第56話:北風と太陽
ガルド軍の進行中、日も暮れ始めた時、突然レンの敷地を訪れた一人の女性、彼女は旅の途中で魔物に襲われ、助けてほしいと言う。
しかし、シャノアの偵察によりガルド軍の罠におびき出すために雇われた人間だという事が判明したのであった。
そして、シャノアの報告は続く。
「この森をこのまま南にまっすぐ、一時間くらいの場所に相手は陣取っているニャ。そんなに大きくない開けた場所で待ち構えていたのニャ」
「ふう、危ないところだったな。それで、相手方の人数や配置はどうだった?」
地面に腰をおろし、休憩を兼ねての作戦会議を始めるレン、リィネ、シャノア、ガストの四人。
「広場の真ん中に三人、南側半円状に十五人が均等に配置、南側の奥に隊長と副隊長の二人、全部で二十人もいるニャ」
「思ったより多いな。二十人か……」
「レン様のお力であれば二十人程度、造作もないのではないでしょうか」
「うむ。王のお力であればひとひねりでしょうな」
魔法を使えば何とかできる自信はあったが、穏便に済ませたいレンとしては悩ましい人数である。
「シャノア、向こうの装備はわかる?」
「ばっちりニャ!神経麻酔弾を装填している魔導ガンが半分、細い木や腕くらいならスパっと切れる魔導サーベルが半分。それと、全員共通で、全身スーツにフルフェイスの防毒マスクを装着しているのニャ」
「な……!……完全に僕のことを研究してきているじゃないか!」
目を見開き、驚きを隠しきれないレン。
「ご安心ください、レン様。この私が一人で突撃し、全ての人間を射貫いてみせます」
……いや、いくらなんでもそれは無理だろう。
「リィネが一人で行ったところで意味ないニャ。アタシが隊長を暗殺してくるニャ」
……できれば殺したくないのだが。
「いやいや、禍根を残しては後々に障る。ここは和睦を結ぶのも得策であろう」
……向こうにメリットが無いのに和睦は難しすぎる。
「うーん……やっぱり人数が多すぎだよな……殺したくはないんだけどな……こないだみたいに魔法で全部忘れてもらいたいんだけど……でもなあ……」
ブツブツと呟きながら、頭を抱えて悩むレン。
「それにしてもあいつら、不気味で仕方なかったニャ。レン様の魔法対策かなんだか知らないけど、森の中でまったく肌を出さないなんて、見ているだけでも暑苦しくて気持ち悪かったのニャ」
いつもタンクトップにショートパンツという、動きやすい恰好のシャノアには理解ができないようだ。
「ん?……暑苦しい?……それだ!ありがとう!シャノア!」
一気に表情が明るくなるレン。
「よし!行こう。作戦ができたよ。僕に任せてくれ」
ニヤリと笑うレンであった。
四人はそのまま南へと進む。
一時間ほど歩いたところで、植物の伝言の感度を上げ、警戒しているレンが足を止めた。
「しっ!この先に敵がいる。きっちり二十人、捉えた。一人一人の場所まで丸見えだよ」
百メートル以上先であるが、そこはもうレンの射程圏内であった。
「では、商談開始だ」
レンはゆっくりと片膝を曲げて地面に着けると、右の手のひらをその膝の前に置いた。
緑色の魔力が地中に勢いよく吸い込まれていく。
一方そのころ、ガルドの軍は痺れを切らし始めていた。
「なあ、あの女まだかよ」
「だよな、遅くないか?裏切ったんじゃないか?」
「それより、何か暑くないか」
「やっぱり、お前もか」
その時、彼らの足元には潤いの苔が大量に展開され、シュウシュウと水蒸気を放っていた。
本来は、乾燥を防いで喉や肌の潤いを保つための魔法である。
さらに、発熱の葉も展開され、湿度九十パーセント、気温五十度のサウナ状態となっていた。
ちなみに、本来は寒さをしのぐ床暖房を作るための魔法である。
彼らはあまりの高温多湿に限界を向かえていた。
「隊長!無理です!暑すぎます!」
「ああ!熱中症になっちまう!」
「汗が止まりません!」
隊員の狼狽を見かねた隊長が指示を出す。
「ええい!軟弱者共が!仕方ない、緑の聖者が来るまではマスクを外してよし!ただし、合図が出たらすぐに装着すること!いいな!」
「イエッサー!!」
次々とマスクを脱ぎだす隊員たち。
ようやくふうと一息ついた時には、既に手遅れとなっていた。
