第58話:新人教育
太陽が暗闇から登場し、柔らかなその光を樹海に届ける。
森のテラスには木々の隙間からこぼれ落ちたその光が差し込んでいた。
そこにはハーブティーを飲む人間とエルフがテーブルを囲んでいた。
「以前シャノアから聞いた話では、最近は白とピンクのツートンカラーで、フリルがついているのが流行りらしいのです。私は落ち着いたグリーンのモノトーンも好きなのですが、レン様はどう思いますか?」
「……そうだね……えーっと……リィネさんならどっちでも似合うと思うよ」
テラスに一瞬の静寂が訪れる。
「……そうですか……ありがとうございます……」
少し残念そうな表情で視線を落とすリィネ。
あれ?なんか間違った?だってどっちも似合うと思うんだけど……。
ああ……そうか……。
「……あっ!そうだね!その白とピンクのやつ、僕も素敵だと思うよ。リィネさんの銀色の髪ともよく似合うし。よかったらちょっとやってみる?」
そう言ってレンは剪定鋏を右手に構え、笑顔を作る。
「え!よろしいのですか!?」
先ほどの表情から一転、期待に満ち溢れた笑顔になるリィネ。
「よし、じゃあそこに立って」
リィネは弾むようにイスから立ち上がる。
レンが鋏をパチンと鳴らすと、白いドレスにピンクの花がポンポンと咲き乱れ、裾の繊維が一旦ほどかれたかと思うと次の瞬間には見事なフリルができあがっていた。
「うわぁ......ドレスがもっと可愛くなりました!」
エメラルドの瞳をキラキラと輝かせ、その場でクルクルと回り、子供のように無邪気に喜ぶリィネ。
「ニャニャ!?リィネ!その服どうしたのニャ!」
偶然通りかかるシャノア。
「あら、シャノア!今流行りの服を、私のレン様が、私の為に作ってくださったのです!」
勝ち誇ったようにシャノアを見下すリィネ。
「レン様!ずるいニャ!アタシにも作ってほしいのニャ!」
レンの左腕をつかみ、引っ張るシャノア。
「ダメです!レン様は私のモノです!」
レンの右腕を引っ張るリィネ。
「ちょっと待って!二人とも!腕がちぎれちゃう!」
「コホン!あ、レン殿、朝から取り込み中のところすみません。ご相談があって参りました」
いつの間にかガストが目の前に立っている。
「が、ガストさん!?そういうのじゃないからね!?」
レンは居住まいを正した。
「レン殿、お恥ずかしい話ではありますが、どうか我らオークの若者を鍛えてやってくださらぬか?」
「え?僕が?どうして?」
人差し指で自分の顔を指さすレン。
「それが……この地に来てからというもの、すっかり平和に慣れてしまいまして。俺がいくら強く言っても彼らに緊張感が出んのですよ。そこで、百戦錬磨の王のお力をお借りしたく参った次第です。」
「いや、僕はそういう経験はあんまりないし、そもそも戦闘訓練なんてどうしていいか……」
レンは前世の知識に協力を求めた。
新人が入社してきた時、社員教育をどうしたのか。
まずは新人研修でビジネスマナーを覚える。
正式な配属後は、先輩社員について実践教育が基本であった。
「あ、そうだ!OJTでいいじゃないか!」
ふと両脇を見るとリィネとシャノアという先輩社員がいる。
「ガストさん、わかったよ。やってみる。まずはシャノア、ちょっと協力してくれるかな?」
「ニャ?まあレン様がお願いするならなんでもするニャ」
そうと決まるとレンはすぐさま準備に取り掛かった。
魔法を使い、五メートル四方に木の杭を出現させ、その間をピンと張った蔓でつないだ。
いわゆるリングである。
「じゃあ、オークの若者たちには、今からこの中でシャノア相手に一対一で戦ってもらう。武器は木の棒。シャノアもいいかな?」
「周りが囲まれているけど、いいハンデなのニャ。やってやるのニャ」
自信たっぷりに笑うシャノア。
「シャノアさん、あまり我々をなめない方がいいですよ」
こちらも自信たっぷりなオークの若者。
「では、レフリーは私、レンが務めさせていただきます。赤コーナー!キャット・ピクシーのシャノア!……青コーナー!パワーなら誰にも負けません、フォレスト・オークの若者!……ファイッ!!」
両手を交差させ、訓練開始の合図を送るレン。
同時に勢いよくシャノアに突撃し、木の棒を振り回すオークの若者。
しかし、シャノアは余裕でそれをかわす。
「はあっ……はあっ……逃げてばかりとは卑怯だぞ!」
「なら期待に応えてやるニャ!―――残像の舞!」
一瞬にしてシャノアが増える。
若者は混乱して棒を振り回すが全て宙を切る。
「ぎゃっ!」
頭上から一撃をもらうオーク。
「勝負あり!そこまで!」
オークの若者たちがどよめく。
「よし、次は俺だ!!」
負けず嫌いのオークたちが次々とシャノアに挑むが、誰一人敵わないのであった。
「じゃあ、次は別の訓練に移ろう。リィネさん、協力してもらえるかな?」
「はい、喜んで!レン様のお願いならオークと相撲でも勝負してみせます!」
「いやいや、それは誰の訓練にもならないよ」と心で呟くレン。
続いて彼らは森の中に場所を移した。
「次もやることは簡単。オーク君たちはリィネさんの矢をかわしながら近づき、一撃いれられるかどうか勝負だ。矢はこの先が丸くなっているのを使うから安心して」
「はは!森の中なら余裕だぜ!」
相変わらず自信たっぷりのオークの若者たち。
「レン様!ありがとうございます!ちょうど私も動く生き物相手に訓練をしたかったのです。こないだはガルドの隊長によけられてしまいましたから」
リィネも弓を握りしめ、目には気合の炎が宿っている。
「よし、じゃあ始め!」
レンが合図すると、百メートルほど離れたところから、一人ずつリィネに向かって走ってくるオーク。
間合いが遠いうちはなんとかよけながら進むも、中ほどまでくると矢の速さと足の疲れでよけきれず、矢が当たってしまうオークたち。
結局こちらも誰一人としてリィネに一撃を入れる事はできなかった。
「くそっ!接近戦なら負けないのに!」
くやしがるオークの若者たち。
しかし、オークたちが終わった後、風を切るようなスピードでリィネに向かう影があった。
シャノアである。
「ニャははは!正々堂々とリィネをたたくチャンス到来なのニャ!」
「む!負けませんよ!シャノア!」
ビュウゥンッ!ビュウゥンッ!
