥の方からざわざわと声が聞こえてくる。


「本当にここであっているのか」

「いや、間違いない。噂に聞いた通りの茨だ」


レンが集団に向かって歩いていくと、数名のエルフが指を差す。


「あ!あのお方が緑の聖者様では!?」

「きっとそうだ。黒い髪の人間だ」


次に、その集団はレンの後ろを歩くエルフに気が付く。


「あれ?あれは忌み子では……」

「なぜ緑の聖者様と一緒にいるんだ……」


リィネは何も言わずレンのすぐ後ろを離れないように歩く。その足は震えていた。

レンは耳障りな言葉を無視し、茨越しに集団に向かって緊張気味に話しかける。


「皆さまこんばんは。お待ちしておりました。私が緑の聖者と呼ばれている、レンと申します。どうぞ中にお入りください」


レンは壁になっている茨の一部を消失させ、敷地の中に一団を招き入れる。


「うわあ……空気が澄んでいるぞ」

「黒枯れの汚染がどこにもない……ここが噂の聖地なのか……」


エルフたちは周囲を見まわし、思い思いに声をあげていた。


「では、皆さんを中心部まで案内しますので、私についてきてください」


レンが踵を返して家の方に向かって歩き出す。

リィネは集団の中で誰かを探すように首を伸ばしていたが、レンが歩き出すのに気付くとその後にピタリと離れないようにくっついていく。


一行はざわざわと話をしながら二人の後を歩いていく。


「あれはリィネじゃないのか?」

「なんでここにいるんだ?聖者様とどういう関係なんだ?」


リィネはレンの裾をつかみながら歩いていた。


レンはまっすぐ家にはいかず、敢えてゴブリンの居住区の真ん中を通る。

ゴブリンたちはハイエルフの一団をみると一目散にテントの中に避難し、体を小さくして警戒を強めた。


和やかだったゴブリンたちの雰囲気が、一転して緊張へと変わったのがレンにも明確にわかった。


「なんだと?ゴブリンどもも聖地の中にいるのか?」

「信じられん。こいつらは卑しい下等種族のくせに」

「ああ!ゴブリンくさい!」


エルフたちの誹謗中傷がとまらない。

レンはその言葉に不愉快にならざるを得なかった。


「……リィネさんの言っていた通りだね。」


「レン様、これが通常のエルフとゴブリンの関係なのです。すみません……」


「リィネさんが謝ることないよ。ただ、ちょっと思っていた以上に種族同士の隔たりを感じたんだ」


レンは、ショックを受けながらも続いてオークの居住地も同様に通り抜ける。

そして、レンとリィネは家の前までエルフたちを誘導した。


太陽は沈み、月明かりがテラスに差し込んでいた。


彼らは初めてみる噴水の流れる池、魚や水草が光る幻想的なその池をみて、レンの魔力に驚愕している。


エルフたちが全員集まるまで、リィネはその集団の中をキョロキョロと見まわし、誰かを探していた。


そして、一人の老人を見つけ、大きく深呼吸をしたあと、声をかける。


「あ……あの……長老様……」


「……ああ、リィネか。久しぶりだな……息災でなによりだ……」


リィネを村から追い出した負い目からか、気まずそうに口を開く長老。


「私の、お父様とお母さまはどちらにおりますでしょうか?」


「……それは……いいにくいのだが……」


もごもごと、歯になにか挟まったような言い方をする。


「ここにくる道すがら……突如地面から噴き出した黒枯れの泥に、二人とも飲み込まれて……助ける事は叶わんかった……」


「え?……そ……そん……な……うそ……」


リィネはピタリと固まった後、ぶるぶると震えだした。


「すまぬ……」


下を向く長老。

その場にへたりこむリィネ。


「あ……ああ……ああああああああぁっ!!」


彼女は両手で顔を覆い、大きな声で泣き叫んだ。


長老はそれ以上は何も言えなかった。


森の中にリィネの声が響きわたっていた。


しばらくした後、営業モードのスイッチを入れたレンが口を開く。


「―――長老さん、お話があります。そこにおかけください」


手をのばして着席を促すレン。


テラスのテーブルに向かい合うレンと長老。


レンの後ろには、ひとしきり泣いてようやく落ち着きを取り戻したリィネが立っている。

その目は赤く腫れていた。


レンは姿勢を正し、両手をテーブルの上で組んでいる。


「……長旅お疲れさまでした。あなた方は、おそらくですが、黒枯れの汚染で村が住めない状態となり、私の噂をたよりにここまで避難をされてきた。違いますか?」


「な!なんと!緑の聖者様はそのような事までおわかりなのですか!まったくもってその通りでございます!」


目を見開いて驚く長老。


「村の周囲の木々に始まり、ご神木、ついには村の内部の樹木の全てが黒く枯れてしまいました。そして地面からは黒い水が湧くようになり……やむなく居住地を移す決意をしたのです」


「わかりました。それは災難でしたね。まあ、まずはハーブティーでも飲んで落ち着いてください」


レンと長老はそれぞれハーブティーに口をつける。


「さて、ここには道中で見てもらった通り、ゴブリンやオークも生活を共にしております」


「ええ、拝見しました。聖者様ほどのお方があのようなもの達と一緒にいるとは、信じられませぬ」


長老は手であごひげを撫でながら答えた。


「私にとってこの地に暮らす、全ての種族は皆平等です。エルフが上でゴブリンが下とかはありません。ここで暮らすのであれば、あなた方もゴブリンたちも、私は分け隔てなく接します。……それでもよろしいですか?」


