第57話:恐怖の尋問
進軍してきたガルド軍の罠を見破り、無力化に成功したレン、リィネ、シャノア、ガストの四人。
日は完全に落ち、周囲は月明かりに照らされていた。
目の前には蔓でグルグル巻きにされた隊長が地面に転がっている。
「くっ!お前が噂の緑の聖者だな?一体何者だ。こんな所で亜人共と一緒にいるなんて」
「私のことを知りたいそのお気持ちはよくわかります。しかし、残念ながらそのご質問にはお答え致しかねます」
隊長を見下ろしながら冷静に言葉を放つレン。
「代わりにですね、あなたのことを教えていただけないでしょうか?」
「ふん、俺がしゃべると思ったら大間違いだぞ。だからといって俺に何かしてみろ、ガルド本国から正規軍が押し寄せて来るからな。ただじゃ済まないぞ」
「う......」
その言葉に怯むレン。
隣で話を聞いていたリィネが口を挟む。
「レン様、こんな脅しに屈する必要はありません」
リィネは転がっている隊長を鋭い目つきで睨んだ。
「私に任せてください。口を割るまで、指の骨を一本ずつ折り、歯を一本ずつ抜き、耳と鼻を削ぎ落とし、全身の皮を剥ぎ、目をくり抜いてやりましょう」
......いや怖すぎるよ、リィネさん。
「なんニャ。そういうことなら、このままここに放置しておけばいいニャ。そのうち虫が群がってきて生きたまま食われるのニャ」
......シャノア、気持ち悪いよ。
「虫の餌にするとはもったいないですな。健康な体なのであれば、いい食材になりましょう。調理してクロの食事にでもしますよ」
......クロって人間食べるの!?
いやいや!この人たち発想が野蛮すぎるよ!リィネさんなんか目が本気だし!
彼らを絶対に敵に回さないようにしようと、心に誓うレンである。
「お、お前ら......まさか本気じゃないだろうな......」
隊長は冷や汗をビッショリとかきながら、震え上がっている。
「まあまあ、皆さん落ち着いてください。僕は人間の国と敵対したいわけじゃないんだ。隊長さん、痛い事はしませんから、あなたの素性や目的を話してくれませんか?」
理性的なレンの態度に一安心する隊長。
「何度も言わせるな、俺は何もしゃべらんぞ」
「本当にいいんですか?しゃべらないと後悔するかもしれませんよ?」
「ふん!そんな安い脅しにのるわけないだろ!」
両手を広げ、残念そうにため息をつくレン。
「そうですか、誠に残念です......仕方ないですね。では、一度体験してもらいましょうか......」
「レン様、一体何を?」
興味深げにレンを見上げるリィネ。
「彼には死ぬ程の恐怖を味わってもらうよ」
ニヤリと笑うレン。
ゴクリと唾を飲む隊長。
ズドオオオオオォン!
レンがその膨大な魔力を地面に流し込むと、爆発的な勢いで木が生え、樹高数百メートルはあるであろう大樹へと成長した。
「な......なんてことだ......これが緑の聖者......」
隊長は、初めて見る規格外の魔法に驚愕した。
レンは上を見上げ、満足気な表情を浮かべる。
「よし、それじゃ僕とリィネさんは上まで行ってくるよ。シャノアとガストさんは、気絶している人間達の見張りと、持ち込んだ武器の破壊をお願い」
「承知しました。レン殿もお気をつけて」
レンは蓮の葉エレベーターを用意し、リィネとグルグル巻きの隊長と三人で大樹のてっぺんまで上がった。
そこはピューピューと冷たい風が吹きあれていた。
周りは真っ暗な樹海、下を見ればあまりの高さに目がくらむ。
「何をする気だ。まさか......ここから......?」
「さあ?どうでしょうかね?いっしっしっ......」
レンは最も近くにある枝に魔力を流す。
すると、太く頑丈な、そして数メートルは外に突き出す枝へと変貌した。
次に、隊長の体をグルグルと巻いている蔓を百メートル程の長さにすると、その端を先程の枝に結びつけた。
「これでよしと。準備完了です」
「レン様、これは?」
「これはね、バンジージャンプという、最高のエンターテイメントの一つさ」
レンは隊長の体を足場の蓮の葉のへりまで転がす。
「や、やっぱり俺を突き落として殺す気か!?」
「......半分正解です。では、さん、にい、いちでいきますよ......」
笑いながら説明するレン。
「ままま、待て!」
「もう手遅れです。ここまできたら後には引けません。......では!さーん!にーい!いーち!」
「ひいいいぃっ!!」
一瞬の静寂。
「......で押しますからね!」
「お前は鬼か!」
「レン様は神にも等しいお方です!鬼や悪魔ではありません!」
拳を握りしめ、一生懸命に否定するリィネであった。
「さて、では今度こそ本当にいきますよ。......さーん!にーい!いーち!バンジー!!」
レンは隊長を樹海の闇の中に突き落とした。
ィギャアアアアアアアアァァッ!!