ピョン!ピョン!
次々と迫る矢をかわすシャノア。
あっという間に二人の距離は縮まる。
リィネの目の前の樹上から飛びかかるシャノア。
「そこニャ!」「そこです!」
リィネの矢とシャノアの体が空中で交差する。
「ニャア!」「きゃあ!」
二人とも地面に転がった。
リィネの矢はシャノアの左腕に、シャノアの猫パンチはリィネの右腕にそれぞれヒットしていた。
相打ちである。
「リィネ、なかなかやるニャ。アタシに一撃をいれるなんて、ちょっと見直したのニャ」
「シャノア、私の方こそ驚きました。まさかギリギリで直撃を回避するなんて。次は負けませんよ」
二人の間には火花がバチバチと飛び散っていた。
「さて、ここまでオーク君たちに不利なシチュエーションが多かったからね、次はみんなの得意分野で勝負といこう。―――いでよ!樹木兵召喚っ!」
レンが地面に手をつくと、樹高三メートルほどの木が地面からニョキニョキと成長し、出現した。
そして、その木は根を足の様に使い、枝を腕のように使う意思をもった樹木兵となった。
枝をブンブンと振り回し、やる気を見せている。
「では、次はこの木と一対一で戦ってもらう。君たちの武器は好きなものを自由に使っていいよ」
「王!感謝します!ようやく我らの強さを見せる時がきました!」
ようやく自慢のパワーで勝負ができると喜ぶオークたち。
しかし、レンも甘くはなかった。
樹木兵の硬度は通常の木とは比べものにならないくらい硬くしてあるのだ。
「じゃあ準備はいいかな。まずは君からかな。よし……始め!」
レンが合図をすると、大きなこん棒を持ったオークが樹木兵に突っ込んだ。
樹木兵が枝を横なぎにしてオークを叩こうとするが、オークはこん棒をその枝に当てて回避する。
オークがこん棒を全力で枝や幹に当てると、樹木兵はよろめいた。
一進一退の攻防が繰り返されていたが、やがてオークに疲労が重なり、樹木兵の攻撃をよけきれなくなる。
「くっ!硬くて重くて歯が立たねえ!」
こん棒、剣、モーニングスター、素手、様々な武器でオークたちは樹木兵に挑んだが、誰一人として敵わなかった。
「お前ら情けないぞ!木の一本も倒せないのかっ!」
見かねたガストが声を荒げる。
「ガストさん、だってこいつ魔法で強化されていて普通の木じゃないんですよ。無理ですよ」
その言葉を聞くと、ガストは黙って背中の大剣を構え、樹木兵の方を向いた。
「……はあっ!」
ザンッ!
ガストが樹木兵に思い切り大剣を振り下ろすと、枝が切り落とされた。
「……!」
ガストの気迫とその力に言葉が出ないフォレスト・オークの若者たち。
ザンッ!ザンッ!
次々と枝を落とすガスト。
「いくぞ!―――一刀・水平両断っ!」
ガストが巨大包丁を横に構え、体をぐるりと回しフルスイングした。
ズバアアアンッ!
樹木兵が上下二つに分かれた後、上半分がドスンと地面に落ち、動きを止める。
ガストは大剣をおろし、オークの若者たちに向き直った。
「お前ら!これでもまだ無理だと言うか!」
「……」
下を向く若者たち。
「俺だってなあ、最初から強かったわけじゃない。日々の鍛錬を、気を抜かずに続けていたらこうなったのだ。……お前らはどうなんだ?このままで人生終わるのか?それでいいのか?お前らそれでもオークか!?悔しくないのか!?」
「……悔しいです!!」
あれ?ラグビーのドラマ始まってる??
もうレンにはこれ以上何も言うことはなかった。
この日を境に、フォレスト・オークの若者たちは、気合を入れて日々の鍛錬に励むことになったのであった。




