第60話:家族たち
森の空は朝から曇っており、昼になっても薄暗いままであった。
シャノアの報告を聞いたレンは、リィネと二人で家のそばを歩いていた。
「ハイエルフの方々の居住区域はこの先でいいかなあ。リィネさんはどう思う?」
「そうですね……エルフはきれい好きな人が多いので、この先のゴブリンの居住区を抜けた川の近くがちょうどいいと思います」
なるほどとレンは相槌を打ち、ゴブリンの居住区を抜けようと入っていく。
そこには、まだまだ小さなゴブリンの女の子が二人、テントの前でおままごとをして遊んでいた。
「あっ!レン様だ!リィネお姉ちゃんもいる!」
一人が気づき、声をかけてくる。
「ねえねえ!一緒に遊ぼ!」
「んー……じゃあ少しだけだよ。リィネさんもいいかな?」
「ふふふ………もちろんです……」
「やったー!」
無邪気な笑顔を振りまき、両手をあげて喜ぶゴブリンの子供たち。
「なんか懐かしいな、子供のころを思い出すよ」
「じゃあ、レン様がパパ、リィネお姉ちゃんがママやって!」
思わず目を合わせる二人。
「う、うんもちろんいいよ」
四人は小さな木の板を囲み地面に腰をおろす。
「みんなごはんができましたよ」
早くも母親役に入るリィネ。
「今日はみんな大好きなトマトのスープですよ」
「わーい。私これ好き」
「はい、パパの分は大盛りです!」
リィネは両手を目いっぱい広げ、大きな器を持つような仕草をレンにみせる。
レンはその特大の器をもらうような仕草をみせた。
「えー!パパずるーい!」
頬を膨らませて怒るゴブリンの子供たち。
「いいのよ。パパはお仕事頑張っているから」
「ありがとう、ママ。よし、これで明日もお仕事頑張るぞ!……でもちょっと多すぎるかな、みんなにも分けてあげるよ」
やさしい笑顔で子供たちにスープを分けるレン。
「パパ大好き!」
「パパやさしい!」
レンは心の中でガッツポーズを決めた。
「モグモグ……ママの作るお料理はいつも美味しいね」
「うん!ママも大好き!」
「あらあら、そんなこと言っても何もでませんよ」
嬉しそうに笑顔で応えるリィネ。
しかし、現実は甘くはなかった。
「えー!」
「ママのけちんぼー!」
怒りマークがピクピクとリィネのこめかみに浮かんでいる。
「ま、ママ!落ち着いて!子供たちに悪気はないから!」
その時、ゴブリンの子供たちの本物のお母さんがテントから顔を出した。
「お前たち―!ごはんだよー!」
そしてレンとリィネに気が付く。
「ああ、レン様。うちの子供たちがすいません。遊びにつきあわせちゃって……」
「いやいや気にしないでください。僕もこういうの好きでしたから。ほら、二人は本物のご飯を食べておいで。ちゃんと手を洗うんだよ」
「はーい!」
「レン様、リィネお姉ちゃん、ありがとう!」
こうしてレンとリィネは再びハイエルフの居住区探しに歩き出した。
「レン様……本当にこの平和を大切にしたいですね……」
「うん、僕もそう思う。黒枯れを何とかして、みんなが笑って暮らせるようにしたいね」
茂みをかき分けながら進む二人。
先の方から水の流れる音が聞こえてくる。
「私、さっきの子供たちにママも大好きって言われちゃいました。村の中ではいつも避けられていたので……こんなの初めてで……とっても嬉しかったです」
リィネは弾けるような笑顔をレンに向けた。
それを見たレンは一瞬ドキリと胸が跳ねる。
「よ、よかったね、リィネさん。なんか僕まで嬉しくなってくるよ」
「でも、最後ちょっとむかつきましたけど……」
「まあまあ……それにしても、本当に小さい頃を思い出したよ。男の子と遊ぶとおもちゃの取り合いとかで疲れちゃうから、さっきみたいに女の子とよく遊んでいたんだ」
苦笑いを浮かべながら照れくさそうに話すレン。
そんな話に、リィネは可愛らしくクスクスと笑った。
「うふふ……いつもお優しいレン様らしい幼少時代を過ごされていたのですね。私はといえば、いつも一人で寂しかった思い出しかありません……」
「ああ、ごめん。そんなつもりじゃ……」
頭に汗をかきながら慌てて取り繕うレン。
「いいえ、お気になさらないでください。今、こうして楽しませてもらえましたから、それで満足なのです。いつか……いつか、私もいい母親になれるのでしょうか……」
「母親になる前に、まずは相手を見つけるのが先なんじゃない?」
レンはわざとらしく意地悪な笑顔を作った。
「はわわわわっ!そうでした!順番がおかしかったです!」
それにしても、リィネさんの相手か……こんな美人だったら世の男は放っておかないだろうなあ。
うーん、思い切って立候補してみるか?