「な?なんですと!?」


長老のひげを撫でる手が止まる。

周囲がざわざわとどよめいた。


「ゴブリンどもと同じ扱いだと?そんなバカなことが認められてたまるか!」

「あんな醜悪なやつらと一緒にされては困る」

「我らは誇り高きハイエルフだぞ」


レンの思っていた通り、いや、それ以上の反応であった。額から汗が落ちる。

しかし、レンの声の強さは変わらない。


「皆さんがゴブリンを下等だ、弱い、醜悪だといって突き放す、認めないというのは、ここの長である私の理念に反します。皆さんが自分たちと違う種族と一緒に生活できないという事は、私が皆さんと一緒に生活できないということと同じです」


周囲のざわつきは次第に静まっていく。


「それに、ゴブリンやオークの方々も、皆さんと同じ黒枯れに居住地を追われた同じ立場なのです。私には見捨てることは到底できません」


テラスに沈黙が訪れる。


「確かにそれは一理あるが……しかし……突然そのようなこと……」


苦しさと迷いを見せながら一つずつ言葉を吐き出す長老。


「ご安心ください。何も急に同じ屋根の下で生活しろとはいいません。居住区ももちろん分けます。まずは、ゴブリンやオークをいじめたり、バカにしたり、差別したりしなければそれで結構です。もし、守ってもらえなければ皆さんをすぐに追い出します」


長老はエルフたちの顔を見る。

動揺しているもの、黙ってうなずくもの、目を合わせないもの、反応は様々であった。


長老は目を閉じて少し考えた後、口を開く。


「……わかりました。聖者様がそこまでおっしゃるのであれば、背に腹は変えられませぬ。皆には私からよく言い聞かせておきます」


「ご理解いただき、ありがとうございます……」


レンはハーブティーを飲んで喉を湿らせた。


「まだお話したいことがあります。ここにいるリィネさんのことです……」


レンはリィネをちらりと見る。

リィネは目を伏せ、両の手はドレスをギュッと握りしめていた。


「リィネを村から出したのは仕方がないことです。村の言い伝えでは、瞳が異なるものは災いを呼ぶと、そう言われていたのです」


「確かにそういう言い伝えがあるのかもしれません、しかし、リィネさんは何か悪いことをしたのでしょうか?僕は今、彼女と一緒に生活をしていますが、彼女が原因と思われる災厄は一つもありません……」


力強いまなざしで長老を見ながら話すレン。


「レン様……村ではリィネが大きくなるにつれ、周囲の樹木が黒く枯れ、ご神木までもが枯れてしまったのです……」


「長老様、お言葉ですが、それはリィネさんが村からいなくなった後も続いたのではないのですか?だから移住を余儀なくされたのですよね?」


「う……それは……」


下を向き、言葉に詰まる長老。


「私は、黒枯れの本当の原因を知っています……それが、リィネさんとはまったく関係ないことも」


「な!そ、それは本当ですか!?」


長老は思わずイスから立ち上がり、声を荒げた。

レンは構わず冷静に言葉を続ける。


「ここで暮らすということはリィネさんとも一緒に暮らすということです。今までの彼女への仕打ちを、謝ってもらえませんか?」


再びイスに座って目を閉じ、沈黙する長老。

周囲ではエルフたちが再び騒いでいる。


しばらく考えた後、長老は重い口を開いた。


「黒枯れの原因がリィネとは関係ない、それは誠なのですな?」


「はい、この紋章に誓って」


右手の甲を見せて答えるレン。


「……聖者様、申し訳ございませんでした。村の言い伝えに縛られ、リィネ自身を見てやれなかった。許してはもらえませんでしょうか……」


レンに向かって頭を下げる長老。


「長老さん……謝る相手は僕じゃありませんよ」


レンは長老のその態度に、怒りを覚えていた。


「う……うむ……」


レンの雰囲気に気圧され、イスから立ち上がり、レンの後ろで怯えているリィネの前にゆっくりと跪く長老。


周囲は再び静まり返っていた。


「リィネよ……すまなかった。あの時は黒枯れの原因はお前なのだと、盲信していた。村から追い出すような真似をしたことを、謝らせてくれ……」


長老はそのままリィネに頭を下げた。


「長老様、頭を上げてください」


長老と同じ目線になるようしゃがみ込むリィネ。


「私は……子供の頃からみんなに避けられ、たくさん、辛い思いをしてきました。今すぐに皆を許すことは到底できません。でも、これからの時間、他の皆と同じようにお話をして、同じように時間を共にさせていただけるなら、それで私は十分です」


「リィネ……わかった……約束する」


長老の言葉を聞き、安心したレンは笑顔を見せた。


「長老さん、既に臨時避難用のテントを用意してあります。寒さもしのげるようにしてありますので、ゆっくりと旅の疲れを癒してください。これからよろしくお願いします」


レンは右手をまっすぐ長老に差し出す。

長老もまた右手を握り返した。


エルフたちを居住区まで見送った後、レンの元に歩み寄るリィネ。


「レン様……ありがとうございました……」


彼女の目には涙が溜まっていた。

その頭をポンポンとやさしく撫でるレン。


「リィネさんもよく頑張ったね……」


「はい……」


リィネはレンの胸に顔をあずけた。


「私は……うまくやっていけますでしょうか?」


「うまくやっていく必要なんてないよ。ありのままのリィネさんで大丈夫だから……」


レンはリィネの後ろ髪をゆっくりと撫でおろす。


リィネは胸が温かくなるのを感じるのであった。

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