彼らはいつの間にか巨大なキノコに囲まれており、その傘からは淡い紫色の煙が噴き出し、辺りを覆っていた。
「なんか……しび……れ……」
「あれ?……ここは……?」
次から次へと隊員たちが気を失い倒れていく。
さらには体の麻痺と最近の記憶の忘却というおまけつきであった。
離れたところでレンは地面に手をつき状況を感じ取っていた。
「―――うまくいったかな?」
作戦の成功に笑みがこぼれるレン。
しかし、その笑みが長くは続かなかった。
「……マズイ!みんな構えて!隊長と副隊長の二人がこっちに向かってくる!」
咄嗟に立ち上がり、開拓者の万能剪定鋏を抜き去るレン。
ヒュッ!と一振りし、片手剣モードへと切り替える。
「左から来る隊長は僕とリィネさん!右から来る副隊長はシャノアとガストで応戦!できれば殺さないで!」
「わかりました!」「はいニャ!」「王の命ずるままに!」
シャノアとガストは魔導サーベルを構えた副隊長と対峙した。
「行くニャ!」
シャノアは副隊長にまっすぐ突っ込むと、相手が応戦しようとサーベルを振った瞬間、ひらりと避ける。
そのまま攻撃すると見せかけては避け続けるシャノア。
ビュンビュンと空振りを続ける副隊長。
副隊長がやや大きな空振りをしたその瞬間、シャノアの後ろから一気に間を詰めたガストが大剣を振り下ろした。
しかし、副隊長はギリギリのところでそれをかわすと、後ろに下がって距離をとった。
「はぁっ……はぁっ……あいつ、なかなかやるニャ。アタシがやつの足を止めて隙を作るから、後は頼んだのニャ」
そういうと、シャノアは再び副隊長に突っ込んだ。
「―――残像の舞」
一瞬にして複数の残像を作り出すシャノア。
「なに?猫が増えた!?」
慌ててサーベルを振り回す副隊長だが、それは全て偽物であった。
「こっちニャ!」
背後に回り込んだシャノアは、その背中を思い切り猫キックした。
前につんのめるようによろめく副隊長。
待ち構えていたガストが一気に大剣を振り下ろした。
ガァン!!
副隊長はそのまま気を失ってバタリとその場に倒れた。
「安心せい。みね打ちじゃ」
ガストは大剣の刃のないほうで思い切り叩いたのであった。
一方、レンたちは苦戦していた。
「暴れる蔓!」
レンが片手剣を振ると隊長の足元から巨大な蔓が飛び出す。
しかし、隊長はサッとそれをかわすと魔導サーベルで蔓を真っ二つにする。
「くそっ!今度こそ!」
次から次へと連続で蔓を出現させるも、全てかわされ、切られてしまっていた。
「レン様!いきます!はぁっ!」
ビュウゥンッ!!
レンの後ろから隊長に向かって勢いよく矢が飛んでいく。
しかし、それもかわされる。
「危ない!大樹の盾!」
リィネの目の前に巨大な樹の防壁が地面から一気にせり出した。
バス!
隊長の放った神経麻酔弾がその防壁に突き刺さる。
隊長はリィネの矢をかわした次の瞬間、魔導ガンを打っていたのである。
「リィネさん!合図したらアイツのすぐ右を狙って矢を放って!」
「わかりました」
レンは隊長に反撃の隙を与えないよう、ヒュンヒュンと剣を振りながら、次々と暴れる蔓で攻撃を続ける。
「はぁっ……はぁっ……進化の接ぎ木……」
そのかたわらで、こっそりと硬質化した植物の種に巨大な蔓を接ぎ木させていた。
「これでこの商談はクロージングにさせてもらう!」
反撃の準備は整った。
「いくよ!リィネさん!お願い!」
「はい!」
ビュウゥンッ!
リィネが矢を放つと、素早く左に避ける隊長。
レンはそれを狙っていた。
「くらえ!種子弾・暴れる蔓っ!」
レンが剣の先を隊長にまっすぐ向けると、その先から機関銃のように勢いよく無数の弾丸が放たれる。
ズドドドドドドドドドッ!
その種が隊長に着弾すると、種から巨大な蔓が出現し、隊長の体に絡みついた。
「な、なんだと!?こんな魔法聞いてないぞ!うわぁ!」
無数の蔓が次々と体に巻き付き動けなくなる隊長。
「くそっ!放せ!」
隊長は蔓を振りほどこうともがく。
「そんなことをしても無駄ですよ……さて……」
レンは、隊長を見下ろしてニヤリと笑う。
「今度こそ、洗いざらいしゃべってもらおうか……」
「ひぃっ!」
レンから感じる底知れぬ狂気に、冷や汗がとまらない隊長なのであった。