いやいや、それはまずいだろ。
いくらなんでも、まだまだ子供だし、なによりエルフだしなあ……
だんだんと、川の音が近くなってくる。
「……でも、いつかさっきみたいに笑顔でお話ができる家族と一緒に暮らしたいです」
「……家族……か……」
レンは前世を思い出した。
家族はいた。妻に娘、同居もしていた。
もちろん幸せに感じる瞬間もたくさんあったし、家族の幸せこそが生きがいであり、満足はしていた。
しかし、何かが欠けていたのも事実であった。
家族のためとはいえ、夜遅くまで仕事をし、会話はほとんどなくなっていた。
娘が学校で何をしているのかもわからなくなっていたのだ。
気が付けば、目の前には大きな川が流れていた。
「よし、じゃあここら辺にしようか。ゴブリンやオークとの生活区画とも離れているから、トラブルにもなりにくいだろうし」
レンは魔法の剪定鋏を取り出した。
パチン。
鋏のなる音が響くと同時に、ゴゴゴゴゴ、と木が動き出し規則的に並んでいく。
そして、枝と枝とが絡み合うように成長し、あっという間に臨時避難用テントがいくつも作られた。
「よし、こんなもんかな……ん?あれ?」
ポツリ、ポツリと水滴が空から落ちてきた、と思うや否や、ザア!と突然激しい雨が降り出す。
「丁度よかった、このままテントに避難しよう」
レンとリィネは駆け込むようにテントに入り、そのまま雨宿りを余儀なくされた。
二人並んで座り、外の雨を眺めている。
「エルフの人たち、大丈夫かなあ……こんな大雨が急に降ってくるなんて……」
「ここまでの雨ですと、洞穴に避難でもしない限りはびしょ濡れになるしかないですね……かわいそうですが……」
リィネの声色には、その言葉とは裏腹に同情よりも皮肉の方が強く感じられた。
「ここに着いて、条件をのんで受け入れが決まったら、少しでも温まれるようにしておこうか」
レンは座ったまま右手を地面につき、緑色の魔力を流し込む。
すると、各テントの中には発熱の葉を接ぎ木した苔、いわゆる床暖房が設置された。
レンとリィネの腰もじんわりと温かくなってくる。
外ではザアザアと雨が降り続いていた。
「あの、レン様……」
「ん……なんだい、リィネさん」
外の雨を見ながら話す二人。
「私、時々思うんです。その……レン様と……家族になれたらいいなって……」
「え……それは……」
突然の告白にレンの心の中はパニックであった。
心臓の音が急激に大きく感じられ、頭が真っ白になっていた。
「レン様はいつも優しくて、いつも私の味方をしてくれます。こんなお父さんみたいな人と一緒にいられたら、安心して生活できるなって……そう思うのです」
「あ……ああ……うん……」
レンの胸中は複雑であった。
お父さんという言葉への安心と、男として、ではなかったことへの悔しさが同時に込み上げていた。
「でも、ご迷惑ですよね……絶望の淵から命を救っていただいただけでも十分だというのに……」
雨の粒が激しく木々の葉や地面を叩いている。
「……リィネさんにとって、家族ってなにかな……」
レンはポツリと呟くように話し始めた。
「僕にとってはね、心から守りたい、この人のために何かしてあげたい、ってそう思える人が家族なんだ。だから、シャノアも、ゴブリンも、ガストさんもオークも家族だと思っているし、今ここに向かっているハイエルフだって家族になれたらいいと思っている」
二人の間に、少し湿っている温かい風が外から入ってくる。
「そして、リィネさんは……僕がこの世界でできた初めての家族なんだ」
「レン様……」
リィネのエメラルドの瞳には涙が浮かんでいた。
ゆっくりと、レンの肩に頭をあずけるリィネ。
二人はもうそれ以上何も言わなかった。
雨があがるまでの間、テントの中で静かに時を過ごす二人であった。