樹海の中に響き渡る隊長の悲鳴。
蓮の葉エレベータで降りて来るレンとリィネ、そして体を蔓でグルグル巻きにされ、地面に転がったままビクビクと震えのとまらない隊長。
「あわわわわ……たすけて……おかあさん……たすけて……」
隊長の震える様子に、出迎えたシャノアとガストはゴクリと唾を飲んだ。
「さすがは我らが王……先ほどの叫び声は本物であったのですね……」
「レン様……恐ろしいのニャ……」
二人もまた、レンを怒らせないようにしようと心に誓う。
「では、そろそろしゃべってもらえますか?それとも……もう一回やりますか?」
「ひいぃっ!わかった!もう勘弁してくれ!な、なんでも話すから!」
泣きそうな顔の隊長はすっかり従順な犬のようになっている。
「素直でよろしい。まず、あなたの所属を教えてください」
「……ガルド軍の第二遊撃部隊だ……」
シャノアを見るレン。
黙って頷くシャノア。
「次に、今回の行軍の目的は?」
「わかっているんだろ?緑の聖者の生け捕りさ……こうして失敗に終わったがな」
「やはり!シャノアの報告通りだったのですね!レン様を生け捕りにしようなど……月に代わってお仕置きします!」
「美少女戦士か!」レンは心の中で突っ込んだ。
まあまあと、興奮するリィネをなだめるレン。
「今回の依頼はそうすると……」
「ああそうだ。ヴェルゼルの商人、バルトロのおやじだよ」
「バルトロが裏で糸を引いているニャ。まったく諦めの悪いやつだニャ」
全てシャノアの偵察から持ち帰った情報の通りであった。
バルトロがこれだけレンの生け捕りに執着しているという何よりの証拠である。
レンの胸中は不安が増すばかりであった。
そして、レンにはもう一つだけどうしても聞いておきたいことがあった。
「ところで、木を伐採する時とか、大型の機械を使いますよね、その時に黒くて臭い廃液が出ませんか?」
「そんなの当たり前だろ。なんだ今さら……」
予想が半分当たり、唇を噛みしめるレン。
「……その廃液の処理をどうしているのか教えてもらいたいのですが……」
「どうするもこうするも、こういった樹海の中だったらそのまま。街中だと草木が黒く枯れちまうから、川に流すか、近くになければ樹海にまとめて捨てるのさ。なんだ?知らなかったのか?」
長い沈黙が訪れる。
黒枯れの原因が、今、はっきりとわかったのだ。
リィネは少し離れた木の根元に座り込み、両手で顔を抑えて肩を震わせている。
そのまま、蚊の鳴くような小さな声で何度も呟いていた。
「私じゃ、なかった……」
シャノアは何も言わず、黙ってリィネに寄り添っていた。
ガストはレンの脇に立ち、そのまま警戒を続けている。
そして、レンは何も言えなかった。
仮説が当たった。
当たってしまったのである。
それはつまり、諸悪の根源は人間の活動であり、真の敵は人間達である、という意味であった。
「そう……ですよね……」
振り絞るように声をだし、宙を見ながら自嘲気味に笑うレン。
「な、なんなんだよ……まあ、他に聞きたいことはあるのか?」
「……では、これが最後です……あなたに、家族はいますか?」
気を取り直し、地べたの隊長に目を向けるレン。
「……!ああ、家に帰れば、妻と、子供たちがいるよ……」
「……わかりました。朝になれば、あなたのお仲間達も目が覚めるでしょう。その蔓も朝には消失するようにしておきます。そしたら、そのままお帰りください」
ガストが驚いた顔をしてレンを見る。
「レン殿!よろしいのですか!?」
「いいのですよ。その代わり、彼らの上司によく報告してもらいますから」
そして、転がる隊長にレンは告げた。
「もし、また来るようであれば、次はこんなものでは済みません。先ほどよりももっと恐怖を味わってもらうか、容赦なく命を奪うかもしれません。よろしいですね?」
「あ、ああ。わかったよ。生きて返してくれるなんて、ありがてえ。あんたが緑の聖者って呼ばれてる理由がわかる気がするよ」
レンはリィネの元へ寄り、手を伸ばして起こした。
「もうすっかり暗くなりましたね。早く帰ってご飯食べて寝ましょう」
「はい」「はいニャ」「王のおおせのままに」
来客を追い返すことに成功し、貴重な情報を得る事ができたレン。
しかし、それは同時に黒枯れ問題の解決の難しさをも露呈したのであった。




